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友愛故に
このネタからトリップ系主人公(貯蓄が趣味)とCP9がお友達
※ほぼジャブラ



 ナマエという名前の彼は、かなり変わった青年である。
 もとよりジャブラがナマエという給仕の名前を知ったのは、なんだかんだでいつものようにCP9最強の男と名高いロブ・ルッチとジャブラがやり合い、その騒動にただの一般人である彼を巻き込んだからだった。
 さすがに大怪我は負わせなかったものの、擦り傷だらけになって転倒していたナマエが立ち上がってのジャブラへの開口一番は、『正座しろ』だったのである。

『そんなに暴れるんなら外でやってくださいよ! 見てくださいよ俺の一張羅が! まだ給料日前だってのに! 俺がいくら使うと思ってるんですか!』

 肘からだらだらと零れる血で汚れた服の破れを指差してそう怒鳴ったナマエは、ひとしきりジャブラを説教した後、そのまま興のそがれた様子のロブ・ルッチへと目を向けた。
 彼が何かを言うより早くジャブラが慌ててその行動を止めたのは、ロブ・ルッチがナマエをCP式に『教育』してしまう可能性を考えたからであって、妙に迫力のあった『命令』に思わず従うCP9最強の男なんて言う面白おかしくも後が恐ろしい光景を想像したからではない。決してだ。

『わ、分かった分かった! そんくらい弁償してやる!』

『え、本当ですか』

 慌てるジャブラを横目にルッチは先に部屋を出ていってしまい、最終的に残されたジャブラの発言に、ナマエはころっと態度を変えた。
 頷いてそのままナマエを医務室へ放り込んだジャブラが、彼のサイズだろう新しいシャツとスラックスを二枚ほど購入して戻った時には、『こんなに!』ととてつもなく喜んでいたのだからおかしな話だ。

『ありがとうございます、ジャブラさんはいい人ですね』

 それどころかにこにこ嬉しそうに笑ってそんな風に言うものだから、ひょっとしたら巻き添えにしたときに頭でもぶつけたのではなかろうかと、ジャブラは結構本気で考えた。
 服ごときで喜んでいる場合ではないだろう。
 その両腕も両足も、ついでに言えば片頬も、ジャブラとルッチの巻き添えで怪我をして、悪魔の実の能力者となってから更に鋭敏になったジャブラの鼻は間違いなく目の前の青年が消毒液やらに塗れていることを示していた。
 たかが服の金を気にするような奴なのだ、治療費もしっかりと請求されるに違いない。
 ジャブラはそう考えたが、しかしそれについては何らかの言及をすることなく、それじゃあ、と頭を下げたナマエは、きびきびとした足取りで医務室を出ていってしまった。
 その後日、通路で遭遇してもいつも通り快活に挨拶をしてくるだけで、ナマエはまるで普段通りだ。
 しかし時折消毒液の匂いがして、真新しいシャツの袖からは包帯に覆われた腕が時たま覗いていたので、怪我をしていたことはやはり事実であるはずだった。

『お前、その怪我はまだ治らねえのか?』

『そうなんですよ、俺、傷の治りが遅いらしくって。医務室に行くとただで包帯貰えるの、いいですね』

 怪我をさせた当事者でありながらいけしゃあしゃあと尋ねたジャブラへナマエは笑ってそう答えるだけで、やはりそれ以上の追及は無い。
 自分より服が大事なのか、変な奴だと考えたジャブラが、それからナマエがただ金が好きな奴なのだと思い直したのは、一般人に比べればそれなりに高給取りの部類に入るだろうエニエス・ロビーの給仕であるナマエの着ているものや持ち物が、恐ろしく質素であると気付いてからだった。
 昼食は手作り弁当か又は無し、たまに飲みに誘われようともすべて断り直帰、金のかかることは殆どしないし避けて通る。何となく調べると内職までしていた。
 誰かを騙して金を得ようとするような犯罪まがいの真似は一度たりとも見受けられなかったが、金に困るような人間が給仕という生業にあっては『何者か』に付け入られる隙になるのではないか。
 そう考えて独断でもう少し詳しく調べてもみたが、ナマエの生活に苦しい様子はないし、借金もない。
 ついでに言えば出身は遠い遠いグランドラインの外の島であるらしく、わざわざ高給取りになるためにここまで流れ流れて転職してきたようだった。
 気になって話しかけてみれば、自分の金が絡まない限りは何のこともない一般人で、しかしその感覚はやはりどことなくおかしい。
 言うことが平和の国から生まれ出でたかのようで、一般人から見れば恐ろしいだろう闇の正義を胸に抱くジャブラに対しても、まるで善人を相手するかのように扱ってくる。
 面白い奴を見つけた、とすっかり気に入ったジャブラが相手をしているうちに、他のCP9もナマエという人間を気に留めたらしい。
 気付けばナマエは上官や同僚の前以外ではジャブラ達を敬称なしで呼ぶようになり、少し年下の彼をジャブラ達も構っていた。

