- ナノ -
TOP小説メモレス

尊いらしい
※主人公はバラされているので注意



「ペンギンは、なんで怒ったんだ?」

 ナマエからの言葉に、ペンギンはわずかに眉間のしわを深くした。
 『なんで』と聞かれても困る。
 あの瞬間、ペンギンがナマエの頬を打ったのは、ナマエがペンギン以外の人間を『練習』に誘ったからだ。
 しかしナマエの言葉を信じるなら、あの日ナマエが誘った『練習』と言うのは別のことで、つまりペンギンの勘違いだったと言うことになる。
 勘違いで暴力までふるったのか、と思えば自分の情けなさと馬鹿さ加減にため息が漏れそうになったが、それは飲みこみ、ペンギンはゆっくりと体を起こした。
 跨いだナマエの腹のあたりに座るようにすると、ナマエは起き上がることも出来ないまま、ぐえ、とわずかに声を零す。
 じゃれ合う時のようなそれに『失礼な奴だな』と言ってやってから、ペンギンの手が軽くナマエの胸元へ触れた。

「お前がシャチも『練習』に誘おうとしていると思ったんだ」

 それから、自分がした『勘違い』らしいそれを口にすると、ぱちぱち、とナマエが瞬きをする。
 言葉の意味を吟味するようにその目が揺らいで、そして『正解』に辿り着いたのか、ぶんぶんと左右にその頭が振られた。

「いやいやいや! 俺そんな下半身だけの奴じゃないから!」

 あり得ない、と言いたげに放たれた言葉に、そうか? とペンギンは首を傾げる。

「おれには、小さい頃から手を出していたじゃないか」

 手をつなぐのも寄り添って眠るのも、キスもその先も、ペンギンはナマエと一緒に経験した。
 何かがおかしいと思っても、ナマエが離れることに比べたら何でもなかった。
 さすがに性的な事柄に進んだのは大きくなってからのことだが、早熟だったナマエにとっては大差なかっただろう。
 そういえば、ペンギンとナマエの周りには他にも何人かいたが、彼らや彼女らにナマエは手出ししたのだろうか。
 四六時中一緒にいたペンギンが知らないのだからそんなことは無いと思うが、もしも手出ししていたとしても、一番最後にナマエが選んだのはペンギンだった。
 海賊になれば島を出なくてはならず、島の人間とは恐らく二度と会えないと分かっていてもナマエはペンギンについてきたのだから。
 思い至ったそれに抱いた優越感に、ペンギンがわずかに口元を綻ばせる。
 そんなペンギンを腹の上に乗せたまま、いやいやいや、とナマエは首を横に振った。

「それはペンギンだからで」

「そうか、男が好きなんだな?」

「そうじゃなくて」

 ペンギンの言葉に、ナマエはまたもジタバタと身じろぎ首を横に振る。
 片脚を上げたり下げたりしているが、動きの足りない体ではペンギンを振り落すことなど出来るはずもなく、押さえ込むように体重を掛けたペンギンが、跨いだ両足でナマエの体を締め付けるように掴まえた。
 それからもう一度ナマエの方へと体を倒すと、片腕をなくした男が困った顔でペンギンを見上げている。
 この体勢は、まるでいつだったかの『練習』のようだな、とペンギンは少しだけ考えた。
 部屋の中には二人きりだ。おあつらえ向きにベッドもある。
 今ここで『練習』に誘えばナマエはそれに応じる気がしたが、そんな誘いをかける気にはなれなかった。
 何故なら、ペンギンが欲しいのは『練習』相手ではないからだ。

「それで、誰に向けての『練習』だったんだ」

 囁きながら、ペンギンはじっとナマエの両目を見つめた。
 ナマエがどんな嘘を吐いても見透かしてやろうと、そんな考えと共に見つめていると、どうしてかナマエの顔がわずかに赤らむ。
 それから恥じらうようにほんの少しばかり目を逸らされて、おや、とペンギンはわずかに眉を動かした。
 いつもの飄々としているナマエからすれば、珍しい表情だ。
 余裕が無いようなそれはまるで、その『練習』の『本番』相手を目の前にしているようではないか。
 もしもそれが自分だったら、と考えると、わずかに胸の内が高鳴った。
 期待した後で裏切られるのはつらいと分かっていても、息を吹き返したそれを放り出すことが出来ないペンギンの前で、ナマエが身じろぐ。

「俺は、その……」

 もごもごと、普段とは比べ物にならないほど逡巡した様子で、ナマエが何かを口ごもっている。
 しかしそれは殆ど声になっておらず、当然ながらペンギンの所までは届かない。
 あまりにもはっきりしない様子にわずかに苛立って、ペンギンは軽く舌打ちを零した。
 それに怯えたように、びくりとナマエが体を震わせる。

「おい、はっきり言え」

「うう……」

 低く唸ってしまったペンギンの下で、小さく呻いたナマエが零した呟きを、ペンギンは聞き逃さなかった。

「シャ……シャチが、練習させてくれねーから……っ」

 何かを悔しがるようなその声を聞いて、体温がわずかに下がってしまったのを感じる。
 いい度胸だ、と唸ったペンギンが目の前の男の頭に拳をくれてやったのだって、恐らくは誰も責めないだろう。



end


戻る | 小説ページTOPへ