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ハッピーバースデー
※エース君の誕生日話
※こっそり異世界トリップ男子
※少し捏造




「なァ、エース、知ってたか?」

 一年の終わりと始まりを祝ういつも通りの宴の端で、ふいに傍らから声を掛けられ、エースはちらりとそちらを見やった。
 酒瓶を片手に座り込んでいたエースの隣に屈みこんで、テンガロンハットを首裏に落としたエースを見下ろして笑っているのは、エースが来る少し前に『白ひげ海賊団』に拾われた元漂流者だと言うナマエだ。
 海原を行く海賊船に乗ること自体が初めてだったと言うナマエは、その自己申告の通り弱いが、最近は鍛練を始めているらしく、エースが知っている数週間前より少したくましくなった体のあちこちに包帯が巻かれていた。
 どうやら結構飲んだらしく、体から酒の匂いが漂っている。

「何をだ?」

 寄越された問いかけの意味合いが分からず首を傾げたエースに微笑んだまま、ナマエがエースの傍らを指差す。
 座っていいか、と尋ねてくる律儀な相手にエースが肩を竦めれば、ナマエはそのままエースの横へと腰を下ろした。
 その手が持ってきた酒瓶をエースの膝の上に一つ押し付けたので、エースは大人しく『兄貴分』から渡された酒瓶を掴まえる。
 エースが握りしめているものより数段高そうなそれはきちんと封がされていて、何故かその首にはナースの一部が好みそうな可愛らしいリボンが巻かれていた。

「何だよ、これ?」

 不思議そうなエースに、まァまァ、と宥めるような声を出してから、ナマエが左腕を確認する。
 ログポースのように腕に巻かれた簡易の時計が、まだ深夜の手前を示しているのがエースにも見えた。
 不思議に思って見つめた先で、エースの視線に気付いたナマエが、時計から上げた視線をエースへと戻す。

「今日って、海賊王の誕生日なんだと」

 少しばかり小さな声でナマエが囁いたのは、どうやら先ほどの『問いかけ』の内容であったらしい。
 放たれた言葉の意味をよく飲みこめず、エースはぱちりと瞬きをする。
 それからやや置いて、その眉間には皺が寄せられた。

「………………で?」

 低く唸り、吐き捨てるように声を押し出したエースの横で、間違いなく不機嫌を顔に書いているエースを気にした様子も無く、ナマエが口を動かす。

「さっき、『オヤジ』に聞いたんだ。俺は今日初めて知ったけど、エースは知ってたか?」

 まるで楽しいことのようにそう言い放つナマエに、知らねェよ、とエースは低く声を漏らした。
 何故よりによって『今』、そんなことを知らされなくてはならないのだろうか。
 わずかな苛立ちを飲みこみながら、炎に変わりそうだった指で酒瓶を握りしめたエースが小さく舌打ちを零す。
 この船の上で、エースの『秘密』を知っているのは、宴の真ん中で上機嫌に酒を呷っている白ひげ海賊団の船長だけだ。
 エースからの告白を笑って受け入れて、その上でエースを『息子』としてくれた『白ひげ』は、エースの『秘密』を誰にも口外しないと約束してくれた。
 だから、ただの一般人で最近海賊になったような世間知らずのナマエがそのことを知っていたり気付いたりするわけも無く、恐らくナマエがエースにそのことを口走ったのはただの偶然なのだろう。
 そう判断してみても、エースの中を渦巻く苛立ちは収まる様子が無かった。
 エースにとって、『海賊王』と呼ばれるただ一人の海賊は、今はこの世にいないくせにいつだってエースの中の一部を占める憎たらしい男だった。
 エースが生まれるより先に死んでしまったあの男が、どんな風に笑い声を零してどんなふうに戦い、どんな風に過ごしてきたのか、エースはかけらも知らない。
 それでいいと思っているのに、今のナマエのように誰かが気まぐれにエースへその情報を与えては、エースの中にくすぶるものを刺激するのだ。
 それが怒りなのか、憎しみなのか、それ以外なのかも、エースにはもはや判断もつかない。
 口の中に広がった苦い味を酒で流し込んだエースの横で、不思議だよなァ、とナマエが呟いた。