『ルッチ、これ賞味期限短くない?』

『…………次はもう少し長いのを買ってやる。それはさっさと食え』

『勿体ない……って、あ!』

『なら、おれが食う』

『ひどい……!』

 まさかロブ・ルッチがナマエへ土産を買ってくるようになるとはジャブラも思わなかったが、渡した物を取り上げて遊ぶ、だなんて似合わないことをするルッチもまた楽しそうだったので、何も言わなかった。
 どうしてそんなに金にこだわるのかと尋ねたジャブラへ、ナマエは『趣味なんだ』とわかりやすい嘘を述べたが、それ以上の追及は笑ってやり過ごすだけだ。
 ひょっとしたら、ナマエは誰かに多額の仕送りでもしているのではないだろうか。
 そんな風に言いだしたのは確かクマドリで、フクロウが調べると言って飛び出し戻って来た時に持ち帰った『情報』は、ナマエの家族はみんな遠い遠い故郷にいる、というものだった。給仕になったのは給金が高いからで、しかしそれを派手に使う予定はない。銀行に貯めた金は、そのうち引き出されて何処かへ消える。
 クマドリの言う『妹』ではないかもしれないが、誰かのために金をためているのだろうと何となく納得して、ジャブラも他の仲間達も、それ以上ナマエへ訊ねるのをやめた。
 馬鹿馬鹿しいそんな美談が、怪我をさせたことを笑って流したナマエには似合っているような気がした。



「……あ……」



 そんなナマエが、今、ジャブラの前でしりもちをついている。
 かの『麦わらの一味』が発端となり、バスターコールによって壊滅したエニエス・ロビーの外れで、これからのことを簡単に話し合い、とにかく気絶しているルッチの治療を優先させようと結論を出したところで、ジャブラは誰かが物陰に潜んでいることに気付いた。
 気配を消すことが下手くそなその人影が敵であるなら殺すしかないと、物陰から飛び出して来たその前へと一足飛びで回り込み、恐るべき凶器であるその指先を突きつけたところで、わあ、と間抜けな悲鳴が目の前で上がったのだ。
 無様にしりもちをついて鞄を抱いたナマエが、ぱちぱちと目を瞬かせてから、びっくりした、と小さく呟く。
 銃口を突きつけられているに等しい状況で、ジャブラの顔を見てほっと息を吐いた相手に、ジャブラの口からは舌打ちが漏れた。

「……何してやがる、ナマエ」

「ナマエ?」

 唸るジャブラの声が聞こえたのか、フクロウが戸惑うような声を出す。
 逃げなかったのかと呟いたのはブルーノで、その通りだとジャブラも思った。
 エニエス・ロビーを壊滅させたのは『バスターコール』だ。
 無残な廃墟となった島の惨状を見れば、ナマエが殆ど怪我もしていないのが奇跡というものだった。
 ジャブラ達を見上げて、待ってたんだよと答えたナマエが、それからゆっくりと立ち上がる。
 その手が鞄の中へと押し込まれ、緩慢な動作で掴みだされたのは、ベリーだった。
 じゃら、と聞こえた重たい音からして、その鞄一杯に詰まっているのも同じだろう。

「全部は持ち出せなくって」

 見下ろしてくるジャブラへそう言いながら、ナマエの手が掴みだしたそれを自分の上着のポケットへと押し込む。
 そうしてそれから、その片手が持っていた鞄をジャブラの方へ向けて差し出した。

「ほら」

「…………あ?」

 差し出されたものに、ジャブラはとてつもなく怪訝そうな顔をした。
 それもそうだろう、ナマエは金にとてもこだわる青年だ。
 その彼が貯めたのだろうそれを、どうしてジャブラ達へ差し出しているのだろう。
 眉を寄せるジャブラを見上げて、ナマエが首を傾げる。

「今から、お前ら病院行くだろ?」

 治療費にしろよ、と言って笑った彼に、駄目よ、と慌てた様子で声を上げたのはカリファだった。
 ジャブラの上着を羽織っただけの彼女が慌ててナマエへと駆け寄り、それを見たナマエがとても慌てた様子で目を逸らす。
 なんて恰好を、と言いながら片手で目元を隠すのはいつものことで、こんなときでもナマエはナマエのようだった。

「駄目よナマエ、貴方のそれは、大事なものでしょう?」

「大事って……いや、そりゃ大事だけど、ただの金なんだから、使ってくれた方がいいよ」

「私達にこれを渡したら、貴方の妹さんはどうなるの」

「え?」

 カリファの真剣な訴えに、ナマエが戸惑ったような声を出す。
 その手がそろそろと指を開き、覗いた目がジャブラへ向けられた。
 説明を求めるようなそれを見下ろして、ジャブラも頷く。

