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道ならぬ
※クザンさんとトリップ主(一般人ではない)




 道ならぬ恋とは、多分俺のこれに言うんだろう。

「どうしたの、ナマエ」

「あ、いえ、何でもないですよ、クザンさん」

 グランドラインという数多の島がひしめく大海原の端、平穏な秋島の上にある町の一角で、俺は向かいに座っている相手へ笑いかけた。
 それを聞き、そう? と首を傾げながらも、それ以上の追及はしてこない優しい男が、テーブルの上で頬杖をつく。
 額にアイマスクを乗せ、いつもと変わらぬ青シャツに白いベストの彼が海兵であることなんて、こんな海軍本部からも離れた小さな島の住人の殆どが知らないだろう。
 俺の向かいの彼はあまりあの仰々しいコートを着用して出歩かないし、海軍大将の写真は賞金首の貼り紙のように出回っているわけではないのだから当然だ。
 彼が俺へそう名乗ってくれなかったら、俺だって知らないふりをしているつもりだった。

「それで、今日の用事って?」

 俺が手紙で記した内容を思い出したのか、目の前の彼が言葉を紡ぐ。
 それを聞き、ああそうだ、と声を漏らしてから、俺は持ってきたものを机の上へと置いた。
 ごと、と音を立てたそれに、目の前の相手が片眉を動かす。

「……なに?」

「誕生日プレゼントです」

 放たれた言葉にそう返して、俺は持ってきたものを彼の方へと押し出した。
 俺が持ってきたその包みの中身は、少々値打ち物の酒だった。
 親しい男性に贈り物をしたいがどうすればいいか、と『仲間』と話した時に、仲間の殆ど全員が勧めてきた銘柄だ。
 恐ろしくお値段が張ったので困ったが、辿り着いた島で『前』からの持ち物を売り払ったら随分とベリーが手に入ったので何とかなった。
 俺が『この世界』へやって来た時の最後の一つと引き換えにしただけあって、中身は随分と旨そうな酒だった。

「あららら、そういやそうだった」

 俺の言葉に今日の日付というものを思い出したのか、目の前の彼が軽く頷いた。
 それから包みにその手が触れて、ずり、と音を立てて引き寄せたそれを包みの上から確かめる。

「酒?」

「はい。あ、でも飲むなら宿に戻ってからにしてくださいね」

 自転車での航海中に酔っ払って転んでは大変だ。目の前の彼は悪魔の実の能力者で、そして悪魔の実の能力者にとって海と言うのは大変危険なものなのである。
 そうだねェ、なんて頷いてから、頬杖をついたままでしばらく包みを眺めた彼が、そのまま少しばかり眉を寄せる。

「……だけど、こいつは受け取れねェかも」

「え?」

 そうしてぽつりと放たれた言葉に、思わず驚いたような声が出る。
 俺のそれを聞き、ちら、ともう一度こちらへ視線を戻した彼が、軽く首を傾げた。

「…………どうしてだか、分かんねェかな?」

 まるで俺が答えを知っているとでも言うように、彼がそう言葉を落とす。
 放たれた言葉に困ってしまって、俺は軽く目を彷徨わせた。

「え、ええと」

 どうしよう。
 どうして受け取ってもらえないんだろう。
 ただ贈り物を拒絶されただけで動揺してしまって、片手が忙しなく自分のポケットへと潜り込んだ。
 けれども、今までだったら俺を安心させてくれた小さな『お守り』はもう前の島で他人の手に渡ってしまっているので、ポケットの中で掴まえられるのは布越しの自分の足だけだ。
 困っている俺を前に、ほら、と目の前の彼が声を掛けてくる。
 それと共に顔の前へとひょいと差し出されたものに、視線を移してから目を瞬かせた。

