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侵略警報
※短編『マグマグ注意報』の続き
※トリップ系主人公はサカズキさんの同期
※サカズキさんは大将以降な口調だけど多分大将未満




 サカズキの同期であるナマエという名前の海兵は、少し鈍い男だった。

「よ! サカズキ、久しぶりだな!」

 すでに上官と呼んでいい階級の開きが出来たサカズキの体を軽く叩き、にかりと笑った男をサカズキはじろりと見下ろした。
 海賊だったなら震えあがるだろう、そしてサカズキの下へ配属されている部下達も慌てたように目を伏せるだろうその顔を見上げても、ナマエには大した変化はない。
 それどころか、『相変わらず疲れた顔してるなァ』なんて言葉を放って、その手がサカズキの腕を掴まえた。

「もう帰るところだろ? 今日飲みに行こうぜ。愚痴溜まってるだろ、付き合ってやるよ」

「…………」

 偉そうなことを言い放つ相手に手を引かれて、サカズキがわずかに眉を寄せる。
 それでもたったの一言もなく手を引くナマエについて歩き出したのは、サカズキが拒もうとナマエが諦めないことを、すでにサカズキが学習しているからだった。
 ナマエはおかしな男だ。
 サカズキの同期だが、他を置いて昇進していったサカズキを見上げるその目には妬みの一つもなく、そして例えばサカズキの部下達がサカズキへ向けるような畏怖や憧れと言ったものも見当たらない。
 サカズキが海賊を焼き尽くすマグマの力を手に入れたのも、元はいつだったかナマエが寄越した『誕生日プレゼント』だった。

『サカズキは強くならなけりゃなんねェんだろ。だったら、喜んで食べてくれたっていいじゃねェか』

 拒んだサカズキへそう言って押し付けてきたあの悪魔の実は酷く不味くて、思い出すだけでサカズキの眉間に皺が寄る。
 ナマエは妙な男だ。
 サカズキや他の人間にとって、悪魔の実というのは『全て』食べなくてはならない異能の果実だったが、ナマエはそれがわずかに間違っていたことを知っていた。
 サカズキが一口齧った後に同じ悪魔の実を齧ったナマエの体へ悪魔は宿らず、マグマの力を得たのはサカズキだけだ。
 どうせなら目の前の男にも同じ力が宿ればよかっただろうに、と見やった先で、サカズキの手を引いていたナマエが軽く首を傾げて振り返る。

「サカズキ?」

 どうかしたか、なんて問いかけてくる相手をしばし見つめてから、サカズキはゆるりと口を動かした。

「どうもせん。それより、手を放さんか」

「放したら逃げそうだなァ」

 だから駄目、なんて人聞きの悪いことを言い放った男に、サカズキの目が眇められる。
 苛立ったようにわずかにその手が拳を握ると、それに気付いたナマエが掴んでいた指を軽く滑らせた。
 追いかけるようにじわりとマグマをにじませたサカズキの手から、ナマエが慌ててその手を放す。

「あっぶな。火傷しちゃうだろ、もう」

「知らんわ」

 口を尖らせて非難してくる相手に、サカズキはふんと鼻を鳴らした。
 それから少しばかり歩幅を広くして、歩いていたナマエに並ぶ。
 並んだところで歩幅を緩めれば、わずかに焦った顔をしていたナマエがすぐさまそれを笑みに変えて、とても楽しそうにその目を細めた。

「サカズキも、随分コントロールがうまくなったんだな」

 すでにマグマなど跡形もなく消し去ってしまったサカズキの片手を見やって、ナマエがそんな風に言葉を零す。
 当然じゃァとそれへ答えて、サカズキは軽く拳を握った。
 間違いなく強者に数えられるだろう自然系能力者のうち、炎すらも焼き尽くし地の中を進めるマグマは、何とも扱いにくい能力だった。
 例えばサカズキが怒り高ぶるだけでマグマが零れるのだ。光人間とは比べ物にならない被害が足元に発生することも少なくはなく、能力に頼った戦い方をするなと教官に注意を寄越されたこともある。
 しかしそれでも、サカズキのその身に宿る力は、間違いなく『悪』を葬ることのできるものだった。
 例えばこれをナマエが手にしていたのなら、今頃ナマエはもっと上の階級にいたに違いない。

