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首にリボンはないけど
「ごめんなさい」

 目の前に仁王立ちになっているペンギンへ向けて、通路へ座らされたナマエは深々と頭を下げた。
 傍から見ても叱られていると分かるその様子に、行き交うクルー達がみな少し呆れたような視線を向けている。
 ナマエがそうやってペンギンに叱られているのは、いつものことであるからだ。
 そしてやはりその怒りの収まらないペンギンが、じとりとその目でナマエを見下ろした。

「謝罪が欲しんじゃない、ナマエ。おれは、お前に『言い訳』を求めているんだ。何があって、あんなことをしでかした」

 怒りに任せてでは無く、淡々と尋ねてくるペンギンの声音には、しっかりと怒気が孕まれている。
 それを聞いて、だって、とナマエが声を零した。

「次の島につく前に、20日になっちゃったから」

「ああ」

「これはもう、魚を釣るしかないと思ったんだ」

 言葉を放ち、ナマエがぐっと拳を握る。
 その結果があれか、と小さく唸り、ペンギンは軽く自分のこめかみを抑えた。
 久しぶりに浮上していた潜水艦が、大きな揺れに襲われたのはつい先ほどのことだった。
 クルーのほぼ全員が困惑しながら原因を探って、その原因となったのがナマエだ。
 どうしてかナマエは大型魚類用の釣竿を持ち出し、この『大型海王類を示す反応が随分と多いから釣りなどは禁止する』と言い渡されている海域で釣りを始め、そして見事魚の姿によく似た海王類をひっかけていた。
 釣竿から糸を切らせて逃げ出すのがもう少し遅かったら、ハートの海賊団は全員仲良くあの海王類の腹に収まっていたことだろう。
 自分一人ならともかく、他の仲間達も危険な目に遭わせた自覚があるナマエは、ごめんなさい、ともう一度ペンギンへ向けて謝る。
 まあ無事だったんだしそう怒るなよ、とどこかでシャチが言っていた気がするがそれは無視をして、ペンギンは更に言葉を吐き出そうとした。

「あ、いたいた、ナマエ〜」

 けれどもそれを阻むように、とたとたと駆けてきたシロクマの声がその場に響く。

「ベポ」

 その声に反応したナマエは、すぐさま声がした方へ顔を向けた。
 先ほどまでペンギンへ向けていたのとも、他のどのクルーに向けるのとも違うきらきらと輝く瞳に、ペンギンの口からは小さくため息が漏れる。
 それからその目がナマエと同じ方向を見やって、近寄ってくる航海士を確認した。

「どうかしたのか」

「あ、うん。ペンギン、ナマエのことつれてっていい? キャプテンが、罰則だって」

 ナマエとペンギンのそばで足を止めて、ベポが軽く首を傾げる。
 船長の名前を出されてはペンギンに頷かない理由が無く、わかった、と頷いたペンギンの前で暗い顔になったナマエが立ち上がった。
 よかった、と嬉しげに耳を震わせてから、ほら行こう、とナマエを促してベポの足が来た道を戻る。

「きちんと励めよ」

「うう……はあい……」

 背中へ言葉を投げたペンギンへ、ナマエが小さく返事を零した。







 ナマエがこの海賊団へ入ったのは、簡単に言えば漂流者だったからだった。
 ベポがその姿を見つけなければ、半壊した小舟にしがみ付いてグランドラインを漂ったまま、海の藻屑となって死んでいただろう。
 死の外科医と名高いトラファルガー・ローの手によって衰弱していた体に治療を受け、助けたベポが頼み込んでくれた形で、ナマエはこの船に籍を置いている。
 少し常識外れなことを口にするので、ナマエがいた島はとても風変わりなところだったのだろう、というのがハートの海賊団における見解だ。
 酒を飲ませると偉大なる船長のことを『とらお』となれなれしく呼ぶので、禁酒させられているのも艦内では有名な話である。
 そのナマエが、死刑台に向かう囚人のような暗い顔で、とぼとぼと通路を歩いていた。
 その前を先導しているオレンジつなぎのシロクマが、やがて倉庫の前で足を止める。
 それに気付いて同じように足を止めてから、ナマエが軽く瞬きをした。

「……ベポ?」

 船長たるトラファルガー・ローの部屋は、この通路をもっと奥へ行ったその先にある。
 どうして足を止めたんだろうかと不思議そうになったナマエを見やって、ベポが倉庫を指差した。

「ナマエ、こっち」

 言われて首を傾げたナマエを促して、扉を開いたベポが中へと入り込む。
 よく分からないが誘われて逃げる理由も無く、ナマエの足も倉庫へと進んだ。
 扉を閉ざされた倉庫の中は少しばかり薄暗いが、明かりがあるので何も見えないほどでもない。

