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メメント (1/2)
※コラさんお誕生日話だけど暗い
※結構目つきの悪い主人公は転生系トリップ主人公で海兵さん(※微知識)



 人間の持っている記憶なんて曖昧で、すぐに薄れていく。
 そして時折、ふとした拍子に甦るのだ。






 目の前の海兵に名乗られた瞬間に抱いた違和感に、俺は少しばかり体を強張らせてしまった。
 俺の様子がおかしかったからだろう、正面に立ってこちらへ手を伸ばしていた海兵が、僅かに困ったように首を傾げる。

「……おれが、何かしたか?」

 初対面なのだから初めて聞くはずなのに、妙に知っている誰かに似ている声で尋ねられて、いや、と小さく声を漏らした。
 俺の正面に立っている彼は、あのセンゴク大将の子飼いの海兵だった。
 俺がこの本部に配属されたばかりだからだろうか、ほとんど顔を合わせたことのないあの海兵は、大きなくくりで言えば俺の『同僚』だ。
 元々あまり本部にいないのだという噂の彼は、センゴク大将が特別目を掛けている男であるらしい。
 殆ど見かけないのも大将がなにがしかの役目を与えて外へ出しているからだということで、気になるよなあ、なんて続けた友人の噂話に、へえ、と相槌を打った覚えがある。
 その顔を食堂裏にあった人気のない休憩所で見かけた時、何となく注目してしまった俺は悪くないだろう。
 そんなに優秀なのかと頭の片隅に置いていた相手が、まさかただの椅子に座ってそのままひっくり返るとは思わず、あまりのドジっぷりに手を貸して起こしたのがつい十分ほど前のこと。
 噂とは似つかわしくない柔らかな表情を浮かべる相手に名乗って、そういえば顔しか知らなかった、と相手の名前を聞いたところだった。

『おれの名前はロシナンテだ』

 よろしく、なんて言いながら手を伸ばして来た相手は、いたって普通の海兵の筈だ。
 しかし、あっさり聴かされたその名前を、俺は何となく知っている気がするのだ。
 聞いたことのある名前だな、なんて少しばかり考えてみるが、俺の記憶にある『漫画』の世界に、その名前は出てこなかった。
 死んで生まれた俺が、自分が『漫画』の世界によくにた世界にいると知ったのは、三歳の頃だ。
 体は幼い筈なのに俺はあまりにも多くのことを知っていて、自分がおかしくなったのだと結構本気で考えた。
 父親も母親も子供らしからぬ俺に戸惑っていたから、こんな記憶なんていらないと、無理やり忘れる努力をした。
 だがしかし、薄れはするもののすっかりなくなることは無いまま、学生時代に読んだあの漫画のキャラクターそっくりの人間に出会うたび、俺の中の記憶は僅かに揺り起こされる。
 だがしかし、やっぱりこの目の前の顔に見覚えはない。
 たとえばセンゴク大将のように分かりやすい髪形でもしていれば覚えていられるのだが、コマの隅っこにでもいたんだろうか。
 うーん、と唸りつつ取りあえず目の前の相手の手を掴み、軽く上下に振って話した。

「よろしく、ロシナンテ……あ」

 そうしてその名前を口からも紡いでみて、ぽんと浮かんだものに声が漏れる。
 俺のそれを聞いた『ロシナンテ』がまた不思議そうに首を傾げるのを見ながら、そうか、と俺は口から言葉を零した。

「ドン・キホーテだ」

 風車に挑む騎士に扮した小説の主人公が、確かそんな名前の痩せっぽっちな馬に跨っていた気がする。
 そうか、『漫画』で見た名前じゃなくて、学生時代に授業でやった時に聞いたものだ。
 わずかに霞のかかっていた脳裏に浮かんだそれに、何だ、と軽く息を吐く。
 すっきりした、とそのまま『ロシナンテ』から手を離そうとすると、どうしてか俺の手ががしりと強く掴まれた。

「ん? どうした?」

 握手の仕切り直しがしたいのかと握り返してみた俺の前で、どうしてか目を見開いた『ロシナンテ』が、それからその目を鋭く眇める。
 それと同時に強く腕を引かれ、うわ、とたたらを踏んだ俺の足に目の前の誰かさんの長い足が引っかけられた。
 慌てて転ぶまいと姿勢を正そうとしたが、俺の抵抗もむなしく、大きな手が俺をその場に引き倒す。

「おい!?」

 何しやがる、と唸りかけて、俺はそこで違和感に気が付いた。
 先ほどまでわずかに耳に届いていた小さな雑音が、全く聞こえない。
 あれ、と周囲を見回してみるが、周囲の様子に変化は無かった。
 ただ、すぐそばに並んで生えている木の枝が風で揺れているようなのに、木の葉の擦れる音もしない。