「……あれ」

「前に、『大事なもの』なんだって言ってたでしょうや」

 何売っちゃってんの、なんて言いながら、彼が差し出しているそれは、ついこの間手放したはずの俺の『お守り』だった。
 もはや電源も入らなくなって久しい、『この世界』では使い道のない鉄の塊でしかない携帯電話が、その真っ暗になった液晶画面にこちらの顔を映している。
 恐る恐るとそちらへ手を伸ばすと、彼は俺の手の上へとそれを乗せた。

「全く、何でそういうことするかねェ」

 やれやれとため息を零して、彼がもう一度頬杖をつく。
 そちらを見やり、それから手元を見下ろした俺は、少しばかり指に力を込めた。
 もはや手に馴染んでしまったそれをしっかりと掴まえてから、一度、二度と深呼吸をして、それから顔を相手へ向ける。

「どうしても、クザンさんに贈り物したかったんです」

 子供のような言い方をしてしまったが、俺の口から漏れたそれは事実だった。
 本当なら他に『金』の稼ぎ方もあるだろうけど、俺の『仕事』で得た金は、彼への贈り物には似合わない。
 何故なら俺は海賊で、そして目の前の誰かさんが海軍大将だからだ。
 もしも俺の正体を知ってしまったら、彼だってきっと俺のことが嫌になるだろう。
 かといって、今さら自分だけまっとうになろうとは思わない。俺をあの日助けてくれた『仲間』達は笑って送り出してくれるかもしれないが、そんな不義理はしたくなかった。
 俺が彼を好きになってしまったのがそもそも海賊達を追いかけ回す軍艦の上の彼を見た時だったのだから、ひょっとして自分に被虐趣味があるんじゃないかと自問してしまったのはここだけの話である。
 いくらかある年齢差、同性同士という垣根以上に、圧倒的に不利な恋だ。叶う見込みもない。
 俺が一方的に相手に惚れこんで、こうして友人のような付き合いを重ねて、何か所かの港を経由して届くようにしながら文通じみたこともさせてもらっている。
 彼だってきっと俺を憎からず思ってくれているだろうとは思うけど、相手のそれが恋愛感情でないことは分かりきったことだった。
 別に、それでいいのだ。

「……それ、受け取ってくれないんですか?」

 恐る恐ると問いかけて、俺はじっと向かいを見やった。
 俺の視線を受け止めて、彼が自分の傍にある包みをもう一度ちらりと見やり、それから数秒を置いて、仕方なさそうにため息を零す。

「……あー……それじゃあ、あれだ。ちゃんと言ってくれたら、受け取ってもいいけど」

 そうしてぽつりと漏れた言葉に、俺はすぐさま相手へ言葉を放った。

「クザンさん、お誕生日おめでとうございますっ」

「……はいはい、どうも」

 意気込んだ俺をよそに、仕方なさそうに笑った彼が返事をして、その手が改めて俺が贈った包みを掴む。
 それから、俺の手元のものを指差して、それはナマエにあげるからね、と言葉を紡いだ。

「こんなでかい贈り物貰ったんだし、お返し」

「え? でも」

「いいから。おれだって、ナマエにプレゼント渡したくて探してたわけよ」

 そうしたらそれを店先で見つけて慌てちまったけど、なんて言って笑う相手に、俺はじっと手元のものを見下ろした。
 手放したはずのそれが戻ってきたのは、何とも嬉しいことだ。
 それが『好きな人』からの贈り物となればなおさら。

「……それじゃあ受け取ります。ありがとうございます、クザンさん」

 くすぐったさで弛んだ口元をそのままに、俺が正面へ向かってそう言うと、どういたしまして、と紡いだ彼もその口元の笑みを深めた。
 その手が注文してあったコーヒーのカップに触れて、持ち上げたそれへ唇を寄せる。

「……あとどんくらいの間、内緒にしてるつもりなんだか」

「え?」

 コーヒーカップの内側で零れた呟きが聞き取れず、俺は戸惑ってそちらへ向けて聞き返した。
 そんな俺を一瞥して、カップを降ろした彼は、先ほどの俺のように『何でもないよ』なんて言って笑っただけだった。



end


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