「ごーる、でぃー、ろじゃーで12月31日って、どうやって語呂合わせしたらいいんだ?」

「……何の話だよ」

 首を傾げたナマエの言葉に、空になった瓶を放ったエースが問いかける。
 そんなエースへ視線を向けて、だってほら、とナマエが言葉を紡いだ。

「『オヤジ』は、『白ひげ』だから4月6日だろ?」

「……そういやお前、マルコの誕生日にもそんなこと言ってたな」

 へらりと笑って言葉を放つナマエに、エースが呟いた。

『生まれてきた日は絶対におめでとうって祝うものだから、お祝いしよう!』

 10月5日の前日、ナマエにそんな風に言い出され、何故知っているんだ誕生日を教えていたかと尋ねたマルコへ、だって語呂合わせだろうとナマエはあっさり口にしたのだ。
 何とも酷い判断材料だったが、合っていたが為にマルコは随分と微妙な顔をしていた。
 酒に酔った頭でそんなことまで思い出してから、エースは改めてナマエを見やる。
 ナマエは、時々言っていることがおかしな男だ。
 あたかもそれを『普通』のことのように語るからエースも時々流されるが、その口から語られる『常識』は『常識』で無いことの方が多い。
 この世には海賊も海王類も悪魔の実の能力者も溢れているし、生きる為に一番重要なのは自分を害する相手を殺すことだ。
 一般人にしたって随分と平和ぼけているナマエは、思えば初対面の時からエースに近寄ってくることが多かった。
 『白ひげ』にこの船へと連れてこられた時のエースはとにかく尖っていて、近くに寄ってくるナマエにもいい顔はしなかったはずなのに、他のクルー達と同じく、ナマエはエースが『弟分』になると信じて疑いもしていなかった。
 それが船長への信頼だと言われればそれまでだが、エースが観念して『息子になる』と決めた時も、ナマエはまるで知っていたかのように笑っていた。
 確実にエースより弱く、エースより船での仕事にも慣れておらず、まるで海賊に向いていないように見えるナマエが、エースの視線に不思議そうに首を傾げてから、は、と何かに気付いてその目を自分の腕へと向ける。
 先ほどと同じようにその目がしっかりと時計を確認して、何かあるのかと不思議そうになったエースがその腕時計を覗きこもうとしたところで、エースの目の前にナマエが右手の掌を広げて掲げた。

「ナマエ?」

「よっし……5、4」

 戸惑うエースを放っておいて、何かのカウントダウンを開始したナマエが、言葉と共に指を折り曲げていく。
 小指から始まったそれが最後に親指まで折り曲げて、ぜろ、と口にした後で手を降ろしたナマエが、先ほどよりしっかりと笑ってエースの顔を見つめた。
 ついでに大きく腕を広げて、何故かそのままエースの体に抱き着いてくる。

「どわっ」

「エース、誕生日おめでとう!」

 あまり強くは無い力でがっしりと抱きしめられ、驚いて声を上げたエースの顔の傍で、ナマエが弾んだ声を上げた。
 宴が盛り上がりを見せ、周囲から新年の挨拶が船長へ向けてあげられている最中でのそれは他に比べれば小さな音だったが、間近で聞き間違えられるほどでもない。
 え、と声を漏らしたエースに押し付けられていたナマエの体が、ひょいと離れる。
 まだその両手はエースの肩を掴んでいて、戸惑うエースの目を受け止めても、ナマエはまだ笑っていた。