「……は?」

「……お前、何を知っている」

 意味が分からないでいる俺の上で、こちらを取り押さえた格好のまま、『ロシナンテ』が低く唸った。
 寄越されたそれに戸惑い見上げれば、その名前は表で出さないようにしているのに、と『ロシナンテ』が低く唸る。
 どうやら偶然にも、『ドン・キホーテ』というのは『ロシナンテ』の名前だったらしい。家名だろうか。それともそのままドン・キホーテで、キホーテくんなのだろうか。
 混乱しているからか変なことが気になって、慌てて自分の中の疑問を隅に追いやった。
 それから身を捩ると、俺が抵抗しようとしていると思ったらしい『ロシナンテ』が強く俺の体を押さえつけてくる。
 元より俺と『ロシナンテ』には体格差があるから、そうされると中々起き上がることも難しい。

「何の、話だ! 俺はただ、『故郷』で読んだ小説の登場人物と同じ名前だって言いたかっただけだよ! 馬だけどな!」

 ジタバタと身じろぎながらどうにかそう言葉を投げるが、どうにも『ロシナンテ』は信用してくれた様子がない。
 それどころかますますその顔が剣呑さを帯び、肩越しに振り向いても分かる怖い顔に、俺は何となく身の危険を感じた。
 さすがにこんな場所で俺を痛めつけたり殺したりはしないだろうが、どうやらこの『ドン・キホーテ』はよほどその名前を知られたくないらしい。何か恥ずかしい意味があるのかもしれない。

「おい、なあ、誰にもお前がそんな名前だなんて言わないから、さっさと放してくれって!」

 それなら、とそう言ってみたが結局その表情は変わらず、ただ俺のことを押さえつけていた『ロシナンテ』が、それから小さくため息を零す。

「……センゴクさんに聞かないと」

 漏れた言葉に、俺は何やらこの状況がよろしくないものだということを理解した。
 何故なら、大将センゴクは、俺の知っている『漫画』の通りにこの世界が進むなら、いずれは海軍元帥ともなる重要人物だからだ。偉い人は遠巻きに見ているに限ると信じる俺にとって、あまりお近づきにはなりたくない相手だ。
 冗談じゃない。

「行くぞ、ナマエ」

「……っ」

 だがしかし、どうやら俺に、拒否権は無さそうだった。







 『ドンキホーテ・ロシナンテ』は、あの海賊『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』の身内であるらしい。
 海賊の身内が海軍にいるなんておかしな話だが、幼少期に決別し、泣いていた身寄りのない小さなロシナンテを保護したのがセンゴク大将で、それからずっと『海賊』とは無縁の場所で生きてきたらしい。
 そんな事情を聴かされて、思わず耳を覆ったが遅かった。
 二人がかりで尋問のような真似をされ、必死に自己弁護をして、どうにか俺の言う『ドン・キホーテ』と『ドンキホーテ』の違いは分かってもらえたものの、ここまで話したのだから付き合えと言われて、俺はどうしてか今センゴク大将の隊へ異動している。
 センゴク大将の補佐をしがてら、何なのかも分からないロシナンテの『重要任務』の手伝いをしろと言う無茶な命令だった。
 そこいらのブラック企業より、よっぽどブラックな職場である。

「ロシナンテ、これ」

「ああ」

 そして本日も、俺は元気にセンゴク大将からの伝書鳩を行っている。
 どうやら最近、センゴク大将の所の白電伝虫がガープ中将に連れていかれてしまったらしい。
 盗聴を妨害する手段がない以上、念波での会話には不安が残ると言ったセンゴク大将が、俺に仕事を任せてきたのだ。
 互いに落ち合う場所を決めて別々に入った店の一室で、俺が渡した物を大事そうに受け取り、そっと中身を確認するロシナンテを眺めて、それにしても、と言葉を零す。

「相変わらずえらくファンキーな格好だなァ、『コラソン』って」

 センゴク大将に少しばかり見せて貰ったことがあるが、ドンキホーテファミリーは大体が妙に派手な格好だ。
 特に古株らしい連中など、コードネームなのか何なのか、ピーカ、ディアマンテ、トレーボルの名に合わせたような物を持っていたり着ていたりする。
 俺の目の前の『コラソン』だって、ハートを散らしたシャツに、帽子に、すましていても笑って見える化粧は道化のようだ。
 ロシナンテは二代目で、以前の『コラソン』もどこかにいるらしいが、きっとものすごくハートをあしらった格好をしていたに違いない。
 ひょっとしたら、ドンキホーテ・ドフラミンゴとやらはトランプが好きなのだろうか。
 そんなことを考えながら、真剣な顔で手元の文書を検めているロシナンテを、ぼんやりと眺める。
 そういえば、その体の後ろ半分を包む柔らかそうな羽毛をあしらったコートには、とても見覚えがあった。お揃いを好んで着るような海賊なんてあまり聞かないが、見た目だけでも仲良しなのはいいことなのかもしれない。
 ドンキホーテ・ドフラミンゴというのは俺の記憶の中では『王下七武海』となっていた海賊だった。
 その手下として潜入している『コラソン』たるロシナンテには全く覚えがないのだが、俺が読まなくなった後に出てきたキャラクターだったんだろうか。
 それとも、俺がここにいるように、ロシナンテもまた俺が知る漫画の世界にはいない奴だったんだろうか。
 そこまで考えがいたったところで、最後まで読み終えて、ぱっと顔を上げたロシナンテと目が合った。



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