おたんじょうび
※短編『ねこのひ』の主人公とクザンさん
※クザン大将が体だけお子様につき注意
「反省した?」
「……しました……」
クザンの放った言葉に、ナマエがしょんぼりと肩を落として頷いた。
先ほどまできりりと顔を引き締め、背中を伸ばして椅子に座っていたと言うのに、クザンが目を覚まして二言三言交わした後からはこれである。
間違いなく落ち込んでいる相手の様子に軽くため息を吐いてから、クザンは自分の体を見下ろした。
「……だから、得体の知れねェもんには触るなって言ってたでしょうや」
いつだったか相手へ向けたのと同じ言葉を零したクザンの前で、返す言葉も無いとナマエが俯く。
椅子に座るナマエの傍で、クザンは大きなベッドの上に横たわっていた。
目覚めてすぐ、自分が二度三度寝返りを打ってもまだ余りそうな大きさのベッドとシーツから香った消毒液のようなにおいに、医務室にこんな大きなベッドが置かれていただろうか、なんて言うふうに考えたクザンが、自分の体の異変に気付いたのは数分ほど経ってからだった。
ベッドが大きいのではなく、クザンの体が小さいのである。
鍛え上げられていたその腕は幼さの残る細さに変わり、簡単に海賊達を凍らせてきたその掌も小さい。ついでに言えばブランケットの中の足も短くて細く、混乱したクザンへ向けて『ごめんなさい』と言ってきたのはずっとそれを見守っていたナマエだった。
そして、ナマエのその謝罪に、クザンは事態の原因を理解したのだ。
つい昨日、クザンはナマエや他の部下達をつれて、未開の島を訪れていた。
覇気を使う動物がいるらしいというのが一番最初の報告で、部下達に万が一の危険も及ばないよう調査に当たれと言うのがクザンに下された命令だ。
サボるなよと念を押されたクザンは仕方なく、密林を散策していた。
そして、妙な花に手を伸ばしているナマエを見つけて、慌ててそちらへ手を伸ばしたのである。
『ナマエ!』
『え? あっ』
クザンが割り込んだ時に花を手で払いのけてしまったのが悪かったのか、それとも元よりそうなる状況だったのか、蕾を膨らませた花がその先端から花粉のようなものを吹き出し、ナマエの顔を片手で覆ったクザンがそれを吸い込む形になった。
うかつなナマエを叱り、そのまま彼を連れて軍艦へと戻って風呂に入り、すぐに体についた花粉は落としたが、わずかに吸い込んだ花粉の成分がどのように反応したのか、それから数時間。
眠っている間に小さくなったと言うナマエの報告通り、クザンの体は幼いものへと変わっていた。
すでにクザンが眠っている間にひと騒ぎは済んだそうで、体が幼くなった以外は特に異常はなく、今はクザンの血液から船医が様々な検査を行っているらしい。
周りで騒がれようが、腕に針を刺されようが目を覚まさなかった自分にクザンは少しばかり呆れたが、過ぎたことは仕方ない。
とりあえずもぞもぞと身じろぎ、ベッドの上へと起き上がってから、その目がもう一度自分の体を見下ろす。
「おれだから良かったけど、ナマエだったらもっと小さくなっちまったかもしれねェよ」
年齢差を考えれば、赤ん坊にでもなってしまっていた可能性は捨てきれない。
しかもそれが密林の中、周りに誰もいない時であったなら、ナマエはそのまま島にいる猛獣の餌食になるところだ。
危ないものには触らないように、と再三言い含めていると言うのに、どうして手を伸ばすのか。
ベッドの上で自分の膝に頬杖をつき、そう言葉を放ったクザンへ対して、ごめんなさいともう一度ナマエは謝罪を口にした。
弱い癖に、ナマエはすぐにそうやって『おかしな』何かに手を伸ばすのだ。
怪しいものは触って確かめないと、何かあったら困る。
いつだって彼はそう言うが、それならせめて『何か』あっても自分である程度は対処できるようにしてほしいものである。
あれだけくすぐり倒して『オシオキ』をしてやったというのに、まるで堪えていなかったらしい。
好奇心が旺盛なのか、それとも別の何かがナマエをそうさせているのかはクザンには分からないが、本当に困った性分の部下だった。
やれやれとため息を吐いてから、クザンは自分の体を覆っている服を軽くつまんだ。
「それで、おれっていつ着替えたっけ」
「あ、俺がやりました。さすがに殆ど脱げそうだったので」
クザンの言葉に、ナマエが答える。
恐らくはそうだろうと予想していた通りの言葉に、ふうん、と声を漏らしてからクザンはその目をナマエへ向けた。
