種も仕掛けも無い
※サッチと白ひげクルー
「こんな料理コンテストなんて、本当にあるんだな……」
思わずそう呟きながら、俺は目の前に広がる光景を眺めた。
とてもたくさんの食材と、料理道具とがひしめく会場の中には、いろんな種類のコックコートを着た『料理人』が溢れている。
会場の一角には審査員達が座るらしいテーブルが仰々しく飾り立てられていて、そこに運ばれた料理を何だかんだ言いながら採点していた。
声高に叫ぶ料理の評価は詩的ですらあり、たまにそこに置かれた料理がピカピカと輝いたりもする始末である。電飾でも仕込んでいるのだろうか。まるで料理漫画のようだ。
料理をしている間は手元に夢中で周りを見るだけの余裕なんて無かったが、料理が終わって提供の順番を待つ間、改めて見回した周囲の異様さにはあとため息を零すと、どうした、と傍らから声が掛かった。
そちらを見やれば、いつものコックコートにいつものタイをしたサッチ隊長が、余裕の笑みを浮かべてそこに立っている。
「いや、本当に料理大会だなァと思いまして」
「まあ、こんな規模のでかい奴はそうそうねえだろうなァ」
そちらへ向けて言葉を放つと、サッチ隊長が頷いた。
この会場は予選会場で、他にも四つあり、そこでそれぞれ上位三名が本選へ出場できるらしい。
賞金は多額のベリーと賞品で、まあ金だけだったなら白ひげ海賊団の目にも留まらなかっただろうが、共に出された『酒』が俺達の目的だった。
俺達の偉大なる船長が飲みたいと言ったなら、俺達には何が何でもそれを手に入れるしか道など無いのである。
優勝した奴から奪うか正々堂々と戦って奪うか、論議した上で会場へ現れたのはサッチ隊長で、タッグマッチだからと引きずられていったのは俺だった。
出来ることと言えばサッチ隊長の手伝いくらいなものだけど、船の中でも付き合いの浅い俺を選んでくれたのはとても嬉しい。
「そろそろか」
審査員たちの方を眺めたサッチ隊長が、そんな風に言いながら皿を並べ始めた。
提供へ向けて料理を用意するのだと気付いて、俺もすぐに手を動かす。
殆どサッチ隊長が作った美味くてたまらない料理を、完璧な形で盛り付けるのが俺の一番の仕事だ。
丁寧に白い皿の上へ並べ、ソースを使って彩を添えていく俺の手元を覗き込んだサッチ隊長が、へえ、と声を漏らす。
「やっぱうまいな、ナマエ」
「ありがとうございます」
褒め言葉にくすぐったくなりながら両手を動かして、俺は手早くサッチ隊長の料理を盛り付けた。
俺が飾った皿へサッチ隊長が手を伸ばして、カートへと乗せていく。
いい匂いのするそれらを眺めて、最後に隠すようにカートの上を隠す蓋をしたサッチ隊長が、その手で軽くカートを掴んだ。
「とりあえず、本選まではさっさと決めちまわねえとなァ」
負けたら許さねえって言われちまってるし、と船を降りる時の『兄弟』達の凄んだ顔を思い出したのか、サッチ隊長が喉で笑い声を零す。
あの怖い顔を思い出して笑えるのはサッチ隊長くらいじゃないですかね、とそちらへ返しながら、俺は深く頷いた。
「大丈夫ですよ、サッチ隊長の料理なら」
美食を極めたような舌は持っていないが、俺の知る限り、サッチ隊長の料理こそ世界一だ。
俺の言葉に、おいおい、とサッチ隊長が言葉を零した。
「そこは『二人の料理なら』っていうところだろ。タッグマッチなんだしよ」
「え……」
「お前となら勝てるだろうと思ったから、おれはお前を選んだんだぜ」
そんな風に言葉を放たれて、俺はぱちりと瞬きをした。
そのまま顔を向ければ、口元に笑みを浮かべたままのサッチ隊長が、とても穏やかな目をこちらへ向けている。
何だかその視線に耐えきれなくなり、ありがとうございます、と消え入りそうな声で返しながら目を逸らした俺は、とりあえず何かを誤魔化すように用意してあったテーブルナプキンへと手を伸ばした。
触れたそれを折り畳み始めた俺の傍で、くすくすとサッチ隊長が笑っている。
何故だか恥ずかしくなってそちらへ顔を向けられないまま、俺はとりあえずフレンチプリーツを作った。
折り畳んだ拍子に出来た三つのポケットへそれぞれフォークとナイフとスプーンを入れて、審査員たちの分だけ用意する。
素早く提供するための準備だが、俺のそれを見たサッチ隊長が、へえ、と声を漏らした。
感心しきったその声に、ようやく視線を動かせて、俺の目がサッチ隊長の方を見やる。
「そんなのもできるのか」
興味深そうに俺が置いたうちの一つを手に取ったサッチ隊長が、それからこちらへその笑顔を向けた。
「すげェなァ」
手放しで褒められて、そんなことないですよと言葉を返しながら、俺は自分の顔が緩んだのに気が付いた。
仕方ない。俺はサッチ隊長に褒められるのが好きなのだ。
何だったら料理だって綺麗な盛り付けの仕方だってテーブルナプキンの飾り折りだって、きっとこの人に褒められるために習って覚えてきたに違いない。
海賊船に乗る前の自分の人生を俺がそんな風に決めつけたところで、先に料理を審査されていた料理人の点数が決まったようだった。
大きなボードに書かれたそれは、満点にはまだ少し遠い。
次は俺達の番だ。
「おっし。行くか」
「はい」
気合いを入れたサッチ隊長がカートを押し始めたのを追いかけて、審査員たちのカトラリーを挟んだナプキンを手に俺も歩き出した。
提供はすばやく、丁寧に行うのがポイントなのだ。
何人もの審査員達がこちらの挙動を見守っているのを受け止めて、俺が先にカトラリーを配る。
いつの間に仕込んでいたのやら、サッチ隊長がカートのふたを開けた瞬間に七色の光が審査員達の方向へと飛び出し、瞳を攻撃するその眩さにハラハラしたが、俺達は無事に本選へと出場することが出来た。
あの光を出した電飾が見つけられなかったのだけが不思議だったが、サッチ隊長は『何の話だ?』ととぼけていたのでそれ以上は追及しないことにした。
end
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