鮮烈なるすべてを
※海賊王生誕祭のレッド夢と同設定
※無気力不老不死系チート主人公注意
※アンリミテッドワールドRの赤の伯爵レッドフィールドが結構な捏造具合
※ネタバレ注意
その『筆』は、恐らくはレッドにこそ相応しい『武器』だった。
動物系幻獣種の悪魔の実を食べた『筆』と、己の発達した見聞色の覇気があれば、作り出せぬものなど殆どない。
人間ですらも作り出せると把握したとき、レッドの脳裏に一人の海賊の姿が浮かんだ。
今のレッドと同じように、否、騒がしい『筆』を連れたレッドよりも静かに海を渡る『亡霊のナマエ』である。
『亡霊のナマエ』とは、船長を含めた他のクルー達が全て死した後の海賊団を引き継いで、グランドラインの大海原をさすらうただ一人の海賊の名前だ。
彼が乗る船にはいつも棺桶が乗せられていて、それにいるのだという『船長』や他のクルー達のことを語るとき、ナマエは普段より更に穏やかな顔と心の声をしていた。
グランドラインへ入った頃、大型の海王類に襲われて船が全壊したレッドを偶然助け、その船での滞在を数日間許したナマエは、誰に誘われようとも棺桶を乗せたその船を捨てようとしない。
時折顔を合わせるDの名を持つ海賊も誘ったが断られたと言っていたし、レッドもまた、幾度か誘いを投げては断られている一人だった。
『人』は死ぬものだ。それは怪我であったり病であったり、それらを避けたとしても老いで死ぬのだと分かりきっていると言うのに、失うことを望まないナマエはそれを断りの理由にする。
『だって、お前も死ぬんだろう?』
微笑んだまま酷いことを言い放ったあの男は、人が生きるには長い時を生きてなお、かつての仲間達に執着しているのだ。
それだけ棺桶の中身達が大事なのだろうと思えば歯がゆくすら思えたが、もしかすると、この『筆』の力を使えば、彼の心を動かすこともできるのではないだろうか。
「親分、どうかしたのか?」
そんなことを考えてしまったレッドの足元で、人語を解す『化け狸』の姿となった小さな『筆』が、不思議そうに頭を傾ける。
そのまま行けばころんと転がってしまいそうな体勢になった彼へと視線を動かしてから、何でもないと答えたレッドの手が、『筆』へ向けて伸ばされた。
「次の目的地を決めたところだ。付き合ってくれるか、パト」
「うん! おいらは親分の行くところにだったらどこにだっていくよ!」
レッドがそんな風に尋ねれば、嬉しそうな顔をして言葉を放った『筆』が、ぴょんと飛び上がってレッドの方へとその身を寄せる。
途中で本来の『筆』の姿へと戻った『彼』を手にし、そこから伝わってくる『気配』にわずかに笑ったレッドは、その『筆』を使って取り出した植物の葉にさらりと文字を記した。
放り出した何枚かのそれが、レッドが依然見かけた航海士や、他船で見かけた海賊の姿となる。
レッドが『パト』と呼んだ『筆』の力で作り出したそれは、レッドの思いのままに操ることのできる傀儡だった。
それぞれが相応に一応の自我があり、本来の人物と同様に行動をするが、レッドの意思には絶対服従だ。
見聞色で感じられる心すら希薄である彼らは、レッドにとっては接しやすい相手に他ならない。四六時中大勢の『声』が聞こえていることが煩わしいことを、レッドは幼い時より知っている。
「『亡霊』のナマエを捜す」
レッドが告げれば、その名に戸惑った顔はしたものの、航海士はすぐさま頷いて周囲の海賊に指示を出した。
船が帆を膨らませて、ゆっくりと旋回を始める。
雲もまばらな空を軽く見やったレッドは、レッドの能力により作り出した『もの』を見たナマエが、驚きと喜びにその顔を染めるのを想像して、わずかにその口元を緩ませていた。
※
『亡霊』のナマエを捜すのは、中々に面倒な行為だった。
基本的に略奪を行わず、人と関わることすら避ける傾向にあるナマエのジョリーロジャーは、島影すらない海原の上ではためいていることが殆どであるからだ。
それでも、いくつかの海軍船を襲って情報を引き出し、それらを元に辿った航路の先にあったその船へ、レッドは『筆』を伴って降り立った。
「あれ、どうしたんだ? こんなにいい天気なのに」
棺桶を並べた甲板の上で、不思議そうにナマエが言葉を零す。
レッドが基本的に夜半に活動することが多いことを知っての発言だろう。
