バースデーソング
※主人公は一般人
※不可抗力のセクハラ注意
今日はドンキホーテ・ドフラミンゴの誕生日だ。
どうして俺がそれを知っているのかと言えば、俺が住むこのドレスローザに君臨している国王陛下こそがその海賊だからである。
『未来』に何があるかも知らないで、今日も市民は『恐ろしい王様』から助けてくれた『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』が大好きだ。
「……まあ、いいこともあるけどな」
おかげであちこちの店がそれにちなんで大安売り、俺の手元には荷物が大量である。
ここぞとばかりにたくさんの買い物をしたおかげで、俺は現在カートを引いている有様だった。
この世界へきて、はや数年。
比較的住みやすいと噂のドレスローザへと放浪の末にたどり着き、今は来たるべき日の前に脱出するべく金を稼ぐ日々を送っている俺にとって、こういった時の買い出しは何とも重要なものだ。
腐らない生活用品は、安売りの時に買い込むに限る。
これでしばらくは部屋が狭いな、なんて思いながら足を動かして、カートを引く。
ついでにきょろりと周囲を見回してみると、楽しげな顔で踊っている女性や楽器を弾いている男性が見えた。
誰もかれも笑顔で、本当にどこもかしこもお祭り騒ぎだ。
これだけ好かれていて、あんなことをしでかせるのだからドンキホーテ・ドフラミンゴというのは恐ろしい。
そんなことを考えつつ、からからからと音を立てるカートを掴みながら道を進んで、いつもの角を曲がったところで、俺は何かとても素敵な感触のものに顔を埋める格好になってしまった。
もふりとしている。柔らかい。
頬をくすぐるそれが羽毛だと気付いて、反射的に閉じてしまった目を開きながら顔を離した俺は、目の前にあるものが恐ろしくピンク色だと知ってぱちりと瞬きをした。
何だろうか。
思わずそっと手を伸ばして、もふりと柔らかなそれを掴まえる。
ぐっと掌を押し込んでみると、奥側にあった少し温かでみっしりとした何かに掌が触れた。毛皮や羽毛でもこもこの動物の本体に触れたなら、きっとこういう感触に違いない。
みっしりと詰まってはいるものの、軽く指に力を入れてみるとそのほのかな柔らかを感じることもできる。間違いなく生命体だろう。
しかしそれにしても、何だかどこかで見たことのある桃色だ。
「……フッフッフッフ」
何だったかと考えながら羽毛の感触を楽しむように掌を動かしていると、真上から低く声が落ちてきた。
その事実に目を見開いて、思わず足を引く。
おののいて後ろへ下がった俺を追うように羽毛が揺れてくるりと回り、そしてその『桃色』に身を包んだ相手がこちらへその体を向けた。
目の前に現れたベルトに視線を上へとむければ、こちらを覗き込んでいる男の顔が随分と高い場所にある。
胸を張って言うが、俺は平均的な身長だ。
しかし、この世界ではどうも小さい方であるらしい、というのもまた事実だった。
そして、そんな俺から見て規格外な大きさの男が、サングラスをかけたままにやりと笑ってこちらへ言葉を落とす。
「おれのケツに何の用だ?」
どうやら、俺が顔をぶつけ、まさぐる格好になっていたのは、この国一番人気の御方の臀部だったらしい。
ああこれは死んだな、と俺はその時確信した。
※
「はっぴばーすでー、とぅーゆー」
あまりうまくない俺の歌が、自分自身の手拍子と共に薄暗い部屋の中で寂しく響く。
俺の目の前には、可愛い女の子が数人と、そして決してこの場に似合うとは言い難い面々が並んでいて、その目が興味津々と言った様子で丸い机の上にある巨大なケーキへ向かっていた。
三段重なったそれには何十本ものろうそくが立っていて、それぞれが火を零してゆらゆらと揺れている。
ど真ん中に『ドフィ』と書かれたそのケーキは、何を隠そう誰より一番偉そうな姿勢で座っている国王陛下のバースデーケーキだった。
走馬灯というのは、案外役に立つものだ。