「なん、で……」

 思わず声を漏らして、エースの両目がナマエを凝視する。
 周囲で新年のあいさつが交わされていく『今日』は、確かにエースがこの世界へ生れ出てしまった日だった。
 一年の中で一番、エースが喜びを浮かべることのできない日だ。
 当然、白ひげ海賊団でどころかスペード海賊団でだって、エースは今日が『誕生日』なのだと言ったことがない。
 だと言うのにどうして、と背中を冷やしながら目を瞬かせたエースの前で、だって今日は1月の1日だもんな、とナマエが笑った。
 放たれた言葉を受け止めて、エースの口から小さく息が漏れる。
 どうやらナマエは、マルコや『白ひげ』の誕生日を言い当てたように、名前からのただの連想で今日がエースの誕生日であると判断したらしい。

「……ナマエ、残念だがおれの誕生日は、」

「その酒瓶は俺からのプレゼントだから、丸ごと一瓶飲んで構わないからな」

 ならば否定をするだけだと、言葉を紡いだエースを遮って、ナマエがそんな風に言葉を放つ。
 その酒瓶、という言葉に先ほど押し付けられたリボン付きのそれを見やったエースは、そのリボンが誕生日プレゼントとしてのラッピングなのだとようやく気が付いた。
 わざわざ贈り物まで用意していたらしいナマエに、エースは眉を寄せた。
 その目が、もう一度ナマエを見やる。

「……ナマエ、だから、別に今日は、」

「今日がエースの誕生日だって思い出したの一昨日の島でさ、もっとたくさん用意するつもりだったんだけど、少なくてごめんな」

 もう一度否定をしようとしたエースの言葉は、そんなナマエの台詞で再度遮られた。
 思い出した、と綴られたそれに、エースはぱちりと瞬きをする。
 『連想した』のではなくて『思い出した』と不可解なことを言ったナマエは、そんな不思議そうなエースを前ににっこりとほほ笑んで、それからもう一度エースの体に抱き付いた。
 エースより薄い体がぐいぐいとエースの体に押し付けられて、まだ貧弱な手がしっかりとエースの背中まで回る。
 エースの体を逃がさぬように腕がエースの体を抑えて、それでもその掌がエースの背中にあまり触れようとしないのは、先日包帯のとれた刺青を気遣ってのことだろうか。
 酒の回った頭で考えながらいまだ戸惑うエースの顔の傍で、エースの肩に顎を乗せたナマエが穏やかに言葉を紡ぐ。

「おめでとう、エース。何年か前の今日、エースが生まれてきてくれて嬉しいよ」

 楽しげに紡がれたそれに、エースの体がびくりと震える。
 まるで何もかも知っているようなその言葉に、思わず『まさかやっぱりオヤジから何か聞いたのか』と顔を青ざめさせたエースは、けれどもつい先日マルコが似たような言われていたことを思い出して、詰めていた息を小さく吐き出した。
 何も知らないナマエに、他意などある筈がない。
 ただ純粋に、今日がエースの誕生日だからと祝ってくれているのだ。
 となれば、純粋に祝ってくれているらしいナマエに嘘を言うのは心苦しいような気もしてきて、エースが少しばかり顔をしかめる。

「…………あー……」

 杯を交わした二人の『兄弟』以外に、そんな風に言ってくれる誰かが現れるだなんて、考えたことも無かった。
 何かを悩むようにその目が横目で宴でにぎわう甲板を眺めたエースが、それからやや置いて、酒瓶を持っていない右腕をそっとナマエの背中に回す。

「……おう、ありがとうな、ナマエ」

 ぽん、と背中を軽く叩きながら声を漏らして、何かをこらえるように眉間のしわを深めたエースの顔が、ナマエの肩にぐいと押し付けられた。
 何をイチャイチャしてんだよと少し離れたところでサッチが笑っている声がするが、恥ずかしいのだか泣きたいのだかも分からなくなってしまったのだから仕方ない。
 つい最近海賊になったばかりの『兄貴分』は、そんなエースに構うことなく優しくエースの体を抱きしめて、エースの肩口に顎を乗せたまま、くすくすと上機嫌に笑っていた。




end


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