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貴方が痛いと
※殺伐?
※血なまぐさい表現があります
※台詞の無い名無しオリキャラの正体は不明



 俺がCPの『落ちこぼれ』なのは、俺があまり人を殺したがらない諜報員だからだった。
 もちろん、CPの誰もかれもが殺りく兵器だなんてことは無く、殺さなくていいなら殺さない、くらいの良識のある正義の味方である奴も多い。
 それでも、『必要』なら殺せるのが、CP9だった。
 それが敵でも味方でも、友人でも。

「……馬鹿な奴じゃのう、ナマエ」

 呆れたような声と共に俺を見下ろしたカクが、それからため息を零す。
 そう言うなよ、と漏らしたい声が口から出ていかず、ぜひゅ、と何とも濁った音を立てて漏れた息に、俺はぐったりと体の力を抜いた。
 背中を預けていた壁を頼ってずるずるとその場に座り込むと、足元に広がっていた血だまりに膝をつく形になる。

「汚れとるぞ」

 そこへそう声を掛けてきて、カクの手がひょいと俺の腕を掴まえた。
 ぐいと引っ張られると体を持ち上げられる形になるが、片腕だけに体重を掛けるのは正直とても痛い。
 しかしそれを非難する元気もなく、ただ視線をカクへと向けると、人の腕を掴んだままこちらを見ていたカクが、仕方なさそうにもう片方の手も俺の方へと伸ばしてきた。
 ひょいと体が持ち上げられて、カクの肩が俺の腹へとめり込む。

「うっ」

「我慢せい、『馬鹿』がいたと報告に行くぞ」

 苦しさに呻いた俺を無視して、カクはそんな風に言葉を放った。
 そしてそのまま歩き出したカクの肩の上で、とりあえずそれ以上腹部を攻撃されないよう気を配りながら体を強張らせる。
 そうして、普段よりも高くなった視点から俺が眺めたのは、ひび割れた床と、床の上に広がる血だまりと、そしてそこに伏した『元人間』だった。
 つい一時間前まで俺の隣で笑っていた彼は、『海兵』の恰好をしている。
 世界政府の名のもとに正義を執行するCP達へと近付いてきた変わり者の海兵は、笑顔が明るくて子供に優しくて、正義感が強くて、そしてその実力も確かなものだった。
 その中のどこまでが演技だったのかは、俺には到底分からない。

「……ルッチ、が」

 聞いたらなんていうだろうか、そんな風に思いながら漏れた俺の声が、水音を孕んで濁る。
 ごほ、とせり上がってきたものを堪えるように咳き込むと、わしの上で吐いたら承知せんぞ、とゆっくりと歩きながらカクが唸った。
 それから、ふん、と鼻を鳴らして、苛立ったような声が俺の傍で言葉を紡ぐ。

「ルッチの奴も気付いとらんかったようじゃし、あとで指差して笑ってやるわい」

「……それ、カクも」

「あーそうじゃそうじゃ、わしもじゃ」

 やけくそのように放たれた声に、俺はもう一度、床の上に転がる『海兵』だった男を見やった。
 結局、彼の本当の名前すら俺は知らない。
 小さな頃からおかしな妄想を繰り広げて生きてきた俺の、曖昧な『予知能力』の中には出てこなかった顔だった。やっぱり、俺のこの妄想はあまりあてにならない。
 小さな頃から、CPの人間として育てられた。その過酷な環境のせいでか、俺は一緒に育ったカリファやカク達の誰もが知らない世界を頭の中に作り上げてしまった。
 そこには海賊もいなければ海軍も無く、そこそこに平和で平穏で退屈で、そして今思えば幸せな毎日を過ごしていたような気がする。
 きっとあの世界でだったら、つい先ほどまで傍らで笑っていた相手に命を狙われることなんて、無かったに違いない。
 一体どんな狙いがあったのか。
 CPの末端である俺や、俺の妄想の中でなら確かな実力を身につけていくだろうカクへと近付き、ルッチとすらも懇意にしていたあの『海兵』は、俺達の命を狙って攻撃を仕掛けてきた。
 俺とカクを比べれば、間違いなくカクの方が強い。
 それを見越したかのようにカクから狙った『海兵』の攻撃を、いち早く察知したのはどうしてか俺だった。
 驚いて、飛び込んで、庇って、戸惑って。
 視界の端に、俺を攻撃した『海兵』を一目見たカクの、わずかに強張った顔が入り込んだのまでは覚えている。
 それから湧いた怒りがどこから来たものなのかは、俺自身にもよく分からない。 

