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第一印象から決めていました (1/3)
※全編子ボルサリーノ(とっても捏造)につき注意?




 俺は少し、運が悪いらしい。
 そのことは自覚していたが、まさか見知らぬ場所に落ちた後、賞金を掛けられるほどとは知らなかった。
 もしかしたらあの時俺の落下の衝撃を受け止めてくれたいい身なりのカツアゲ男がイイ階級の人間だったせいかもしれないが、まあ、今となっては確認しようも無いことだ。
 とにかく、俺の顔写真の下には見たことあるような内容な単位の金額が記されて、俺はお尋ね者となった。
 ついでにいえば、ここはどうやら漫画の話によく似た世界だ。
 ただ、俺が知っているキャラクターの名前は殆ど聞こえない。海軍もあるし海賊もいるし海王類もいるが、恐らくは別物なのだろう。
 戸籍も無いこの身では定職に就くことなどできないが、どう考えたって俺が生きていた世界では無いこの世界から『帰る』方法を探すために放浪しなくてはならないのだから、あまり不都合も感じない。
 それでも路銀が心もとなくなって、とにかく働かねばとのどかな町に足を止めたのは、つい一昨日のことだ。
 随分前に少し出回っただけの俺の手配書のことなど知らない人ばかりであるらしく、俺はどうにか仕事を手に入れることが出来た。
 明日からせっせと働いて、金をためてまた『帰る方法』を探しに行こう。
 そんなことを考えながら歩いていた夕方の公園のそばで、ねェ、と声を掛けられて思わず足を止める。
 ちらりと視線を向ければ、大きな帽子をかぶった子供が、にこにこと笑って俺を見上げていた。
 何ともたれ目だ。
 あまり向けられない笑顔に思わずそちらへ笑みを返してから、慌てて顔を引きしめる。

「どうしたんだ、坊主。俺に用か?」

「うん、おにィさん、ナマエ?」

 そうして寄越された言葉に、俺はぱちりと瞬きをした。
 子供が口にしたのは、確かに俺の名前だったからだ。
 けれども、一昨日この島へ来たばかりの俺の名前を、どうしてこの見ず知らずの子供が知っているのだろう。
 何とも嫌な予感がして、俺はじっと子供を見つめる。
 俺の視線を受け止めて、ナマエでしょォ? と確認をとるように口を動かしてから、子供はごそりとポケットを探った。
 そうして、そこから取り出した、見覚えのある忌々しい紙が広げられて、俺の方へと向けられる。

「これでみたよォ〜」

 にこにこ笑って言い放つ子供の手には、確かに俺の顔写真が載った手配書があった。







『ないしょにしてあげるからァ、ぼくとなかよくして?』

 ボルなんとかと名乗った子供はそんな風に言い放ち、俺はそれから毎日、昼過ぎから夕方にかけての時間で会いに行くことを約束させられた。
 賞金首と仲良くしたいと言うその言葉の意味が全く分からないが、俺には選択肢など初めから用意されていなかったので、仕方ない。
 一か月の間に金を稼げなくては、次の島に行ったところで野垂れ死にすることは間違いないのだ。
 日雇いの工場で働いて夜を過ごして、ベリーを持ったまま長期滞在している宿屋へ戻り、泥のように眠って昼過ぎを迎える。
 遅い昼食をとりつつ公園へと繰り出しながら、もしかしたらボルなんとかと会わなかったら工場と宿を往復するだけの一か月になっていたんじゃないかと気が付いた。
 運悪く子供に弱みを握られてしまっているが、もしかするとこれはまだ良い方なのかもしれない。

「あ! ナマエ〜」

 どうやら今日は先に来ていたらしく、公園に姿を現した俺へ向けて、ぴょんぴょんと飛び跳ねた子供が大きく両手を振った。
 それから滑り台を滑り降りて、一緒にいた友達だろう連中に笑顔で断りを放ってから、短い足で一目散に俺の方へと駆けてくる。

「友達と遊んでるんじゃなかったのか」

 そのまま寄ってきて人の足にしがみ付いた相手へ尋ねると、いまおわったとこだよォ、とボルなんとかが言い放った。
 そのまま両足まで俺の足に絡んで、こういう空気人形があったよなあ、なんて今はもうただ懐かしい『元の世界』のことを考えながら、子供を連れてその場から歩き出す。
 あまり重たくはないが、歩きにくい。
 しかし、降りてくれと言っても降りてくれないのは先日で実証済みだ。

「きょーは、なにしてあそぶゥ〜?」

 にこにこ笑って言葉を放つ子供を見やって、そっちが決めていいぞ、と俺は口を動かした。
 俺の言葉を聞いて、どうしてか子供が頬を膨らませる。
 まるで拗ねたようにぎゅうと人の足に抱き着く両手両足の力が強くなって、何やら抗議しているらしい、と気付いた俺は動きを止めた。
 それから改めて子供を見下ろせば、俺の視線を受け止めたボルなんとかが、ぺちりと右手で俺の足を叩く。

「ぼくはボルサリーノだよォ! ちゃんとおなまえでよんでェ?」

 言葉の後半で可愛らしく首を傾げられて、えー、と声を漏らした。
 しかし俺のそれを聞いても、改めて両手両足を俺の足に絡ませた子供はじっと俺のことを見上げている。
 険しい顔の筈なのに、その目が細くてたれ目なせいで、何とも言い難い表情となっていた。
 まだぷりぷりと頬を膨らませているが、名前を呼ばれることがそんなに重要なのだろうか。
 俺は長い名前を覚えるのが苦手なのだ。せめて二文字や三文字ならいいが、ボルなんとかなんて覚えられない。何度もその字面を目にしていたなら何となく覚えられるだろうが、俺の目の前の現実にテロップは存在しないからどうにもならない。
 せめて名札でも下げていてくれたら覚えるのに、と勝手なことを思いながら、俺も子供と同じ方に首を傾げた。

「…………ボル、くん?」

 これでどうだろうか。
 俺の落とした言葉を聞いて、驚いたような顔になった子供が、それからやや置いて仕方なさそうに息を吐いた。
 その両手と両足が弛んで、小さな体がようやく地面の上に足を置く。
 その状態でそっと俺から離れたものの、伸ばされた手はしっかりと俺のシャツを掴んでいた。

「……しっかたないねェ〜、ゆるしてあげるよォ」

 何とも偉そうに言い放つ子供に、それはどうも、と俺は言葉を放った。
 どうやら、これからは『ボルくん』とお呼びしなくてはならないらしい。
 まああと三週間も無いことだし、別に構わないだろう。
 よしよしと帽子ごとその頭を撫でたら、あっちへいこう、と『ボルくん』があれこれと遊具のたてられた辺りを指差す。
 そのまま歩き出されて、シャツを引っ張られた俺も同じ方向へ足を進めながら、それにしても、と一人胸の中で言葉を呟いた。
 『ボルなんとか』は、何となく知っている名前であるような気がするんだが、一体どこでの話だっただろう。




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