「ベポ?」

 別に何か作業があるようにも見えない倉庫内を見回してから、ナマエがもう一度ベポの名前を呼ぶ。
 その肩にベポの手がかかって、ぐいと引き寄せられたナマエの体がベポの両腕に抱き込まれた。
 驚いたナマエが目を丸くしている間に、ずるりとその場に座り込んだベポに引っ張られて、ナマエもその場に膝を折る。
 困惑しながら、ベポ、とまたナマエはシロクマの名前を呼んだ。
 人とは違う頭をすりすりとナマエの頭に擦り付けてから、そこでようやくベポが口を動かす。

「だってナマエ、おれの誕生日なのにペンギンとばっかり一緒にいるんだもん」

 呟かれて、ナマエはぱちりと瞬きをした。
 戸惑うナマエを気にした様子も無く、残りの時間は全部おれのだからね、と何とも横暴な言葉を吐いた航海士が、また頭をナマエへ擦り付けた。
 その両腕はしっかりナマエを拘束していて、爪こそ使わないものの、ナマエを逃がすつもりもないと言うことが一目で分かる。
 されるがままになりながら、ナマエはやや置いて問いを落とした。

「……あの、俺、何か罰則があるんだろ?」

 船長が呼んでるんじゃないのか、と呟いたナマエへ、だから罰則だよ、とナマエの体を抱きしめたままでベポが答える。

「今日のナマエは、残りの時間、おれのなの。キャプテンがそう言ったんだから、逆らっちゃだめだよ」

 自分の言葉に従われないことを厭うトラファルガー・ローの名前を出して言いながら、そこでようやくベポが少しばかりナマエの体を抱く腕から力を抜いた。
 それに気付いてナマエが少し体を離せば、正面にベポの顔が現れる。
 薄暗くても、鼻が触れそうなほど近くにあれば、その顔を確認することなど簡単にできた。
 何とも非難がましい目をしているベポを見やってから、ナマエは軽く首を傾げる。

「船長がそう言ったのか?」

「そうだよ。今日の残りのナマエは、おれの誕生日プレゼントだって」

 ローの言葉をなぞるように言うベポの声からは、ローがどんな顔をしてそんなことを言ったのかは読み取れない。
 けれども、それが嘘ではないことくらいはナマエにも分かった。
 ベポは、ローの名前を出して嘘を吐くようなクルーでは無いからだ。
 ならば、どんな意図があるかは分からないにしろ、今のナマエは『ベポへの誕生日プレゼント』であるらしい。
 そう判断して、体を離すために力の入っていたナマエの手から力が抜ける。
 膝立ちをしたまま、その体が少しだけ前へと傾いで、ベポの肩口にその小さい頭が押し付けられた。

「……俺、ベポに誕生日プレゼントあげたくてさ」

「うん」

「でも、まだ島にたどり着かないだろ」

「うん」

「だから、せめて魚でもと思ったんだけど」

 駄目だった、と呟いてから、後ろにごめんなさいと謝罪を足したナマエの背中を、ベポが軽く撫でる。
 ベポがナマエを助けたあの日から、ナマエがこの海賊団の中での『一番』にベポを据え置いていることは、艦内の誰もが知っている。
 他の誰を相手にしてもしないようなことを、ナマエはベポを相手にするのだから仕方ない。
 見た目からして怖がられたり驚かれることの多いベポにとっても、大丈夫? と初めて話しかけたあの日に驚きも怯えもせずにどうしてか笑ったナマエは少し特別な相手だった。
 だから誕生日くらいは一日一緒にいたいなと思ったのに、ナマエは朝から姿を見せず、その上何やらやらかして、ペンギンにつきっきりで説教を受けていたのだ。
 これではナマエと一緒にいられる時間が減ってしまうとしょんぼり肩を落としたベポへ、『誕生日プレゼント』をくれたのは敬愛するトラファルガー・ローだった。
 ありがとうキャプテン! と先ほど船長室で弾んだ声を上げたシロクマが、もぞりと身じろいでナマエの体を引き下ろす。
 あまり抵抗をしないナマエは座り込んだベポの膝に腰掛けるような体勢になって、そこでようやくベポから顔を離した。
 もう一度ベポを正面から見つめて、いつだったかのようににかりと笑う。

「誕生日おめでとう、ベポ。誕生日プレゼント、次の島につくまで待っててくれ」

 一緒に買いに行こうな、と続いた言葉に、今一緒にいてくれたらそれでいいんだよと紡ぐはずだった言葉をベポは飲みこんだ。
 だってそれは、つまり、次の島でもナマエを独占して構わないと言う意味のように聞こえたからだ。
 何だかとても嬉しくなって、ベポの目がわずかに細められる。

「うん、ありがとうナマエ。おれちゃんと待ってるからね」

 喜びにまみれたベポの声に、ナマエは更に顔を輝かせて、それからその非力な腕でぎゅうとベポへ抱き付いた。
 結局、ナマエからの誕生日プレゼントは海図用紙となったが、一緒に買いに行ったベポはそれでも大満足だった。



end


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