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うちの船長のこと
※何気にトリップ系主人公はハートの海賊団クルー



 うちの船長は、我儘だ。

「……船長、そろそろ夕飯の時間ですよ」

「うるせェ」

 まず、起こそうとすると怒る。
 その結果として俺は今ベッドに引きずり込まれ、誰かさんの抱き枕にされるという現実と向き合う羽目になっていた。
 柔らかくはないだろう俺の肩に頭を乗せるようにして、ローはしっかりと俺の体に巻き付いている。
 視界の端に見える黒髪には少し寝癖がついていて、触って直してやりたいところだが、毛布を剥ぐという暴挙を行った俺の両腕は現在、床の上だった。
 ベッドの上へ這い上らせようと頑張っているのだが、体はあおむけの状態で床が見えず、うまくいかない。俺の腕は尺取虫にはなれないようだ。
 床を擦る腕の音を聞きながら、どうしたものかと考え込んだ俺にくっついたローの額が、ぐりぐりと俺の肩に擦り付けられる。

「……硬ェ」

「そりゃあ、骨ですからね」

 俺が女の子だったならもう少し柔らかいのかもしれないが、残念なことに俺は男だ。
 ロー達ほどの頑丈さは無いにしても、やはりあちこちが筋張っているし堅いと思う。

「まだ眠いんなら、船長の分の夕飯は後で温め直しますけど」

 しかし、その時間になったら起こせと言ったのは確かにこのベッドの主の方なのだ。
 いつもの気まぐれで『もう少し寝ていたい気分』になったのかと思いながら呟くと、ひとしきり俺の肩骨の堅さを確認したところで、ローがようやくむくりと体を起こした。
 片手をベッドについたまま、軽く自分の髪を撫でつけた後で、じろりとその目がこちらを見下ろす。

「……腕はどうした?」

 その状態でぽつりと呟くローの顔は、とても不思議そうだ。
 人の体をバラしておいて自覚が無かったのかと呆れつつ、床の上ですと答えると、ローがのそりと体を動かした。
 俺の体の上を横断するように倒れ込んできて、伸ばしたその手が床の上から俺の腕を一本持ち上げる。

「あ、どうも」

「…………」

 渡してくれるのかと思って礼を言った俺の上で、しかし体勢を戻したローは、俺へその腕を返してくれることなくただしげしげと身じろぐ俺の腕を見つめていた。
 いつもながら少しグロテスクな光景だが、もう慣れてしまうほどにはよくバラされている気がする。
 ローの『能力』は体力を消耗するといつだったかの漫画で読んだ覚えがあるのだが、潜水艦はしばらく海の中を進んでいて、ローの体力も有り余っているに違いない。

「そんなに見つめてると穴が開いちゃいますよ」

 両腕の無い状態で起き上がり、見やった先へ言葉を放つと、開けられるもんなら開けてみろ、と言い放ったローの目線が俺の掌へと向けられた。
 どうやらそこに穴を穿ちたいらしい。しかし、物のたとえなのだから無茶というものだ。
 じわじわ近寄ってくるその顔を見つめてから、ひょい、と指を動かす。
 俺の感覚とはさかさまに動いた俺の指が、しかし狙い通りローの鼻を軽くつまんで、驚いたようにローが俺の腕を落とした。

「……おい、ナマエ」

「すみません、何となく」

 怒ったように眉を寄せたローに睨まれて、へらりと笑ってそれを受け流す。
 俺の言葉に舌打ちをして、ローは俺の腕を掴み、すぐにぽいとこちらへ放り投げた。

「うっ」

 自らの肘で打たれたところが少し痛んだが、気にせずどうにか身じろいで、とりあえずは片腕を取り戻す。
 通常通りの自由を取り戻したそれを使って姿勢をたて直し、さてもう片腕を、とベッドの下へ手を伸ばしたところで、先にベッドを降りたローが俺の腕をさらった。

「あ」

「没収だ」

 きっぱりとそう言い放ち、ようやく寝ぼけの抜けてきたらしい誰かさんが俺の利き腕を抱え直す。
 悪戯が出来ないように指先を纏めて掴まれ、そうして無防備に晒された手首に近付いたその口が、がぶりとそこへ噛みついた。

「いたっ 船長、それ痛いですって」

「ふん、悪さをしでかすからだ」

 報復行為に声を上げつつ立ち上がった俺を見やり、鼻で笑ったローがそんなことを言う。
 取り戻そうと手を伸ばした俺を無視して、逆らうならもう少し細かく刻んでやる、と恐ろしいことを言い放ったローは、ベッドの上に刀を放置したまま俺の利き腕と共に部屋を出ていってしまった。
 片側の重みをなくして、少しふらつく足で追いかけても、当然ながらローには追いつけない。

