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チチュウノアミ
※無知識系トリップ主人公
※イゾウさんに対する捏造



 銃なんて危険物、日本じゃまずお目にかかれない。
 趣味じゃなかったからモデルガンの一つも持っていなかった俺にはあまり違いが分からないが、手に触れたそれは冷たくて重たくて、これを握って殴りつけただけで人を殺せそうな凶器だった。

「何をしてるんだい」

 わざわざそんなもんで殴りつけなくても別の武器があるだろうと、呆れた声と共に上から伸びてきた手に振り上げていた銃を掴まれ、ひょいと奪われる。
 あ、と声を漏らして真上を仰ぐと、こちらを見下ろしている我が隊の隊長殿が、いつものようにワノ国の衣装姿で立っていた。
 ばっちりと化粧を決めているその顔から滲む色香は男のそれで、長い髪はしっかりと結い上げられている。零れているいくらかの髪が顔の端にかかり、黒いそれのせいでか化粧が際立って見えた。

「イゾウ隊長」

 名前を呼びかけた俺の横へと屈んで来た隊長は、裾のあわせがわずかに開いていつもより足が覗いたのも気にした様子なく、俺の隣で胡坐をかく。
 膝の上に俺がさっき手にしていた銃を放って、それからその手が自分の顔を支えるように頬杖をついた。

「ついに銃に手を出す気になったのかい」

 尋ねながら視線を寄越されて、うーん、と声を漏らす。
 俺がこの世界へやってきて、もう一年以上が経つ。
 扉をくぐったら何やら人と人が殺し合いをしていたという状況で、怒鳴り声を上げながら走り込んで来た人間が剣のようなものを振り上げていて、意味が分からず足がすくんで動けなかった俺の後ろから相手を銃撃し、俺を助けてくれたのがイゾウ隊長だった。

『……お前、見たことのない顔をしてるねェ』

 俺を助けた後、こちらを見下ろして目を細め、低く声を漏らしたあの時のイゾウ隊長は正直言ってとても怖かったが、身動きも出来ず武器も持たなかった俺をすぐに殴ったりはせずにいてくれたので、とても良心的な海賊だったんだと今になってみれば思える。
 俺が紛れ込んだあの戦いは『白ひげ海賊団』の船のうちで一番小さかった船がよその海賊との喧嘩を始めたところで、乗り込んできた『喧嘩相手』の仲間だと思い込まれていると気付いた俺の慌てた弁解を聞いてくれたイゾウ隊長は、俺が『この世界』ではない世界の住人だと言う荒唐無稽な話を最終的に信じてくれた。
 そしてその上で、俺に『海賊になれ』と誘いを掛けてきた。
 右も左も分からないこの世界で生き延びて、あちこちの島を巡って『帰る方法』を探すならそれが一番都合がいいだろうとそう言ってくれたあの日、地球の常識では考えられない体格の『父親』もでき、俺は『白ひげ海賊団』の一人になったのだ。
 とは言っても、『戦う』術なんてまるで持っていない俺は基本的に非戦闘員で、雑用が主な仕事だ。
 そんな俺が今座り込んでいるのは、つい一昨日この船の海賊達が海軍の軍艦から一切合切盗んで来たもの達の山の前だった。
 昨日は『海軍』を退けたという祝い酒とその二日酔いで一日が潰れてしまったので、今日から本腰を入れて片づけを始めているわけである。
 俺の本日の作業は、この倉庫内の荷物たちを選り分け、不要なものを次の島で降ろしてもらえるよう片付けておくことだ。
 別に綺麗好きなわけじゃないが、数えやすいように束ねて並べたりリストを作るのは嫌いではないので、任されるがままに行っている。
 それにしても、これだけ何もかも奪われて、あの海軍は無事に逃げることが出来ただろうか。とても心配だ。
 何せこの世界には、『海王類』とかいう訳の分からない化物も多く生息しているのである。

「何だ、銃はいやだって?」

 頬杖をついたまま、イゾウ隊長が不思議そうな声を出した。
 それを聞き、そんなことは無いですけど、と首を横に振る。
 一応『護身用』にと与えられている俺の武器は、今後ろに放ってある鞘に入ったサーベルだった。
 ちなみに鞘の口が変な風に変形していて、もう何年も剣を抜いていないという、他の『家族』達に言わせればただの鉄くずである。
 それでもただの棒で殴るよりは痛いだろうそれを俺が携帯しているのは、それが殺傷力の低い武器であるからに他ならない。
 だって、もしも人を殺してしまったら、俺はきっと『元の世界』で平然と生きていくことだってむずかしくなる。

「銃で撃ったら死んじゃうじゃないですか」

 だからそう呟くと、まあ当たり所が悪けりゃなァ、とイゾウ隊長が頷いた。
 その手が軽く膝の上の銃を撫でるのを、ちらりと見やる。

「興味を持ってるようだったから、ついにおれが教えてやれる時が来たのかと思ったってのに」

 つまらなそうにそう言われて、すみません、ととりあえずひとつ謝る。
 イゾウ隊長は主に銃を扱うことが多いからか、俺の『護身術』の手習いをしてくれるのは他の『家族』が多かった。
 『白ひげ海賊団』はどうやら他所よりずいぶんと大所帯らしく、相手には困らない。
 そのほかの生活習慣や作業だって、大体が教わったことだった。
 この世界へ来た時とは随分変わった自分の掌を見下ろした俺の横で、馬鹿だな、とイゾウ隊長が呟く。

