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祝福の日を
※拾われっこ主人公はトリップ主
※名無しオリキャラちょろっと注意



「いいですか船長。『さんない』ですよ」

「わかったべ!」

 船を降りる前にそう言って見つめた先で、こくりと我らが船長が頷く。
 とても真剣な顔をしているが、その言葉をどこまで信用していいものかはとても不安だ。
 何せ、俺の目の前にいる俺達の船長は、この船の上の誰よりも『麦わらの一味』馬鹿なのである。
 わけもわからないまま『この世界』へ来た俺は元から知識としてそれを知っていたが、現物を目の当たりにするまで、まさかここまでだとは思わなかった。
 『麦わらのルフィ』がいるからと言われれば賞金稼ぎにホイホイついていき、ここに来るからと言われれば罠でしかない場所で待ち、『麦わらのルフィ』のことを知っていると言った相手を追いかけ回して話を聞こうとする。
 間違いなくこの船長は阿呆である。

「本当に分かってるんですか」

「わかってるべ! 『いない』、『こない』、『知らない』!」

 再三言って聞かせた言葉の後ろを数え上げて、ふん、とバルトロメオが胸を逸らす。
 そんな威張らないでくださいと言葉を落としつつ、俺は小さくため息を零した。
 確かに、バリバリなんていう名前の悪魔の実を食べた船長は強い。
 けれども、元からの悪名も手伝ってその悪行を数え上げられることが多いバルトクラブの船長は、それなりに狙われる人間なのである。
 島へ着いたからと意気揚々と降りていかれると、ものすごく不安だ。

「子電伝虫も持ってんだ、そんなに心配すんでねェ」

 牙を晒した唇からそんな風に言葉を紡がれても、心配なものは心配だ。
 俺が恐ろしい強さを持っていたなら、バルトロメオの後ろから周囲を威嚇して歩きたい。
 しかし、ただ海を漂っていただけの俺にそんな便利な強さがあるわけもなく、むしろバルトロメオ達に守られて過ごすことの方が多かった。
 特に今度の島は治安が悪いらしく、出来れば降りない方がいいと偵察に言った船員にもやんわり言われている。
 そう、治安が悪いのだ。
 更に心配だ。
 眉を寄せて溜息を零した俺の前で、んー? と首を傾げたバルトロメオが、それから少しばかりその長身を折り曲げた。

「なら、ナマエも一緒に降りて、おれを見張ってりゃあいーべ」

 顔を覗き込むようにしながらそう言われて、いやいや、と首を横に振る。

「この島は怖いって偵察で結論が出たじゃないですか。俺が降りても危ないだけですよ」

「何かありゃ、おれが守ってやんべ?」

 そんな風に言って笑うバルトロメオの言葉は、自信に満ちている。
 確かにその言葉の通り、彼が俺を守ってくれるだろうことを俺は知っていた。
 ただのまっとうな日本人だった俺が海賊団に居続けているのだって、海の上で拾っただけの俺を守ってくれた相手に恩を返したいと思ったからだ。
 あまり雑用に向かないクルー達ばかりだったから、今の俺の殆どの時間は主婦業じみたもので占められている。料理の担当だったクルーに習って、いくらか料理も出来るようになった。
 そして、だからこそ今日の俺は、船に残ることを心に決めているのである。

「行きません」

 きっぱりと相手へ言い返すと、バルトロメオが目を丸くした。
 驚いたようなその顔に首を傾げると、な、な、と声を漏らした相手の手が俺の肩を掴まえる。

「なんでだべ!」

「なんでって、だから言ってるじゃないですか、危ないって」

「そうだども、おれと一緒ならいつもは降りるべ?!」

 慌てたように寄越されたその言葉に、そうだったろうか、と少しだけ考えた。
 確かに、初めていくような島へ降りるときは、大体がバルトロメオと一緒だった。
 それは事実だが、今日ばかりはそうすることは出来ない。

「掃除もちょっと行き届いてないし、洗濯も溜まってますし」

「何だべその主夫みてェな台詞は!」

 海賊がそんなんでいいのかと地団太を踏まれても、それが俺の仕事なのだ。
 いいから早く降りてくださいとその体を押しやると、たたらを踏んだバルトロメオがタラップへと差し掛かる。

