役立たずな超能力
※トリップ系主人公は『時間を巻き戻す』自分専用の道具を持っている
※『ワンピースの世界』を『夢の世界』だと思ってる
※主人公はロジャー海賊団クルーで若レイリーとラブラブ
※暗い
眠ってみる『夢』の中で何かを失敗して、見ている『夢』を巻き戻して失敗をなかったことにしようとしたことはないだろうか。
『夢』で見た楽しくてたまらない状況を何度でも味わいたくて、巻き戻して繰り返し同じ状況を堪能してみたことは?
壊れたものを、それの時間だけ巻き戻して元通りにしたことは?
この世界が『夢の世界』だと俺が感じるのは、俺にその手段があるからだ。
「んー……」
カチ、コチと刻まれる秒針の音に合わせたように、ぱきぱきと音を立てて、折れたサーベルが俺の目の前でその形を『元』へと戻していく。
しばらくそれを眺め、最後に全く動かなくなったことを確認してから、よし、と頷いて手元のものを操作した。
かちり、と音を立てたそれを手放して、屈んで伸ばした手でサーベルを掴まえる。
「こんなもんか」
言葉を零しながら、俺は手にしたサーベルをそのまま壁際の収納箱へと放り込んだ。
壊しちまったんだと悲しそうな顔で俺の手元へこれを持ってきた可哀想なバギーは、俺より先に部屋を出ていってしまっている。
ありがとなナマエ、と紡がれた能天気な声を思い出しながら、やれやれと肩を竦めて俺も部屋を出た。
甲板に通じる通路を歩いて、そのままこの船の中で一番ひらけた場所へ出る。
「……いい天気だなァ」
青く澄み渡る空を見上げて、そんな風に呟いた。
そこでふと煙草の匂いを感じて、俺はそちらへ視線を向けた。
俺より船首側、吹き抜ける潮風に煙を零しながら海の彼方を見やっている背中に、何となく口元が緩むのを感じる。
だって、あれは俺の『恋人』だ。
「レイリー」
呼びかけながらそちらへ近付くと、俺の声にこたえるようにその背中の主が振り向いた。
わずかにその目を細めて、俺に合わせてその足がこちらへと数歩踏み出す。
「今日もいい天気だな」
「ああ、そうだな」
傍まで行って足を止めた俺の言葉に、レイリーが軽く頷いた。
俺だってそんなに背の低い方ではない筈だが、レイリーは俺よりずいぶんと大きい。
いや、この世界の人間は大概がそうだった。
多分そのうち、シャンクス達も俺の身長を越してしまうに違いない。時間の流れというのは悲しい。
いっそ『巻き戻して』やりたいくらいだけど、体の成長と共に心の成長まで巻戻ってしまうのだからそれは出来なかった。今のシャンクス達と共に過ごしたあちこちでの航海の思い出を、相手の中から消し去るのなんて更に悲しいことだ。
「それ、いい加減部屋へ置かないのか」
そんなことを考えていたら、くい、と首に掛けているものを軽く引かれて、俺はレイリーが触れている『それ』を見下ろした。
俺の首から鎖でぶら下がっている『それ』は、秒針すらも動かない懐中時計だ。
クルーの殆どが、俺の大事なそれを『壊れているもの』だと認識している。
俺以外の誰が触ったって何も起きないのだから、それも当然だろう。
俺がそれに触れて、ばねの仕掛けられているたった一カ所に触れた時だけ、懐中時計が動き出し、俺の好きなように時間を『巻き戻す』。
唯一、俺が触る『それ』の特別な力を知っているのは、レイリーとこの船の船長だけだ。
「ずっと持ってたから、持ってないと落ち着かないんだ」
そんな風に言って見上げると、へえ、とレイリーは声を零した。
ぱ、とその手が離されて、重力に従って落ちた懐中時計が俺の首につながった鎖の先で揺れる。
そっと片手で触れてみると、わずかに冷たい鉄の感触がした。
いつも思うことだけど、本当におかしな話だ。
この世界は『夢の世界』なのに、どうしてこうもリアルな感触があるのだろう。
トイレにも行きたくなるし風呂にも入る、眠くもなるし腹も減る。
だけどこの世界が『現実』であるはずもない。だってここはあの『漫画』の過去の世界で、目の前のレイリーだって俺の知っている『キャラクター』の一人だ。
不思議だよな、なんてことを考えながら手元の懐中時計を見下ろしていると、俺とそれの間に割り込むようにレイリーの手が滑り込んだ。
下から掬うように顎を掴まれて、そのままぐいと上向かされる。
「レイリー?」
顔を上に向けられて、戸惑ったまま目の前の相手を見上げて呟くと、もう片方の手に煙草を持ったままのレイリーが少しばかり身をかがめてきたところだった。