初対面でセクシャルハラスメントを働くという、下手をすればさっくり殺されていてもおかしくなさそうな失礼を働いた俺が今もこうして息をしているのは、停止することなく記憶を掘り起こして生き残る道を探した脳みそが、俺に小さな頃の思い出を思い起こさせたからだった。
『ごめんなさいすみませんあの、おおおお誕生日の歌を歌わせてください!』
そして口から出た言葉はそんな突拍子もないものだったが、どうも面白いものが好きらしいドンキホーテ・ドフラミンゴは、お供だったらしいものすごい恰好の男性に俺を捕獲させ、俺を城へと連れて戻った。
成人男性がベビー服のようなものを着ていると言う事実に硬直してしまって、俺はまるで身動きが取れなかった。そういえばこんなキャラクターもいたと思い出したのは、城へ着いたころだ。
どうやら、本日の主役は誕生日に歌うお決まりのあれを知らなかったらしい。
同じく歌を知らない他のメンバーが追従してくれるはずもなく、初対面の人達の前で手拍子をしながら歌を歌うと言う恥ずかしすぎて死にそうな事態に陥ってはいるが、本当に死ぬよりはましだ。
ちなみにこれはすでに三回目だ。なんであの蝋燭がなかなか溶けないのか不思議である。
「はーぴばーすでー、とぅーゆー」
言葉と共に最後の手拍子を終えてから、どうぞ、とドンキホーテ・ドフラミンゴの方へと掌を晒す。
三回目の俺の仕草に、フフフと笑い声を零したドンキホーテ・ドフラミンゴがようやく組んでいた足を解き、軽く身を乗り出してケーキの上で燃え盛る蝋燭たちに息を吹きかけた。
ふっと最後の蝋燭が消えて、すぐにその場に暗闇が訪れる。
「若様、お誕生日おめでとう!」
誰かが一番最初にそんな言葉を投げて、それから部屋の明かりがつけられた。
テーブルを囲っている何人かが更に祝福の言葉を述べて、何やら巨大な荷物を取り出してはドンキホーテ・ドフラミンゴへ渡している。
どうやら、俺の役目も終わったようだ。
その様子を眺めてそう判断し、俺はほっと息を吐いた。
面白かったら見逃してやると言われたし、俺をこの部屋へと案内して『ナマエだ』と紹介したドンキホーテ・ドフラミンゴは最初からずっと楽しげに笑っているから、これはもう間違いなく楽しんでもらえたことだろう。
芸は身を助くというやつだ。
もっといろいろ芸を覚えていたら、俺の生活ももっと潤いがあったかもしれない。
家に帰ったら何か習得できないか考えてみよう、なんて思いつつ、平和的に賑やかな誕生日パーティーが始まっているらしい海賊達の方を見つつ、そろりと足を後ろへ引く。
カートは部屋の外にあることだし、こっそり出て逃げてしまってもいいだろうとそろそろ足を動かした俺は、後もう少しで扉に手を触れられると言う段階で、どうしてかぴたりと動きが止まってしまった。
「……あ?」
「フッフッフッフ! おいおい、何でそんなところにいやがるんだ」
どういうことだと戸惑いながら自分の手足を見やったところで、そんな風に声が掛かる。
それと共に全く俺の意思と関係なく体が動き始め、じりじりと逃げていた距離があっさりと縮まった。
慌てて顔を正面へ向ければ、メイド服の女性にとてつもなく大きな一切れを皿の上へ盛られたドンキホーテ・ドフラミンゴが、にやりと笑いながらその手を軽く動かしている。
人形を操るようなその手の動きに、そういえば彼はそういう能力者だった、と俺は思い出した。
パラサイトなんてしゃれた名前の技があったはずだ。あれだろうか。
「いえあの、そろそろお暇しようかと……」
「そう冷てェことを言うなよ、ケツを揉まれてやった仲じゃねェか」
とりあえず逃がしてほしくて言葉を述べたのに、そんな風に言い放ったドンキホーテ・ドフラミンゴによって椅子へと座らされる。
その言葉に誰より早く反応したのはものすごく体から露出を減らした男性で、何だと、と声を上げた拍子にその頭を覆っていたものがパンと弾けて飛んでいった。
髪の毛は長めだが、ハリネズミのようにつんつんと尖っている。被っていたものを弾き飛ばすだなんて、とんだ剛毛だ。
「おいナマエ、若の尻を揉んだのか」
「いやそれは誤解というか揉みたくて揉んだわけでも……」