「お前の妹の治療費だ狼牙、おれ達に渡すこたァねェ」

「は!?」

 何だそれ! と慌てた声を上げたナマエが、離れた場所から詳しく彼の『美談』を長ったらしく語り出したクマドリにぶんぶんと首を横に振る。
 確証の無かったナマエの『美談』には、どうやら誤りがあったらしい。

「……は? それじゃ、お前、何で」

「いや、だから、」

 そう気付いて、その場で意識のあったCP9の面々が困惑したのと同時に、すぐ傍らにあった建物が崩れた。
 ナマエの上へと降ってきた瓦礫を退ける努力をしたのはカリファとジャブラだが、彼らの間をすり抜けていった大きな石がナマエの頭を強打して、ナマエはそのまま昏倒してしまったのだった。







 気絶したナマエを置いていくこともできず、ジャブラ達はナマエを連れてセント・ポプラを目指すことにした。
 ナマエがその手に持っていた鞄の中身は随分な金額で、事後承諾を得る形を取ることにしてそこから借りたベリーによって、意識の無いナマエもロブ・ルッチも、そしてジャブラやカリファ達も全員が治療を受けることが出来た。
 怪我が治ってからは、借りた金を払う為にとあちこちで能力を生かした仕事を探して回り、動ける全員で金を稼いだ。
 何の問題も無く目を覚ましたナマエは『いいのに』と言って笑ったが、けじめはけじめなのだとクマドリは言ったし、他の全員も頷いた。ナマエの『美談』は違っていたが、その金はナマエが何かの目的でもって貯めていたものなのだから、返すことに異論などある筈もない。
 もうじき目標額だといったところでルッチが目覚め、海賊がセント・ポプラを襲い、結局目標の額まで貯める前にセント・ポプラを離れることになった。
 巻き添えを食らわせてしまったナマエが船に同乗しているのは、まだ金を返しきれていないから、と言ったジャブラが説得したからである。

「おい、ナマエ」

「……あ、え? 何?」

 その彼が時折ぼんやりしだしたのは、ここ最近のことだった。
 今も、共に買い出しに出かけている筈なのに、ジャブラが曲がったことにも気付かず直進していたところだ。
 声を掛け、こいこいと手招いたジャブラを見やって、慌てた様子でナマエがジャブラへ駆け寄ってくる。

「ごめん、気付かなくて」

「はぐれたら迷子になるだ狼牙、気ィ付けろよ」

 謝ってくる相手へそう言って笑いながら、何でぼんやりしてたんだ、とジャブラが問う。
 それに対して、ナマエは『寝不足で』と言って笑った。

「昨日、夜更かししちゃってさ」

「へえ、本でも読んでたってか?」

「そんなとこかな。他にも色々」

 その顔は嘘を吐いているそれではないが、あきらかに何かを誤魔化している顔色だった。
 今までの『誤魔化し』よりも、随分とわかりやすい。
 何も言わず、水を向けても誤魔化すことを繰り返すナマエに、そろそろロブ・ルッチが行動を起こすと決める頃だろう。
 ジャブラが無理やり聞き出しても構わないが、抜け駆けをして聞けばまたカク辺りがうるさいと言うことは分かっている。
 CP9のうちで一番年下のカクは、歳の近い同性であるナマエを弱くて世話の焼ける『弟』だと思っている節があるのだ。

『もう少し鍛えたら、逃げ足に使える月歩から教えるのほうがいいじゃろうか』

『おいおい、あんまり無茶させんなよ』

『分かっとるわい、ナマエは弱っちいからのう』

 ジャブラへ笑ってそう言ったカクには、一般人であるナマエを船から降ろさなくてはならないと言う考えはもはや無いに違いない。ジャブラとて、ナマエが嫌がらないなら、このまま乗っていればいいと思っている。
 そのためには、今度こそ、その秘密はしっかりと吐かせてしまった方がいい。
 そこにどんな馬鹿みたいな理由があったとしても、憂い顔をしているならその解決の手助けになってやるのが仲間というものだ。
 そうすれば、案外義理堅いナマエのことだ、金を返し終わっても船に乗っているに違いない。

「そういや、カリファが新しい雑誌がほしいとか言ってなかったか?」

「あ、向こうに本屋があるから、最新号買えばいいんじゃないか? でも、どの雑誌だったっけ」

「ああ? 全部買っときゃいいだ狼牙」

「何て勿体ないことを!」

 お金は有限なんだと横から訴えてくる相手に笑いながら、ロブ・ルッチが腰を上げるのがいつ頃になるかを考えていたジャブラが、ナマエの暗い顔の理由を知ったのは、それから数日後のことだった。



end


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