「何すんだべ!」

「はいはい、行ってらっしゃい。夕暮れまでには帰って来てくださいね。くれぐれもお気をつけて」

「ナマエ!」

 抗議してくる相手へ言葉を投げると、膨れた顔でバルトロメオが俺の名前を呼んだ。
 それを見やって軽く手を振ると、赤ん坊だって大泣きしそうな顔でこちらを睨み付けた後で、唇を尖らせたバルトロメオがこちらへ背中を向ける。
 だん、だんとわざとらしく大きな足音を立てながら港へ降りて行った相手を見送って、俺はひょいとタラップを引き上げた。
 俺と船長のやり取りを見ていたクルー達が、困ったように笑っている。

「……それじゃ、始めましょうか」

 居残り組の彼らを見やり、俺はそんな風に言葉を紡いだ。







「……なんだべ、こりゃあ」

 俺の言葉を守るかのように、日暮れ頃に帰ってきたバルトロメオの第一声はそんなものだった。
 早かったですねとそちらを見やってから、相手の方へと近付く。

「お帰りなさい、船長」

「おう、たでえま。……んで、なんだべ、これは」

 俺へ言葉を返したバルトロメオの目は、やはり一点に集中している。
 何って、と呟いて、俺も同じ方へ視線を向けた。

「バースデーケーキですよ」

 一番上に麦わら帽子を模した菓子細工を乗せた三段重ねのケーキが、オレンジ色にかげりつつある空の色を映している。
 今日は、俺達の船長の誕生日なのだ。
 前々から今日という日に宴をすることは決まっていて、バルトロメオ以外の船から降りたクルー達は、すでに色々な物を買い込んで船へと戻ってきていた。
 料理も随分と出来上がっていて、もう少しで準備も終わるところだ。

「誕生日おめでとうございます、船長」

 言葉を放って視線を戻すと、ぱちくりと目を丸くしていたバルトロメオの目が、ゆるりとこちらへ向けられる。
 しばらく俺の顔を見つめた後、へら、とその顔が弛んだ。
 そしてそれからすぐにぎゅっと眉間に皺を入れて、顔を引き締めようとする。
 しかしそれは失敗していて、怒っているような笑っているような意味の分からない顔になったバルトロメオが、つんとそっぽを向いた。

「おれァ怒ってんだべ! ナマエがおれど降りねがったから!」

「準備をしなくちゃお祝いできないじゃないですか」

「だっだら最初っからそう言いやいいべ!」

「そしたら、船長、準備手伝おうとしたでしょう」

 尽くされることになれていてもよさそうな立場のくせに、案外バルトロメオは人の世話を焼きたがるのだ。
 俺を拾って面倒を見て、簡単な戦い方や効果的な逃げ方を教えて、こちらをひたすらに構ってくる相手に俺がそう認識したのは、この船に乗って一週間ほど後のことだった。
 間違いなく手伝っただろう相手を見つめると、う、と声を漏らしたバルトロメオが、横を向いたままでちらりとこちらを見る。
 その視線を見つめ返してから、俺は相手へ微笑みを向けた。

「後でプレゼントもありますから。もうやることは殆ど無いんで、椅子にでも座っててください」

「プレゼント? 何だべ?」

「内緒です」

 俺の言葉にぱっとその顔をこちらへ向けて、そわりと身を揺らした相手へそう言うと、何だべ、とまたバルトロメオが眉を寄せる。
 しかし、先程よりもさらに笑み崩れた顔になっていて、嬉しいと思っていてくれているのが見てすぐに分かった。
 せっかく祝おうとしているのだから、喜んでもらえるのはこちらだって嬉しい。
 その腕を掴まえて引き寄せて、俺はバルトロメオを椅子へと案内した。
 甲板に唯一のそれに座った船長に気が付いて、他のクルー達が贈り物を手に近寄ってくる。

「船長! 誕生日おめでとうございます!」

「ボス、これどうぞ!」

 呼びかけられるバルトロメオがプレゼントを受け取りながら祝いの言葉を受けるのを横目に、そっとそばを離れる。

「……さて、あと少しだけがんばろう」

 そんな風に呟いた俺は、残りの準備をするためにすぐに船内へと戻った。
 それからすぐに始まった宴の最中、俺が贈ったプレゼントを受け取って、嬉しそうな顔で『あんがとな!』とバルトロメオに言って貰えたのは、空がゆっくりと暗くなった頃だった。



end


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