かっこいいあの子
※主人公はバラされているので注意
※主人公のヘタレ感がMAX
「いでっ」
ごちん、ととても強く頭を殴られて、ナマエは悲鳴を上げた。
じんじん痛む頭を片手で抑えながら、寝転んだままで自分の腹の上の住人を見あげる。
「ぺ、ペンギン?」
何をするんだと詰ってやりたかったのに、暴力をふるったペンギンの方がわずかに痛そうな顔をしていたが為にそれを飲みこむ羽目になってしまった。
ついこの間もこんなペンギンを見た気がするぞと、頬を打たれたあの時を思い出しながら眉を寄せたナマエの上で、ペンギンが何かを考えるようにわずかに目を伏せて、それから深くため息を零した。
失望したようなそれにわずかに体が震えたものの、ナマエの反応など気にした様子もなく、ペンギンがのそりとナマエの腹の上から尻を退ける。
ベッドに四足で這う体勢になったペンギンに見下ろされて、わずかに心臓がはねたナマエをよそに、ペンギンがそのまま言葉をおとした。
「これからはもう、お前とは『練習』はしない」
「え?」
きっぱりとした宣言に、思わずナマエの口からは間抜けな声が漏れた。
そうなるだろうな、と思ってはいたが、言われてしまうとどうしようもなく焦ってしまって、じわりと背中が汗を掻く。
「な、なな、」
「『何で』?」
うまく言葉も紡げず声を漏らすナマエの言葉をペンギンに引き継がれて、そうそれだとナマエはこくこくと頷いた。
それを受けて、ペンギンがわずかに微笑みを浮かべる。
けれどもそれはどことなく悲しげで、慰めたくなる顔だった。
どうしたんだよとそちらへ向けて尋ねようとしたところで、動いたペンギンの片手がナマエの口を覆う。
それと共にペンギンの顔が近寄ってきて、いつも被っている帽子のつばがわずかにナマエの額に触れた。
「おれにとってはもう、『練習』じゃないからだ」
落ちてきた言葉に、ナマエがわずかに目を見開く。
口元をおおわれているから何も言えないまま、ただ見上げてくるナマエへ向けて、ペンギンが言葉を続けた。
「もしもおれとああいうことをしたいなら、お前がおれに惚れてからだな、ナマエ」
安心しろ、惚れさせてやるだなんて男らしい言葉を口にしてから、そこでようやくペンギンがナマエの口元から手を外した。
それと同時に軽やかにベッドから降りてしまった彼が、じゃあな、と言葉を置いて歩き出して行ってしまう。
「残りの足と腕を探してくる。ここで大人しくしてろ」
そう言葉を放って、そのまま部屋を出て行ってしまうペンギンの足音を、ナマエはベッドの上に横たわったままで見送った。
※
とたとたと、人とは違う足音がする。
そのまま医務室へと駆け込んできた足音の主が、あ、いたいたー! と声を上げてベッドへと近寄った。
「はいナマエ、足!」
にこやかに人体の一部を差し出して見せる白熊航海士に、ベッドに倒れたままだったナマエが視線を向ける。
ベポ、と弱々しく名前を呼んでくる相手に首を傾げて、持ってきた『足』を相手の体へとくっつけてやりながら、ベポは不思議そうに言葉を零した。
「どうしたの、ナマエ。顔真っ赤だね」
風邪でも引いたの、なんて言いながら手を離した相手に、いいやと答えながらナマエがゆっくりとベッドから起き上がる。
未だ片方だけの腕を動かし、そっと自分の顔に触れて、確かにベポの言う通り真っ赤であるらしいことを確認した。
指に触れた頬が、とても熱いのだ。
どうしてかなんて、そんなこと決まっている。
「ねェ、ナマエ。ペンギンとは仲直りした?」
ナマエの様子を不思議そうに眺めながら、ベポがそんな風に言葉を紡いだ。
放たれた『ペンギン』という名前に反応してしまったナマエが、びくりと震えた体を誤魔化すようにベッドから立ち上がる。
片腕を失ったからか、少しふらつく足を踏ん張って、その目が傍らの航海士を見やった。
「い、今からしてくる」
「そっか! 頑張ってね!」
ナマエの宣言に、ベポがわがことのように嬉しそうな顔をする。
ぐっと拳を握って見せた相手に親指を立ててから、ナマエは先ほどより少ししっかりとした足取りで、部屋を出た。
ペンギンがどこにいるかは分からないが、その姿を探して必死になって足を動かす。
そうしながらナマエの頭の中でぐるぐると回っているのは、先程の医務室でペンギンから寄越された言葉だった。
『お前がおれに惚れてからだな、ナマエ』
ペンギンは、何と恐ろしい勘違いをしているのだろうか。
『惚れさせてやる』だなんて、冗談ではない。
もしかしたら他にもいろいろな誤解や勘違いをされているのではないかと思うと、ここ最近のペンギンとの距離も納得いく気がした。
もしもシャチがいたなら物陰に引き摺っていってリハーサルの一つでも行いたいところだが、それより先に見つけた相手に、ナマエの足が早まる。
「ペンギン!」
呼びかけてナマエがわずかにふらつきながら駆け寄ると、ペンギンが少しばかり驚いた顔をしていた。
その手には発見したらしいナマエの腕があって、それを見たナマエが動かそうと意識を向けると、がし、とナマエの体から離れた手がペンギンの腕を逆に掴まえる。
「ナマエ、どうしたんだ」
「ペンギン、俺は、」
戸惑う相手に一度深呼吸をしてから、ナマエは言葉を放った。
「お前がしゅきだ!」
一世一代、感動の名場面となるだろう告白の時点で噛んでしまったのは人生最大の失敗だったが、まあ、相手には伝わったのだから良しとするところだろう。
ペンギンの周りにはクルーがたくさんいて、意図せずカミングアウトする羽目になってしまったが、ペンギンは自分のものだと知らしめることが出来たのだからいい機会だったし、酷い告白を笑われはしたが、祝福もしてくれたクルー達は気の良い連中だ。
そして、酒の席で『やっぱり練習が大事だったんだ』と酒瓶片手に嘆いたナマエへ、『だったらおれに向けて練習しろ』と本末転倒なことを言い出したペンギンは、やはり可愛らしかったし格好良かった。
end
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