「揉んだのか!」
すぐ傍から詰め寄られてとりあえず呟いた俺に、更に男性が声を上げた。
その拍子に、今度はその手元のフォークがはじける。
握力が強いとそんなことも出来るのか、と一瞬そんな間抜けなことを思ったが、そういえばこの男性は『グラディウス』だと気付いて納得した。確かグラディウスは、爆発させたりする能力者だったはずだ。
サングラスなのかゴーグルなのかよく分からない目元の奥から睨み付けられて身を竦めると、まあいいじゃねェか、とこの状況を作り上げた本日の主役が軽く手を振る。
「おれが許したんだ、そう目くじら立てるな」
「若……!」
「イイ子だろうグラディウス、仲間と仲良くやれるな?」
優しいんだか恐ろしいんだかも判断の付きにくい低い声で言いながら笑う相手に、仕方なさそうにグラディウスが頷く。
今度は何かを弾け飛ばすこともなく、傍らの女性から新しいフォークを渡されて握るその様子を眺めてから、あれ、と俺は目を瞬かせた。
「…………仲間?」
何の話だろうか。
おかしなことになっていると気付き、立ち上がろうと試みたものの、俺の足はまるで縫い付けられたように動かない。
両手はある程度動くようになったが、重たいテーブルを押しやってもびくともしないのだから何の意味もない。
しかし口は動くので、あの、と声を漏らしてドンキホーテ・ドフラミンゴを見やった。
「すみません、話が見えないんですが……」
「何だ、言ってなかったか?」
俺の言葉に首を傾げて、ドンキホーテ・ドフラミンゴが言葉を零す。
「お前は今日からおれのもんだ、異論は認めねえ。他に所有者がいるってんなら忘れさせてやる、名前を言ってみろ」
「え? いや、あの」
さらりと寄越された爆弾発言に困惑していると、それもそうだなとあの衝撃的な恰好の男が口を動かした。
「ナマエ、やったことには責任をとるのが男ってもんだ」
「え、ええ……?」
放たれた言葉に他の面々はうんうんと頷いているが、全く納得がいかない。
確かに初対面でセクシャルハラスメントを行ったのは俺だが、たかだか男が同性に尻を触られたくらいでとらなくてはならない責任というのは、一体なんだろう。
まさかドレスローザでは尻を揉まれたら結婚でもしないといけなかったんだろうか。そんな馬鹿な。
意味が分からず混乱する俺の前へ、とん、とケーキが置かれる。
「はいナマエ、貴方の分よ」
甘そうな生クリームがたっぷりのケーキの一片は巨大だが、右を見て左を見て、自分の皿の上のものは俺の体格に合わせたかのように小さいのだと認識した。
素晴らしい心遣いに視線を向ければ、メイド服の可愛らしい彼女が、俺の方へとフォークを差し出している。
「あ、ありがとうございます」
確か彼女はベビー5という名前だったな、なんて思いながら礼を述べてフォークを受け取ると、全員への給仕を終えた彼女は席へと戻っていってしまった。
それからみんながケーキを食べ始め、ドンキホーテ・ドフラミンゴと言えばケーキを食べたりプレゼントを開けてみたりと忙しそうだ。
しかし、未だ俺の足に自由は戻らないので、帰らせてくれるつもりはまだ無いらしい。
その後も了承するまで体の自由は奪われ続け、俺に首を縦に振る以外の選択肢は存在しなかった。
ドンキホーテ・ドフラミンゴが俺を連れて帰ると決めたのが『歌を歌わせてくれと言ったから』だと改めて教えられたのは、了承した日の夜のことだ。
ファミリーには音楽家がいなかったのだとさも重要そうに言われた時、そういえばどこぞの『主人公』も長いこと音楽家を求めていたな、なんてことをぼんやり思い出した。
「申し訳ないんですが、俺は音楽家ではなくて」
「フッフッフッフ! お前のへたくそな歌も悪くねェ」
「あの……聞いてます?」
「さっさと楽器も覚えろ、ナマエ。おれの為にな」
そして、人の話を聞く耳も持たないドンキホーテ・ドフラミンゴは、やはり恐ろしい海賊だった。
end
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