『亡霊』の二つ名の割におどろおどろしさのかけらもないその顔を見やって、貴様に用があった、と答えたレッドはすばやくナマエへと近づいた。
近くに寄っても、不思議そうな顔のままのナマエの心は、静かで穏やかなままだ。
見た目と随分年齢が違うらしいナマエのそれが、生来のものなのかそれとも年齢によるものなのかは、レッドにも分からない。
いつもならただ心地よく思えるものだが、今のレッドの目的を達成させるには、少し心もとない。
「動くな」
だからそう言葉を置いて手を伸ばしたレッドに、ナマエがぱちりと瞬きをする。
そのまま、自分より低い位置にある顔に手を添えたレッドにぴくりと体を揺らしたものの、ナマエはそれ以上何をするでもなく、何かをしているレッドの様子を観察していた。
発達した見聞色の覇気を持つレッドにとって、他者に触れるという行為は、よりその『心』を読む為のものに他ならない。
思えばナマエに触れたのは初めてか、と、満ちる水のように流れ込んでくるものを確認しながらレッドは頭の隅で考えた。
『亡霊』と呼ばれて長い男の心は、さすがにその年月の分、多くのものが折り重なってひしめいていた。
ちらちらと見え隠れする中に海賊どころか海軍の顔まであるのは、レッドの知らぬナマエの日常の断片だろうか。
一瞬のうちに過ぎていくそれらを確認して、ついに望む名前をいくつかレッドが見つけたところで、ぐい、とその腕がナマエの顔から引き剥がされた。
「……何してるんだ?」
先ほどまでされるがままになっていた筈のナマエが、その手でレッドの袖の端を掴まえて、少しばかり怪訝そうな顔をしている。
その顔を見やってから、ナマエの手から逃れるように動いたレッドの手が、己のポケットから『筆』を取り出した。
「貴様に、『いいもの』を見せてやろうと思ってな」
告げてもう片手に取り出した植物の葉の何枚かへ名前を記し、レッドはそれを甲板の上に放り投げた。
戸惑ったようにそれを見やったナマエの顔が、そうしてそこに唐突に現れた人影に、大きく目を見開く。
ざわり、と、静かだったその心の気配が揺らぐのを感じて、レッドの口には笑みが浮かんだ。
「『あれ』が、貴様の仲間なのだろう、ナマエ」
言いつつレッドが掌で示した先に佇んでいるのは、レッドの知らぬ男達だった。
「……、……」
レッドの耳には拾えないほど小さく、震えるようにナマエが零したのは、そこに佇む誰かの名前だろうか。
距離はそれほど変わらないのだから聞こえたはずもないのに、おう、と声を漏らした一人が軽く手を上げて、他の男達も一言ずつナマエの名前を呼ぶ。
それに誘われるように、ナマエの足がふらりと男達の方へ踏み出して、一歩、また一歩と近づくナマエの姿を、レッドの視線が追いかけた。
驚きに溢れた顔をしていたナマエの顔は、レッドの予想通りなら、そのまま喜びに満ちた表情へと変化を遂げるはずだった。
しかしその予想を裏切って、その瞳にゆるゆると水の膜が張り、ぼろりとその目から涙が落ちる。
さらにはその顔がくしゃりと歪んで、膝から崩れ落ちるようにその場に屈みこんでしまったナマエは、自分の顔を隠すことすらしないままに、更にぼろぼろと涙を零した。
ざわざわと先ほどよりもさざめいたその心が、やがて嵐のように荒れ狂う。
荒ぶるそれらは騒がしすぎて、何を思っての変化なのかを読み取るのは難しい。
いつもの穏やかなそれとはまるで違う気配に、レッドの方が戸惑いをその顔に浮かべた。
「……ナマエ?」
思わず名前を呼んで、レッドの足がナマエへと近づく。
傍らに来たレッドに注意を払う様子も無く、顔すら隠さずぼろぼろと涙をこぼすナマエの視線は、佇む男達へと向けられていた。
切なく息を吸い込んで、言葉にならないものを吐き出すように細い引きつった音を喉から零しながら、ナマエはただ泣いている。小さな子供のように嗚咽すら零したその口からは、しかし泣き声は殆ど漏れない。
眉を寄せたレッドが、ナマエの視線を辿るように見やったその先で、レッドに服従する傀儡たちは、どうしてか仕方なさそうな顔をしていた。
まるでナマエがそうなることを知っていたかのような彼らの様子に、レッドの眉間には皺が寄せられたが、自らが作り出した者たちに苛立っても意味の無いことだ。