「意識のない時に裸に剥くなんて、やらしいねェ」
「そんなこと言われましても、脱がさないと着替えさせられないじゃないですか……」
わずかに笑って言葉を放ったクザンへ、ナマエはとても困った顔をしている。
いつだったか、馬鹿をしたナマエの頭の上に生えていた獣の耳があったなら、きっとしょんぼりと垂れてしまっていることだろう。
「ま、ナマエのときだってすぐに治ったんだし、おれもそうでしょ」
あの時とは状況も症状もまるで違う筈だが、十把一絡げにして言い放ち、起きてしまったことは仕方がない、と笑ったクザンがひょいとベッドから降りた。
そして、着地した自分の足裏の頼りなさといつもと違う床への距離に、おっと、とその体が前へと傾く。
それを見て、慌てて手を伸ばして来たナマエの腕が、クザンの体を持ち上げた。
「大将、大丈夫ですか?」
尋ねながらベッドへ座り直させられて、クザンの手がナマエの腕を軽く掴まえる。
「……こりゃまいったね、どうも」
呟きながら、クザンは自分の足を見やった。
体が小さくなると言うのは、どうやら思ったより大事であるようだ。
これではうまく移動することだって出来はしない。
「ちょっと失礼しますね」
ぷらぷらと足を軽く動かしたクザンの前で、椅子から立ち上がったナマエが屈みこんだ。
ベッドに座るクザンの足を恭しく掴まえて、その手がそっとクザンへ靴下と靴を履かせる。
目を伏せて献身的な顔をしているナマエを見下ろして、ふむ、とクザンは軽く自分の顎に指を添えた。
「……ひょっとして、おれが元に戻るまで世話焼いてくれるつもり?」
もう片方の足へ取り掛かったところで尋ねると、そのつもりですけど、なんて答えたナマエがクザンを見上げる。
屈んでいるからか、上目遣いになった相手を見下ろして、ふうん、ともう一度声を漏らしたクザンの口元に笑みが浮かんだ。
意地の悪い顔になってしまったのか、それを見あげたナマエが、うわ、と声を漏らしてわずかに身を引く。
その拍子に放り出された足を降ろし、クザンは改めてベッドの上から慎重に降りた。
近寄るクザンに合わせて身を引いたナマエが、その場でしりもちをつく。
座ってしまう格好になった相手の顔を両手で掴まえて引き寄せてみると、クザン大将? とナマエが戸惑ったようにクザンを呼ぶ。
それを笑って見つめてから、あのさ、とクザンはナマエへ向けて囁いた。
「朝言ってたの、まだ有効?」
「朝……?」
「ほら、言ってたでしょうや」
戸惑うナマエを置いて、楽しげに笑ったクザンが言葉を放つ。
『おはようございます、クザン大将、お誕生日おめでとうございます! プレゼントは島で見つけてきますね!』
朝顔を合わせて、敬礼と共に寄越されたナマエからの挨拶に、気持ちだけでいいよと答えたのはクザンだった。
『贈り物より気持ちが大事でしょうや』
むしろ島で得体の知れないものを拾ってこないようにと何度も何度も言い含めたクザンへ、それじゃあ後で夕食の配膳をしますと、まるでプレゼントにならないようなことを言ってきたのがナマエだ。
別にいらないよとそれへ向けてクザンは笑ったが、今となっては必要な世話であるように思える。
「できたら昼飯の分もつけてくれる?」
あとついでにおれを食堂に連れてって、と言いながらナマエの顔を放し、甘えるように両手を差し出すと、数秒を置いてクザンの言葉を理解したらしいナマエが、その両手をクザンへと伸ばした。
そうして立ち上がり、本来なら抱き上げられもしないような体格差があるはずのクザンの体が、ナマエの腕に寄ってひょいと持ち上げられる。
「分かりました。それじゃあ俺は、今日一日クザン大将の手となり足となり働きます」
幼児とまでは呼べない、どう見ても少年であるクザンをしっかりと抱き上げながら、ナマエはきっぱりとそう宣言した。
別にそこまではしなくていいよ、とクザンが言ってみたものの、ナマエはいいえと首を横に振るばかりだ。
「あー……あれだ、それじゃ、好きにしなさいや」
更に言葉を重ねて宥めるのが面倒になり、わずかに投げやりな声を出したクザンに、はいとナマエは元気よく返事をする。
体力も無い癖に、腕が震えようともその日一日クザンを抱き上げて運び続けたナマエは、相変わらず無駄にやる気だけはある海兵だった。
end
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