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食欲の秋には
※ガープさんと元部下海兵
※主人公の片想い



 俺の元上官殿は、酷い人だ。

「来たぞ、ナマエ!」

「あ、いらっしゃいませ、ガープ中将」

 壊れそうな大きな音を立てて開かれた扉の方を振り返ると、いつものようににかりと笑った海兵が、数人の部下らしき海兵を連れて入ってきたところだった。
 いつもの席へ向かう相手を見送り、いつものでいいですかと尋ねたら頷きが返されたので、とりあえず料理の用意をする。
 誰かさんの乗っている軍艦が港へ入ったと聞いたから、もしやと思って用意してあった酒瓶たちの出番だ。
 既に席に座っている誰かさんの所へ酒と簡単なつまみを運ぶと、部下の海兵が俺からそれを受け取る。
 とりあえず瓶を鳴らしながら乾杯を始めた数人に軽く肩を竦めて、俺はとりあえず店の外の看板を『貸し切り中』に変更した。
 一身上の都合で退役してから店を始めて随分になるし、以前はこういう時でも他の客を入れていたが、とにかくよく食べてよく飲んで大声で話し笑い騒ぐ誰かさんがいるのでは、他の客にまで中々手が回らない。
 気遣い屋の部下がいる場合は手伝いすら申し出ようとしてくれる始末なのだから、いっそ貸切にした方がいいと開き直ったのは半年前のことだった。
 これがチェーン店だったらそうはいかないだろう。個人経営の強みだ。毎日かつかつだけど。
 やれやれと息を吐きつつ、とりあえず料理を始めた俺は、それから出来上がったものをひたすらに一つのテーブルへ運んでいく作業に専念することになった。
 肉に魚に野菜にと、出来る限り多彩に揃えて運んでいく料理を豪快に口に含んだ客人が、もぐもぐとそれを咀嚼してからすぐに飲みこむ。
 それから大きな手が自分の傍に置いてある椅子を引き、空いている席をぽんぽんと叩いた。

「ナマエ、お前さんもここで食わんか」

「俺が料理しなかったら誰が料理を作るっていうんですか」

 寄越された誘いにいつも通りに言い返せば、それもそうかと納得したようなしていないような顔の誰かさんが頷く。
 それから今度は傍らの部下に絡むのを横目にして、俺はすぐに作業へ戻った。
 ひたすらに料理を運んでは皿を下げて、やっとペースが落ちてきたのは一時間以上も後のことだ。
 あの人の連れてきた部下の半分は酔いつぶれていて、まだどうにか生き残っている二人を相手に気持ちよさそうに大演説をかましている海軍中将に、相変わらずだな、なんてことを考えながら洗い場へ移動した。
 あれが始まると長いのだ。

『ナマエ、お前さんイケる口だな?』

 酒に酔えない体質の俺を相手にそんなことを言って、気持ちよく酔っ払った誰かさんが語るのは、俺が知らない海を生きる自分のことや、海兵になろうとしない『孫』達の話だった。
 同じ話を何度聞いたって飽きなかったのは、それを語るのがあの人だったからだ。
 さすがに拳を鍛える為にどこぞの山を粉砕して歩いたと聞いた時には困惑したな、なんて在りし日のことを思い出して口元を弛めながら、山積みにしてしまった皿を洗っていく。
 最後の一枚を洗って拭き、棚へと片付けてからくるりと振り向いた俺は、自分の目の前にあった顔にびくりと体を震わせた。

「……びっくりした、何してるんですか、ガープ中将」

 確かに洗い場はカウンターと対面式だが、いつの間にそこへ移動してきたのか。
 大きな体でカウンターの小さな椅子に座った海軍中将が、こちらを向いて頬杖をついている。
 ちらりと見やった先では、ついには生き残っていた二人も酔い潰されているようで、顔を真っ赤にした数人の海兵がテーブルに伏していた。
 飲み足りないんですかと尋ねながらとりあえず新しい酒を出すと、カウンターに座っている唯一の客がそれを受け取る。
 その上で頬杖をやめた後、空いた手がこちらへ向けて差し出された。
 求めるようなその掌に首を傾げつつ、とりあえずもう一本の酒瓶を差し出すと、誰かさんはそれを掴んで満足そうに頷いた。
 そして、器用に両手でそれぞれの酒瓶のコルクを抜いて、そのうちの片方がこちらへと差し出される。