レッドの腕が軽く振るわれて、それによって『指示』を受けた男たちの姿がわずかな煙になって消える。
その場に残ったのは数枚の植物の葉だけで、それらを見届けたナマエの目が、前方からレッドの方へとゆっくりと移動した。
「…………何故、泣く」
問いかけて、レッドはナマエの傍らに片膝をついて屈みこんだ。
棺桶に遺骸を入れて、それらを乗せた船から降りられないほどに執着する仲間達の姿を前にして、どうして喜びもせずに泣くのかが、レッドには分からなかった。
嬉しかったなら笑えばいいし、ついでにレッドが作り出した彼らに依存してしまえばいいのだ。
しかしナマエは彼らに必要以上に近付きもせず、レッドよりずいぶんと大人であると言うのに涙すら隠さず泣いていた。
もしかすると、今も甲板に置かれた棺桶の主達には簡単に分かることなのかもしれないが、レッドには死人の言葉を聞くことなど出来ないし、自らが作り出した傀儡達に問いを投げるのも気に入らない。
分からん、とこぼすレッドの傍で、嗚咽をかみ殺すように口を閉じたナマエが、それからやがて、自身を落ち着かせようとするようにその手でそっと顔を隠した。
そのままじっと動きを止めたナマエの『心』が、激しかった騒がしさをゆるりとおさめ、普段の静けさへと変化を遂げていく。
「……今のは、パトが作ったのか」
顔を隠したまま、わずかにこもった声で尋ねたナマエへ、その声が紡いだ名前に反応した『筆』を宥めるように撫でてポケットへと戻しながら、ああ、とレッドが返事をした。
そうか、と言葉を零してから沈黙し、やがて自身を落ち着けるように深く呼吸をしたナマエが、ぐい、と袖口で目元を拭いてからその手を離す。
「……びっくりしたんだ、急に会わせるから」
涙をはらんだ声のままに、微笑んでナマエが紡いだのはそんな嘘だった。
ただ驚いただけで、成人した男があれほどに涙を零すはずが無い。
嘘をつけ、とレッドが唸ると、嘘じゃないって、と答えたナマエが立ち上がる。
屈んだままのレッドを見下ろして、微笑むナマエは、目が少し赤いことを除けば、普段と何も変わらない。
怪訝そうな顔になったレッドを見下ろして、そんな顔しなくてもいいじゃないか、と笑ったナマエの口から、ありがとう、と礼の言葉が落ちた。
「写真もトーンダイアルも残ってないから……忘れる前に全部思い出せて、よかった」
自分の記憶だけじゃどうやったって忘れてしまうから、と続くナマエの言葉に、そうか、と返事をしながらレッドも立ち上がる。
全部、と告げた時の囁くような声音とさざめいた『心』の気配に、レッドは『それ』が別れの時すらも示しているのだと言うことに気が付いた。
その目でかつての仲間の姿を見て、かつて彼らを棺桶の住人にした『その日』のことまでを思い出したとしたのだろうか。
似たような『仲間』のいないレッドには、何故それであれほどまでに泣けるのかが分からなかったが、あれだけ荒れ狂っていながら今は凪いだ海のような気配を零すナマエの心の内側も、触れてもいないレッドには読みとれない。
そのことにわずかな苛立ちを感じながら、レッドはそれを隠すようにナマエから少しだけ視線を外した。
本当なら、かつての仲間達を前に歓喜するナマエへ、自分の下へ来ればずっと彼らと共にいられるのだと、そう言って誘うつもりだったのだ。
しかし、先ほどの泣き方を見るに、そんな風に言って誘おうともナマエが頷くとは思えず、何より『悲しい』思いをさせたというのならレッドが同じ轍を踏める筈がない。
どこぞの海賊王を目指す男よりは諦めの良いパトリック・レッドフィールドは、仕方なく自らがここへ来た目的を飲みこんで、その視線をもう一度ナマエへ向けた。
「貴様がそう言うなら、見せに来た甲斐があった」
そんな風に言葉を放ったレッドへ向けて、ははは、とナマエが笑う。
『亡霊』の二つ名が似合わぬその笑顔は、いつものそれとまるで違わない。
この方法も無理だと言うのなら、この男を手に入れる為には、いっそ不死にでもならなくてはならないのだろうか。
そんな非現実的なことを考えて、レッドの口からはひっそりとため息が一つだけ零れたのだった。
end
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