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傍から見れば
※ほぼシャチ
※名無しオリキャラ注意



「嫌われた……」

 湿っぽく呟き、膝を抱えているナマエの姿を横目にして、シャチは深くため息を零した。
 海の中を行く潜水艦の中、今日も二人は倉庫にいる。
 密閉された空間では人の目のない場所などそうは無く、姿を消したナマエに気付いたシャチが、浮上していないならここだろうとあたりをつけて探しに来てやったのだ。
 普段の朗らかさなど見る影もなく、しくしくめそめそと涙を零したりまではしていないが、ナマエの纏っている雰囲気はとてつもなく鬱陶しいものである。
 普段はいつもと変わらず明るいと言うのに、シャチが訪れた時からこんな荷物がかびてしまいそうな様子だ。シャチと二人きりだからと隠そうとしない相手に、シャチはと言えば辟易していた。
 せめて今日が浮上している日だったならナマエは今頃甲板の裏手側にいただろうが、室内ではその辛気臭さも倍増だ。

「だーから、そんなくよくよしたって聞かれたもんは仕方ないだろ」

 傍らに座り、持ってきた酒瓶二つのうちの片方のコルクを抜きながら、シャチが呟く。
 そうして思い出すのは、つい先日の倉庫でのことだった。

『実は俺、ペンギンが好きなんだ』

 シャチからすれば青天の霹靂としか言いようのない恐ろしいカミングアウトをしてのけたナマエが、シャチの目の前で突如現れたペンギンに寄って叩かれたのだ。
 状況から見ればナマエの言う『ペンギンへの告白の練習』の話を聞かれたと言うことは明白で、つまりはそれこそペンギンからの返事だった、というのがナマエの主張だ。
 平手を食らって呆然としていたナマエがどれだけチラチラと『気にしています』と言ったアピールをしても視線の一つも向けないペンギンの様子から見るに、まあ間違ってはいないのだろうとシャチも思う。

『…………しばらく、おれに近付くな』

 低く唸っていたペンギンの声は明らかに苛立ちが露わになっていて、そこに嫌悪が無かっただけましと言うものだ。
 しかし、フラれたのだったらさっさと諦めればいいと言うのに、あれから一週間、シャチの前でだけくよくよしているナマエに諦める節は無い。
 表面上はいつも通りだが、もともと二人で一緒にいることの多かったナマエとペンギンがずっと離れ、お互いの間に異様な雰囲気を醸し出していることは、他のクルー達だって気付いている。
 ただナマエもペンギンも、どうしたと真っ向から訊ねても『何が?』といつも通りの顔で答えるだけで、うまく理由を吐かせることもできなかった。
 今日のシャチの手元にある酒瓶も、『お前も知らないんなら理由を聞きだしてこい』と言ってくれたクルーからの差し入れだ。
 あいにくとシャチはその理由を知っているのだから無駄な投資だったが、まさか当人たちがしていないカミングアウトをしてやるわけにもいかず、シャチはありがたく差し入れをせしめてきている。
 せめて同罪にしてやろうと傍らへ酒瓶の一つを差し出すと、ナマエの手がそれを受け取った。

「お前さー、まだペンギン諦めらんねェの?」

「……そんなの、できるわけねェだろ……」

 シャチの無神経に近い言葉に、ナマエは膝を抱えたままで言葉を返す。
 そうしながら酒瓶の中身を呷った相手に、じゃあさっさともう一回フラれて来いよ、とシャチは告げた。

「ちゃんと正面から言ってねえから諦められねェんだよ。とっと行けって」

「ペンギンが近付くなって言ったのに、近付いたらもっと嫌われるだろ」

「じゃあ手紙でも書くか? ラブレターってやつ?」

「手紙が捨てられているところを見たら死ぬかもしれない」

「どんだけだよ」

 倉庫の端で、ぐじぐじと言い放つナマエに対して、シャチの口からはもう一度ため息が漏れた。
 女々しい。情けない。それでもハートの海賊団の一員だろうか。
 シャチもナマエと同じくトラファルガー・ローと乗り込んだこの潜水艦が初めての『船』で、それほど海賊らしい時間を長く過ごしたわけでは無かったが、ナマエはこうしてみるとまるで海の男らしくなかった。
 今まではとても気が合う男だと思っていたのに、ペンギンが欠けただけでこれとは残念な話だ。

「女の子じゃないんだからよォ……大体、こんな風に悩んでても何にも解決しないだろ」

 酒瓶に唇を押し当てて呟いたシャチに、女の子か、とナマエが小さく言葉を零した。

「俺かペンギンが女の子だったら良かったんだよなァ……そうしたら今頃責任取ってるのに……」

「本当にお前面倒くさい」

 じめじめと傍らで呟く相手に、シャチはうんざりとした目を向けた。
 そんな今更どうしようもないことを考えても仕方ない話だと言うのに、どうしてナマエは重い腰を上げないのだろうか。
 この分では立ち直るのにはまだまだ時間がかかるだろうな、なんて考えてから、ふと先ほど食堂を出る時のやりとりを思い出したシャチは、酒瓶の中身を一口飲んだところでその瓶を降ろした。

『よしシャチ、今日こそナマエの『あれ』の理由を聞きだしてこいよ!』

 シャチに酒瓶を押し付けて親指を立てたクルーの向こう側で、他のクルーに酒を飲まされているペンギンが座っていた。
 恐らくシャチと同じように『聞き出す』役目を担う羽目になったのだろうクルーに勧められて、どんどんと酒を飲みながらちらりとシャチを見たペンギンは、何とも不機嫌そうな顔をしていた気がする。
 無理に酒を飲まされて嫌だったのかと思ったが、酒杯を受け止める手は止まらなかったし、ペンギンだって嫌なものは嫌だと言えるまっとうな男なのだから、そんな不機嫌そうな顔をして酒を飲む必要はないだろう。
 だとすれば、ペンギンは恐らくシャチが気に入らなかったのだ。
 別にシャチがペンギンを怒らせたわけもなく、その数十分前までは普通に会話もしていて、その時のペンギンには苛立った様子なんて何一つ無かった。
 唯一の違いと言えば、シャチが姿を消したナマエを探しに行こうとしたところと、それを見抜かれて酒瓶を押し付けられていたところだ。
 シャチに声を掛けてきたクルーの声は大きくて、間違いなくペンギンの方にも届いていたことだろう。
 そこまで考えが到ったところで、ちゃぷりと手元の酒瓶を揺らしたシャチの目が、傍らの男を見やる。
 いまだに膝を抱えているナマエは、シャチの渡した酒を一口飲んだところで動きを止め、何だよ、ととても暗い顔で言葉を零した。

「俺の顔、何かついてるか?」

「……目と鼻と口がついてるみてェだけど」

「いや、眉も忘れんなよ」

 重要かどうかも分からないものを追加してきた相手に、シャチは肩を竦めた。
 それから、再び『ちゃんと告白してみろ』と言ってみたものの、ナマエは『いやだ』と言うだけだった。



end


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