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誕生日企画2015


「あう」

 小さく声を漏らして、俺はぱたりと両手両足を動かした。
 柔らかなタオルを掴まえ、じたばたと頑張って体を転がしたのはつい先ほどのことだが、まだ体を起こして這うことすら重労働の範囲に入る俺の体は、立ち上がったり座ることも難しい。
 どうにか持ち上げることが出来るようになった頭を動かして周囲を見回すと、柵の向こうでこちらに背中を向けた相手が、くるりと振り返った。

「どうしたよい、ナマエ」

 暇なのかい、と赤ん坊に向けて言うにはあんまりな言葉を放ちつつ、立ち上がった相手が近寄ってくる。
 伸びてきたその手にひょいと持ち上げられて、俺はすぐさま近くなった相手の体にしがみ付いた。
 ぎゅう、と手で服を掴まえてがっちりとくっついた俺に、マルコが軽く笑う。

「遊びてェのかい。けど、もう今日は寝ねェとねい」

 大きくなれないぞと寄越された言葉に、むうと少しばかり頬を膨らませた俺は、聞こえないふりをして目の前の頭に額を押し付けた。
 あまりよく見えない目で確かめることは出来ないが、今はどうやら夜になり始めた時間帯らしい。
 いつもなら、四時間に一回のミルクを終えて俺が眠りについているころだ。
 真夜中に腹が減っても出来る限り我慢する俺は、すでに結構生活リズムの出来上がりつつある赤ん坊となっている気がする。
 さすがに空腹に耐えかねて泣いて訴えることもあるが、それだって明け方頃を狙うし、飲み残したミルク入りの哺乳瓶がベッドの内側に置かれていればそれを咥えて耐えることにしている。
 間違いなく手のかからない俺が今日に限って眠らないのは、俺が今日という日の為に昼間にたっぷり眠ったからだ。

「だ。あう」

 ぺちぺち、とマルコの体を叩きつつ訴えてみても、今日に限って元気だねい、なんて言って笑うマルコは全く聞き入れてくれた様子が無い。
 それどころか俺を寝かしつけようとゆらゆら揺らし始めた相手に、止めてくれと必死になってしがみ付いたところで、がちゃりと扉が開かれた。

「マルコ、そろそろ始め……あれ」

 ひょこりとそこから顔を出したサッチが、少しばかり不思議そうな声を出す。
 まだナマエ起きてんのか珍しいな、なんて続いた言葉に、そうなんだよいとマルコが頷いた。

「寝かしつけてから行くから、先に始めてろよい」

「いやいや、主役がいねえでどうすんだよ」

 おれが代わるか、なんて言いながら近寄ってきたサッチの手が伸ばされたのを見て、俺はぎゅっとマルコへしがみ付き直した。

「……ありゃ」

「サッチはやだとよい」

「いーや、これは『ママ』がいいんだろ、多分」

 俺の様子を見下ろして、マルコとサッチがそんな会話を交わしている。
 その後でサッチがぎゃっと小さく悲鳴をあげたので、多分マルコに足でも踏まれたんだろう。
 俺の言い間違いをずっとネタにしているからそう言う目に遭うのだ。反省したらいいと思う。
 もしも俺がしっかりと大きく育つことが出来てもこれだったら、マルコがからかわれて苛立ったり怒ったりすることの無いよう、今度は俺がその足を踏んでやる。
 サッチの方もみずにそんなことを考えながら、俺はまたしてもぐりぐりと目の前の相手にすりついた。
 今日は、俺を抱えている海賊の誕生日だった。
 朝マルコと他の仲間が話している言葉からそれを知った俺は、どうにかその宴とやらに参加したくて、睡眠時間の調整を頑張ったのだ。
 プレゼントの一つも渡せない赤ん坊の体でわがままな気もするが、マルコの誕生日を祝う場にいたいと言う小さな願いくらい、そろそろ叶えてくれたっていいと思う。
 だってマルコはもはやつまり、俺の『親』とでも言うべき存在だった。
 来年の今頃には贈り物の用意をすることを考えてみても、敵情視察は大事なのである。

「まー」

「何だよい、ナマエ」

 決意を新たに訴えかけた俺を見下ろして、全く分かっていない顔でマルコが笑う。
 そしてまたしても揺らされて、ついでにサッチに寝かしつけるような子守唄まで歌われて、俺の願いはかなわなかった。

 後日、マルコとサッチが夫婦みたいに寝かしつけてたとハルタが笑っていたので、ひとまず俺はこれから先二人の間に立ちはだかると心に決めたのだった。



end


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