恋愛報告書
※主人公はトリップ主
俺がイゾウ隊長の誕生日を知ったのは、当日だった。
「え、隊長、今日が誕生日なんですか」
「ああ。言ってなかったかい」
俺の言葉に軽く頷いて煙管を揺らした誰かさんが、柔らかく微笑んでこちらを見つめる。
その手元にはいくつかの包みがあって、それらが『家族』達からの贈り物だと言うことはすぐに分かった。
大所帯の白ひげ海賊団で、誕生日だという名目で宴を行うのは船長の時くらいらしいとは聞いたことがある。
だから朝から誰かが騒いでいるわけでもなく、俺は厨房で話を聞くまで今日が『そう』だと知らなかった。
思わず雑用を終わらせてすぐにイゾウ隊長の部屋まで駆け込んできたのだって、仕方のないことだろう。
教えておいてくださいよ、と眉を寄せて近付くと、俺のそんな顔を見あげたイゾウ隊長が椅子に座ったままで煙を口から零す。
赤く塗られた紅の上を滑って零れた煙が空気へ溶けて、それを追いかけるようにイゾウ隊長が言葉を放った。
「別に、この年になって誕生日だ何だと騒がれなくたって構わねェから、そんな顔しなさんな」
そんな風に言ってイゾウ隊長は笑っているが、そう言う問題じゃない。
「俺が気になるんです。たくさんたくさん、祝うつもりだったのに」
言葉と共に間違いなく不満そうな顔になってしまうのを、留める方法が見つからない。
『この世界』へやってきて、『ここ』がどういう世界なのかを把握して、なってみたいなと軽々しく考えた海賊稼業で死にそうになったところを助けてくれたイゾウ隊長は、俺の命の恩人だった。
優しく厳しいイゾウ隊長に憧れて白ひげ海賊団へと飛び込んで、新入りと隊長という関係が一歩進んだのはつい一ヶ月ほど前のことだ。
好きだと言って、付き合ってほしいと言った俺へイゾウ隊長は笑ったけど、それを拒否したりはしなかった。
『おれはもう付き合ってるもんだと思ってたんだけどねえ?』
笑いながら言われた言葉にはものすごくうろたえたけど、つまり今のイゾウ隊長は俺の恋人なのだ。
好きな相手の誕生日一つ把握していなかったなんてと肩を落とした俺へ向けて、そいつは残念だ、とイゾウ隊長が言葉を零す。
「ナマエが祝ってくれるってんなら、前もって言っておきゃあよかった」
「そうですよ」
「贈り物もくれたんだろう?」
「もちろんです」
残念ながら今年は用意出来ていないが、とりあえず次の島ですぐにイゾウ隊長への贈り物を買いに行こう。
ワノ国のものを取り扱っている店があるといい。イゾウ隊長は煙管のいくつかを趣味で使い分けているから、一本今ない色のものを贈るのもいいんじゃないだろうか。
そんなことを考えながらため息を零した俺の手に、そっと温もりが触れる。
それに気付いて俺が視線を向けると、丁寧に手入れされた掌が俺の手へと重なっていて、辿っていった先にいたのは当然ながらイゾウ隊長だった。
瞳を細め、先程よりも笑みを深めているその様子に、何か不穏なものを感じてびくりと体を震わせる。
思わず身を引いたのに、逃さないと言うようにイゾウ隊長の手が浮いた俺の片手を掴まえた。
「あの……イゾウ隊長?」
「今年は、どうやら贈り物は貰えそうにないね?」
何も持たずに部屋へと飛び込んできた俺を確かめるように見つめて、イゾウ隊長がそんな言葉を零す。
そりゃそうですよ事前に聞いてないんですから、とそちらへ俺が言い返すと、ますますイゾウ隊長の瞳が細められた。
何かを企んでいるらしい相手に困惑したところで、イゾウ隊長が強めに腕を引く。
「わ」
机をはさんだ向こう側からの攻撃に、俺は机へ倒れ込むような格好で体を傾がせた。
それを気にした様子もなく、イゾウ隊長のもう片手が俺の肩へと触れ、ぐい、と引き寄せる。
「わ、あの、ちょっと!」
がたがた、と音を立てながら机の上へ完全に引きずりあげられてしまった俺は、慌てて声を上げた。
あまり暴れられないのは、イゾウ隊長への贈り物が机の端に乗っているからだ。包みの中身が割れものだったら、俺は誰かの贈り物を壊してしまうことになる。
そんな俺の考えを見透かしたように、少し椅子を引いたイゾウ隊長が、くすくすと笑いながら更に俺を自分の方へと引き寄せる。
最後は机に体の下半分を預けたまま体の上半分をイゾウ隊長の方へと傾ける格好になってしまって、倒れ込むわけにもいかず、俺はひとまず目の前の体に縋り付いた。
慌てて足元を確認するが、誰かの贈り物を蹴飛ばしてしまったりはしなかったようだ。
その事実にほっと息を吐いてから、改めてイゾウ隊長を見やる。
「……隊長!」
「いいじゃないか、せっかくの誕生日なんだから」
楽しそうにイゾウ隊長は言うが、『誕生日』とこの行動のつながりは、全く分からない。