「別に謝らなくていいさ、何にも悪いことをしたわけじゃあないだろう?」

「すみません」

「ほら、また」

 ナマエは相変わらずだな、なんて言って、イゾウ隊長が軽く笑った。
 口元が緩むのに合わせて動いた赤い唇に視線を何となく向けてから、そんなに謝ってますかね、と首を傾げる。
 謝ってるさとそれへ答えて、イゾウ隊長が軽くその体を後ろへと傾けた。
 先ほどまで頬杖に使っていた片手を後ろへつき、体を支えた後で、その顔が空を見上げる。

「ひょっとしておれ達が怖くて卑屈になってるのかと思ってたが、その分じゃあただ単にそっちの性分みたいだねェ」

 しみじみとそんな風に呟かれて、俺はもう一度首を傾げた。
 そんなに言われるほど、口癖になっているだろうか。
 考えてみるが、自分の発言をいちいち覚えているわけもなく、やっぱりよく分からない。
 恐らく不思議そうになっているだろう俺の方へとその視線を戻したイゾウ隊長が、先程と変わらぬ笑みのまま、後ろへ傾けていた姿勢をそっと戻した。
 それからするりと流れるような仕草で近寄ってこられて、ぱち、と目を瞬かせる。
 わずかに衣擦れの音がたち、その足の上を滑った銃が途中でその手に捕まって落下を防がれた後、俺とイゾウ隊長の間に置かれた。

「おれが前に言ったこと、考えてみたかい?」

 さっきまで煙草を吸っていたのか、わずかに独特の香りが零れる口でそんな風に囁かれて、俺はじっと目の前の顔を見つめる。
 微笑んでいるのに、妙に真剣なその眼差しは、ひと月ほど前の彼の言葉を俺に思い出させた。

『なァ、ナマエ』

「…………まだ、決められません」

「全く、ナマエは優柔不断だね」

 それから恐る恐ると漏れた俺の言葉に、イゾウ隊長が仕方なさそうに息を吐いた。
 更に俺との間が狭まって、あまりの近さに体をずらしてみるが、もともと壁際にいた所為ですぐに体が壁に当たってしまった。
 後ろに置いていた俺の『護身用』の武器にも手が軽くぶつかって、少し離れた場所へころりと転がって行ってしまう。

「おや、逃げるのかい」

 俺のそんな動きを見て、囁いたイゾウ隊長の目が細められた。
 まるでおもちゃを見つけた猫のようなその顔に、むっと眉を寄せる。
 とても楽しそうな顔になった相手に、逃げてません、と虚勢を張るように言葉を返すと、伸びてきたその手が軽く俺の顎に触れた。
 銃を扱うからか、わずかに火薬のにおいがするその指先は丁寧に手入れされていて、硬い爪と少しざらついた指先が軽く俺の顎を撫でる。

「まあ言われなくても、逃がしゃあしない」

 指を離すのと同時にそう言って、イゾウ隊長はその場からすくりと立ち上がった。
 そのついでのように、俺がさっきまで触っていた銃を拾い上げていって、銃の全体を検める。

「とりあえず、銃を撃ちたくなったら、おれに教えさせとくれよ」

 約束だ、と勝手に取り付けたイゾウ隊長は、それからそのままその場から歩き出して行ってしまった。
 通路へ消えていくその背中を見送ってから、ずっと壁に押し付けていた体から力を抜いて、ふう、と息を吐く。

『なァ、ナマエ。もう、帰る方法を探すのは諦めたらどうだい』

 ここにもお前の家族はいるだろうと、イゾウ隊長はあの日俺へそう言った。
 俺が『日本』と言う名前の国から来たことも、帰る方法を探していることも、イゾウ隊長は知っている。
 殺傷力の低い武器を選んだ理由も、銃を撃ちたくないと言った本当の理由だって、イゾウ隊長にはお見通しだろう。
 むしろ、その為に海賊になった方が都合がいいだろうと言ってくれたのは、他でも無いイゾウ隊長だったのだ。
 『何でそんなことを言うんですか』、と思わず言ってしまったあの日の俺に対して、イゾウ隊長は笑っているわりに随分と真剣な目をしていた。

『お前を手放すのが惜しくなったからさ』

 茶化すようなその言葉の意味を、俺はまだ理解できていない。
 いや、本当は何となく分かっているけど、そうだと確信が持てなかった。
 だって俺はどこにでもいる普通の人間で、男で、人を魅了するような特別な技能の一つも持っていないのだ。
 それでも、俺が拒絶出来なかったから、『決心がつくまで待ってやるよ』と言ってくれたイゾウ隊長は、あれから時々、さっきのようなことをしてくる。
 逃がしはしない、という言葉の意味を考えると、俺の決心なんてあの人には関係ないんじゃないだろうか。さすが海賊だ。
 俺は『元の世界』へ帰りたい。
 その願いはずっと胸に抱いているものなのに、じわじわと何かに奪われるようにしぼんで、その分だけ別の何かが入り込んできているような気がする。

「……狡いと思います」

 この場にはいない相手へ呟いて、はあ、とため息を一つ。
 それから目の前の在庫の山へ視線を戻した俺は、大人しく選り分け作業に戻ることにした。



end


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