「それにしても、ナマエもやるようになったのう」

 血で汚れた手元を見下ろし、ぼんやりと考え込んだ俺の体を運びながら、カクがそんな風に言葉を放った。
 それを聞き、何の話だと尋ねる代わりに身を捩ると、ぽん、とカクの手が俺の腰のあたりを軽く叩く。その衝撃が響くだけでも体が痛い。

「自分だけでやれるとは思わんかった。わしは嬉しいぞ」

 人殺しにそんなことを言うカクに、俺は少しばかり眉を寄せた。
 俺は、CPの『落ちこぼれ』だ。
 多分厳しい訓練の最中の逃避から生まれたんだろう『幸せな世界』の夢を何度も見て、きっと、自分があの世界の住人だったのだと勘違いしてしまったに違いない。
 敵を殺すことが難しく、致命傷手前の傷で逃がしてしまいそうになる俺の代わりにとどめを刺すのは大体がカクで、それ以外ならジャブラが殆どだった。
 一見して凄みすらもないからか、諜報活動には向いているらしいが、非情になれない。
 弱い俺をちらりと見やってすぐに無視するのがいつものルッチで、もしも俺がルッチの言う『正義』を担うことが出来ないと判断されたなら、あっさりと殺されてしまうに違いない程の出来損ないだ。
 そんな俺が殺した『海兵』は、ついさっきまでは『友人』だったはずの男だった。
 いつもの俺なら絶対に殺せなくて、最後はカクがとどめを刺していたに違いない。
 カクは立派なCPなのだから、『友人』だってその手で殺せるのだ。
 『友人』の裏切りやそれを殺すことにどれだけ心を痛めたって、それすらにじませないだろう。

「……うん、でも……」

 ごろ、と喉に絡む血を口の中で転がして、それから飲みこんだ後で呟く。
 もしもあの『海兵』が『カク』だったなら、と想像してみると、間違いなく俺には相手を殺すことが出来そうになかった。
 もちろん、実力差という点から見てもそうだが、それよりも、『カク』という大事な仲間を自分の手でどうにかできる気がしない。
 『海兵』が俺に対してもっと注意を払っていたなら、そして俺があんなにも怒っていなかったなら、俺があの男を殺すことも出来なかっただろう。
 だけど、あの瞬間の俺は、間違いなく強かった。

「……」

 『海兵』だったあの男がカクを狙ったのだと気付いたあの瞬間のカクを思い出すと、やはりわずかに胸の内に苛立ちが過った。
 小さく拳を握りしめ、それをやり過ごそうとした俺を肩口に乗せたまま、足を動かしたカクが角を曲がる。
 俺が殺した誰かさんの姿が見えなくなり、それを確認して息を吐くと、小さく呟いたっきり口を利かなかった俺に戸惑ったのか、カクが俺の名前を呼んだ。

「ナマエ?」

 どうかしたか、やっぱり吐きそうなのかと尋ねてくる相手に、そうじゃないけど、と声を零す。
 喉は痛いが、だんだんはっきりと話せるようになってきた。
 腹がまだ痛いのは、やっぱりカクの肩が食い込んでいるからかもしれない。 

「カクが痛くなくて、よかった」

 しっかりと両足で歩いている相手へ呟いて、見下ろした先のカクの背中に手を触れる。
 俺より鍛えられているそこをするりと撫でると、ぎゃあ、と何とも言えない声を出したカクがわずかに背中を逸らした。

「ナマエ、背中を撫でるのはやめろというとるじゃろう」

「カクがこんな体勢にさせるのが悪い」

「横抱きにしろとでもいうのか。わしは嫌じゃ」

 怒ったようにそんな風に言いながら、カクが先ほどまでとは打って変わって激しい動きで歩き始めた。
 ぐらぐらと揺れられると相手の服へ捕まるしかなく、まんまと攻撃の手を止められてしまった俺は、なすすべもなくカクに運ばれるしかない。

「カク、痛い、酔う」

「すぐに医務室に放り込んでやるわい、我慢せんか」

 言葉を零した俺を抱えたまま、カクの足は先ほどよりも早く動いた。
 すたすたと進んでいくその進路は、確かに医務室の方へと向かっているようだ。

「こんなに痛めつけられるんなら、『次』は手を出さんでいい。わしがやる」

 仕方なく成すがままに流される俺を抱えたままで、カクが小さく呟いたのが聞こえたが、俺は返事をしなかった。



end


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