「話し相手がおらんと暇じゃ、ナマエも付き合え」

「だから、俺は仕事中ですよ」

「つまみは簡単なもんでいいぞ?」

 寄越された言葉にため息を零すと、そんな風に返事なのかも分からない返事が寄越された。
 酒瓶を上下に振られて、仕方なく俺がそれを受け取ると、それだけで目の前の誰かさんが嬉しそうに笑う。

「仕事してる人に酒を勧めるなんて、悪い海兵さんですね、ガープ中将」

 カウンターの向かい側へ向けてそう言いながら酒瓶を引き寄せると、今日の仕事はもう終わったんじゃもん、と妙に子供のような口振りで言い放って、彼が酒を呷った。
 ごくごくと動く喉元を見やってから、とりあえずつまみになりそうなものを捜して屈む。

「お煎餅とチーズ、どっちがいいですか」

「両方食おう」

「まだ入ります?」

 結構な量を食べていた筈だが、どうやらまだ入るらしい。相変わらず胃袋に底の無い人だ。
 戸棚から俺のおやつだった煎餅とワインのつまみにつかうチーズを切って出すと、差し出されたそれにすぐさま手が伸ばされて、先に煎餅が目の前の口に収まった。
 ばり、と噛みしめて酒を呷り、うん、と一つ頷かれる。

「やっぱり旨いわい」

「ガープ中将はお煎餅好きですもんね」

 そんな風に言いながら、俺も酒を口にした。
 この人の下についていた頃は、好物のそれを出来る限り常備しようと頑張っていたものだ。
 色んな種類を捜して歩いて、あれこれと試してもらった。
 俺の戸棚に入っていたのは、その中でも誰かさんが『一番旨い』と言い切ったものだ。
 もちろん偶然ではなく、店先で見かけた時にこの人の顔が頭に浮かんだからだった。
 女々しくも食べながら思い出に浸ろうと思って買ってきた俺の算段など知らないだろう海軍中将が、更にばりばりと煎餅を噛みしめてから笑う。

「ナマエの出すもんが、旨くないわけがないのう」

 やっぱりここへ部下を連れて来て正解だったと、そんな風に言葉を放った相手に、またそんなこと言って、と軽く笑った。

「ただ単にご飯の美味しい季節だからじゃないですかね、もう秋ですから」

 食べ物の実りの多い季節なのだから当然だろうと肩を竦めると、いんや、と首を横に振った客人が酒瓶を片手にとても楽しそうに笑う。

「春でも夏でも冬でも、ナマエの出すもんは旨い。そう決まっとる」

 まるで決まり事を説くように平然と言葉を放たれて、う、とわずかにたじろいだ。
 それを誤魔化すように酒を呷って、慌てたがために口の端から零れたしずくを手の甲で拭った。
 別に、この人の言葉に何かの深い意味があるわけがないことくらい、重々承知している。
 それでもそわそわと落ち着かない気持ちになるのは、褒められた、と感じてしまったからだろう。
 褒められて嬉しいのは、元とは言え上官にそう言われたから、というだけではない。
 だけではないけど、まさかそれを口に出すわけにもいかないから、とりあえず俺は酒瓶を置いた。
 口の中がじわりと苦いのは、酔えもしない酒を口に入れた所為だ。そうに決まっている。

「……そう言ってくださるのなんて、ガープ中将くらいですよ。ありがとうございます」

「何じゃ、他の客は言わんのか? いかんな、わしが今度説教しに来てやろう」

「いえいえ、美味しかったって言ってくれる方はいますから大丈夫ですよ」

 むっと眉を寄せた相手へそう言えば、そうか? と首を傾げながらも決意を曲げてくれたらしい誰かさんが、改めて酒瓶を握りしめる。
 そしてそのまま更に酔いの増したらしい誰かさんが、さっき部下に語って聞かせていた諸々を話すのを、俺は相槌を打ちながら聞いていた。



end


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