「……相変わらず、勝手なんだから」

 しかしそれが『トラファルガー・ロー』だということは分かりきったことだったので、今さら非難出来る筈もない。
 この世界に落っこちて、死にかけたところを『死の外科医』に助けられてから、俺はずっとその後ろについていくと決めたのだ。
 とりあえず俺も飯を食いに行こうと、俺はローの背中を追うように食堂へと歩き出した。





 ローに片腕を奪われるのは、これが初めてじゃない。
 そして、誰かがバラされるのは日常茶飯事なので、ローが俺の片腕を抱えて夕食を食べていることに、誰も何か意見を言ったりはしなかった。
 さすがに目を引くのか、その顔は大体一度ローの方へ向けられるが、その隣に座らされた俺の片腕が無いことを視認すると、なるほどと納得してすぐに逸らされる。

「船長、そろそろ返してもらっても……」

「駄目だ」

 どうにか意見を述べようとするのは、当然ながら被害者である俺くらいで、そしてローの返事は酷いものだった。
 今日の食事は焼き飯だから、まあ利き腕がなくても何とかなるが、やっぱり少し食べづらい。
 見苦しく零してはせっせと片手で片づけている俺の横で、ローの食事は何とも優雅だ。
 どうやら、まだ『報復』は終わらないらしい。日付が変わるまで続くんだろうか。
 零しかけたため息をスプーンを咥えて飲みこんだ俺の横から、ねェねェナマエ、と声が掛かる。
 それを受けて顔を向けると、先程俺の隣へやってきたシロクマ航海士が、その片手に握ったスプーンを軽く揺らしていた。

「何だ?」

「食べづらいなら、おれが食べさせてあげようか?」

 優しげな様子でそんなことを言い放ったベポからは、善意の気配しか感じない。
 なるほど確かに、ここまで食べづらいならいっそのこと、誰かに食べさせてもらうのも一つの手かもしれない。
 普段なら恥ずかしいかもしれないが、いわば介助や介護と言ったものだ。背に腹は代えられない。
 素晴らしい提案に思わず目を輝かせた俺の傍で、かちゃり、と小さく音がする。

「……いっ」

 そしてそれと同時に、体にくっついていない利き腕の手の甲がぎゅうと何かにつねられたのを感じて、思わず悲鳴が漏れた。

「ど、どうしたの?」

「あ、ああ、いや、何でも」

 驚いたようにベポが目を丸くしているが、どうにかそれを誤魔化すように言葉を放つ。
 ローにつねられたみたいだ、なんて言ったってローがやめる筈がないし、そんな言いつけるような真似は男らしくない。
 俺の様子に不思議そうにしているベポの隣で、駄目だろうベポ、と言葉を放ったのはペンギンだった。

「船長が利き腕を捕まえてるんだから、食べさせるんなら船長が食べさせるべきだ」

「え? そうかなあ」

「そーそー。そういうのを自己責任って言うんだろ、おれ知ってるぜ」

 ペンギンの言葉に相槌を打つようにしたシャチが、理屈に適っているのか適っていないのかも分からないようなことを言い放ち、どうしてかその視線をちらりとこちらへ向けた。
 ベポから見えない位置で親指を立てられたが、意味が分からない。
 しかし、少しだけ考えて、俺は視線を傍らのローの方へと戻した。

「……何だ?」

 隣の様子を気にした様子もなく食事を再開しているローが、俺の視線を受け止めてじろりとこちらを見やる。
 それを見つめてから、とりあえず、少しだけ距離を詰める。

「船長、あーん」

 そうして言葉と共にぱかりと口を開くと、こちらを見やるローの目つきが更に鋭くなった。
 何を馬鹿なことをしているんだ、と言いたげにこちらを睨み付けて、それから舌打ちをした後で、ローの手がひょい、とスプーンを操る。

「ほらよ」

 そしてそれと共にローの皿の上の食事が一口分、口の中へと押し込まれ、これは違ったな、と俺は把握した。
 これでは俺の皿の上のものが減らないのだから、食事が終わらない。
 むしろローの食事を奪ってしまい、何か新たな報復を受けないとも限らない。
 これはまずいと片腕を動かして、どうにか掬い上げた一口分を、ローの方へと差し出す。

「船長、これ」

 とりあえず返そうと皿の上へ向かった俺の手は、しかしその途中でローの片手に捕まった。
 そして、引き寄せられたスプーンの先がその口の中へと入り、がじ、と健康的な歯が俺のスプーンを軽く齧る。
 図らずしも食べさせ合うような格好になってしまい、え、と固まった俺をよそに、ぽいとこちらの手を放したローは、まだ俺の利き腕を抱えたまま、マイペースに食事を再開させた。
 俺はといえば、体の姿勢をほとんど変えないまま、そっと周囲を見回してみる。
 何人かのクルーがささっとこちらから目を逸らして、とてもいたたまれない空気が流れている気がする。
 救いを求めるように見回していった先で、シャチがどうしてかとてつもない笑顔と共に、もう一度親指を立てていた。
 意味が分からないが、聞ける雰囲気でもなかった。



end


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