理解不能ですとそちらを睨み付けると、ふふふ、と笑い声を零したイゾウ隊長の頬が俺の額へと押し付けられた。
「なあナマエ、おれへの贈り物に悩んでるっていうんなら、今年はおれのおねだりをきくってことにするのはどうだい」
きちんと手入れされた滑らかな頬に軽く頬ずりされて、近くから漂う香りに身を竦めてから、おねだり、とイゾウ隊長の言葉を繰り返す。
そうだよと頷いて、俺の額から頬を離したイゾウ隊長がこちらの顔を覗き込んだ。
「なァに、無理難題を押し付けるつもりはないさ、ナマエが指先一つ使わず出来るようなことだ」
「…………なんですか?」
「『何』か教える前に、『そうする』って言ってくれなきゃあなァ」
柔らかな声で言いながら、その目がじっと俺の目を見つめてくる。
優しく選択を強いているようで、その実選択肢の一つすらないそれに、俺は少しばかり眉を寄せた。
イゾウ隊長は、案外強引だ。
こんな風にして言わなくたって、イゾウ隊長が『おねだり』すればそれを叶える努力をするのは決まっている。それは恋人の俺だけでは無くて、同じ隊の連中も殆どがそうだろう。
だからそんなの、プレゼントにもなりはしない。
それでも、イゾウ隊長が望んでいるなら、俺には頷く以外にないのだ。
「……わかりました、そうします。でも、その前に降ろしてください」
流石に無理な体勢で腰が痛いですと言葉を投げると、ああそりゃあ悪かったね、と全く悪びれた様子もなく言い放ったイゾウ隊長が、俺を掴まえたままさらに少し椅子を引いた。
ずるりと落ちた俺の体を足の上に乗せて、手早く自分の体を跨らせてしまうイゾウ隊長は恐ろしいと思う。
何してるんですかと慌ててその膝の上から降りようとしたのに、するりと動いた片手が俺の片脚を掴んで持ち上げてしまうと、それ以上の抵抗も出来ない。
それどころか後ろへぐらりと傾いだ体に、俺は慌ててもう一度イゾウ隊長の体に捕まる羽目になった。
「ナマエが逃げたら悲しいじゃないか」
「逃げませんよ!」
「さあ、どうだろうね?」
くすくすと笑いながら寄越される言葉に、信用していないんですかと眉を寄せる。
間違いなく不満そうになった俺を見ても気にした様子なく、前科があるじゃないかと笑ったイゾウ隊長は、それから俺へ向かって言葉を投げた。
「キスしてごらん」
「……え」
「おれのおねだり、叶えてくれるんだろう?」
間近から俺の顔を見つめて、笑ったままのイゾウ隊長がそんな言葉を口にする。
その目はじっとこちらを観察しているようで、その様子と先ほどの台詞に、あ、と俺はわずかに声を漏らした。
たまにはそっちからしてみなと言われて、酒の席で笑って誤魔化したのは確か一週間前だった。
だってまさかあんな宴の最中で言われた言葉が本気な筈がないし、いくら『男同士』でも『家族』達の殆どが気にしていないようだとは言え、二人きりならともかく人前でやるだけの度胸は俺には無いのだ。
もしもイゾウ隊長が女性だろうが、俺が女だろうがこの思考は変わらないと思う。
「……あれ、本気だったんですか」
それきり言わなかったからやっぱり冗談だと思ったのに、と呟いた言葉に、おや覚えてたのかい、なんて言ってイゾウ隊長が肩を竦める。
それからもう一度その目がじっとこちらを見つめて、はやく、と音もなくその唇が俺を急かした。
そんな風に急かされると、何だか少し恥ずかしい。
しかし、好きな人にそんな風に言われて何もしないだなんて、男の風上にも置けないのではないだろうか。
少しだけ逡巡した後、覚悟を決めた俺は、イゾウ隊長の顔に片手を寄せた。
滑らかな頬に掌を添えると、イゾウ隊長がそれへ軽く頬ずりするように顔を傾ける。
それを受けてするりと掌を滑らせてから、俺はイゾウ隊長の顎へ指を添えた。
膝の上に俺を乗せているから、少し低い位置にある顔を上向かせるように動かすと、あっさり行動に移した俺に驚いたのか、ぱちりとイゾウ隊長が目を丸くする。
それから、まるで花開くようにとてつもなく嬉しげに口元を綻ばせた相手を見下ろして、隊長、と声を掛けた。
「……誕生日、おめでとうございます」
そして言葉を置いて、そっと顔を近付けて。
「ようイゾウ! 今日のおやつはバースデーケーキだ、ありがたく食えよー!」
とてつもなく陽気な声と共に扉を開かれた瞬間のけぞった俺は、真後ろにあった机に頭と背中を強打した。
衝撃で傾いだ誰かのプレゼントを抱えて守るまでは出来たけど、打ち付けた頭部と背中に悶えたら机の上から床へ落下してとても痛かったということを、ここに記しておくことにする。
イゾウ隊長がサッチ隊長にものすごく怒っていたが、致し方ないことだと思う。
end
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