「……」

 そんなことを考えてサカズキが見下ろすも、視線に気付いていないらしいナマエはすでに前方を見やっていて、機嫌よく傍らを歩いている。
 ナマエがサカズキと同じく、『悪』を嫌っていることをサカズキは知っている。
 ナマエの大事な恩人が、海の屑によって葬られてしまったことを知っている。
 二人きりで飲んだ場で、ぽつりぽつりと語ったナマエの過去は少しばかり朧げな部分があったが、その中には確かに『悪』に対する憎しみを感じられた。
 慰め合いたいとは思わない。サカズキの中でくすぶる怒りもナマエの中にくすぶるそれも、慰め程度で鎮火できるような可愛らしいものではないのだ。
 ただサカズキは、ナマエが常に自分の傍らにいないと言うことが、少しばかり不満なのだ。
 自分と『同じ』筈なのに、どうしてこの男は自分と離れた場所にいるのだろうかと、出会った頃はそんな風に考えて苛立っていた。
 開いていく階級の差にだんだんとその苛立ちには呆れが侵食して、どうしても近寄ってこないなら仕方ないと、サカズキが考えを改めたのは数年前になる。

「……ナマエ」

 ゆるゆると歩きながらふとサカズキが名前を呼ぶと、うん? と返事をしながらナマエがその目をもう一度サカズキへと向けた。
 妬みも畏怖も憧れもない、ただの友人へ向けるようなその眼差しを見下ろしてから、わしゃあ店は嫌じゃ、とサカズキが言葉を零す。

「何だその我儘は」

「いやなもんはいやじゃと言うちょる」

「えー」

 きっぱりとしたサカズキの言葉に、ナマエが少しばかり不満げな声を零す。
 そして、それから『仕方ないなァ』と肩を竦めて、正義をその背に宿した海兵が軽く伸びをした。

「それじゃァ、俺の家かサカズキの家か。どっちがいい?」

「わしの家を散らかしに来よるつもりか、おどれ」

「はいはい分かった分かった、俺の家な」

 歩きながらそんな会話を交わして、軽く笑ったナマエがそれから首を傾げた。

「お前、俺の家好きだよな。狭いのに」

 またぎゅーっと縮こまって座ることになるんだぞと放たれた言葉に、ふん、とサカズキは鼻を鳴らした。
 確かにナマエの言う通り、ナマエの家にはサカズキには少々手狭だ。
 元々の体格差があるのだから、その点は仕方のないことだと言えるだろう。
 それでもサカズキがこういった時にナマエの家を選ぶのはいつものことで、いい加減ナマエだってその理由に気付いてもよさそうなものだ。

「……偉そうだな、お前」

 だと言うのに鈍いナマエはまるで気付いた様子もなく、上官へ向けてそんな失礼な口を叩いた。
 そしてそれから、ああそうだ、と軽く手を合わせてサカズキへ言葉を放つ。

「今日来るんなら、今度こそ忘れ物持って帰れよ。またこの間も忘れただろ」

 毎回毎回ちまちましたものを置いていくんだから、と言い放ったナマエへ、サカズキは軽くため息を零した。
 最初にサカズキが置いていったのは、ただのペンだった。
 それからネクタイ、帽子、手袋と言った様々なものがナマエの家の中にあって、ナマエは律儀にそれらをサカズキの為に保管している。
 もちろんそれら全てを並べて置いてはナマエの生活が脅かされるからと、サカズキの『忘れ物』達はナマエの家の家具を侵略していた。
 最近では、サカズキの『忘れ物』のほかに、ナマエがサカズキの為に用意したものも増えつつある。
 数年かけたサカズキの侵略は、既に半ば成功していると言ってもいいだろう。
 恐らく、そのうちサカズキが上がり込んで帰らなくなっても、ナマエは仕方なさそうに許容するはずだ。
 両手をそっと自分のポケットへとしまい込んで、分かった、とサカズキが返事をする。

「気が向いたらそうしちゃるわ」

「またそんなこと言って忘れるんだろう。おっちょこちょいめ」

 自らのテリトリーを手中に収められそうになっていると気付いていないらしい鈍い男は、サカズキへそう言って笑っただけだった。



end


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