ふわ、といつものレイリーの煙草の匂いがして、それから唇に少しかさついた柔らかなものが触れる。
同じように乾いているだろう俺の唇をレイリーが舐めて、侵入してきた舌は苦かった。
それでも、びくりと震えてもそれ以上逃げようとしないのは、じわりと顔が熱くなってきたのと同じ理由だ。
俺の口を好きなようにして、一分ほどで顔を離したレイリーが、こちらを見下ろして目を細める。
獲物を前にした猫科の何かを思わせるようなふてぶてしいその顔に、思わず目を奪われてしまった。
「……相変わらず、初心な奴だな」
初めてってわけでもねェだろうに、と楽しそうに言いながら、レイリーの手が俺の顎を手放す。
離れていってしまう、と気付いてすぐに、俺は片手に持っていた懐中時計に指を滑らせた。
けれども、時間を巻き戻すための一カ所に触れる前に、レイリーの指が俺の指と懐中時計の間に滑り込んだ。
「あ」
奪われそうになって慌てて手を動かしたものの、時遅く、レイリーの大きな手はすっかり懐中時計を包んでしまっている。
それを外側から掴むようにしているだけの俺には、必要な個所に触れることすら叶わない。
「何をしようとした?」
「え? いや、あの……」
「……『巻き戻す』より、『もう一度』と強請った方が利口だ」
そんな風に言って、レイリーのもう片手がつまんでいた煙草を軽く握り潰し、そのまま下へと落とされて、とどめのようにその足が吸殻を踏みにじった。
熱くないのかと目を瞬かせた俺の前で、もう一度身をかがめてきたレイリーが、先ほどまで煙草を持っていた手をこちらへと寄せてくる。
人差し指が俺の襟ぐりへと入り込み、くい、と引き寄せられて、さっき少し開いた分の距離は簡単に詰められた。
「ほら、言ってみろ」
優しくそんな風に言いながら、真上からレイリーが俺を見下ろす。
更に顔が熱くなるのを感じながら、それでもたどたどしく強請った俺に、落ちてきた『褒美』はやっぱり苦い煙草の味だった。
※
俺は特別な力を持っている。
悪魔の実の能力だとか、そう言うものとは違う、本当に特殊なものだ。
それはつまり、ここが俺の『夢』の中で、醒めない夢を快適に過ごすための手段なんだと俺は思っていた。
だけど、違うのだ。
俺の能力は、時間を『巻き戻す』だけ。
問題を先送りにすることしか出来ないし、俺に手を出せないものなら、巻き戻したって結果を変えることも出来ない。
ここは俺の『夢』の中であるはずなのに、俺の思うようには進まない。
『おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる!』
だからこそ、ロジャーをどうにかしてやることも出来なかった。
※
自首を決めたロジャーを見送ったレイリーが、酒に手を伸ばすことが多くなったのはあの処刑が終わってからだった。
俺だって悲しくて、涙が出てたまらなかった。
こんなに苦しい思いをするのなら、もう夢なんて醒めてしまえばいいのに、相変わらず俺の目は覚めない。
「……ロジャーを、生き返らせようか」
だったら、と考えて俺がそう口にしたとき、二人で借りた宿屋の一室で、飲んだくれたレイリーはごろりと床に転がっていた。
けれど彼が眠っていないことくらいは分かるから、その後ろに座ったまま、首から下げたままの懐中時計に触れる。
先ほど俺が落として割れてしまったグラスを見ながらかちりと懐中時計の出っ張りを押すと、動くことなどなかったはずの俺の大事なそれが、カチ、コチと音を立てはじめた。
それと共に、俺が割ったグラスの残骸たちが震え、まるで映像を逆回しにしたようにうごめきだす。
数分も掛けずに『元通り』になったグラスを確認して俺がもう一度手元のものを弄ると、懐中時計の針が止まった。
冷たいままの鉄の塊から手を放して、俺は床に広がるレイリーの髪を見ながら口を動かす。
「俺が時間を『巻き戻せ』ば、ロジャーは生き返ると思う」
俺の特別な能力が出来ることは、時間を巻き戻すことだ。
自分以外の時間を戻したり、何か一つだけを巻き戻したり。
それを使えば、ロジャーを巻き戻すことは可能だった。
その記憶すらなくなってしまうから、あまり前まで戻してはいけないとは思うけど、せめて死ぬ前の、最後の航海の時のロジャーへ戻すのはどうだろう。
ロジャーは混乱するかもしれないが、レイリーならきっと丸め込めるに違いない。
「そうしよう、レイリー」
だからそう言って、首から下げた懐中時計に触れた俺は、一瞬を置いて前から食らった強い衝撃に、そのまま体を後ろへ倒れ込ませた。
どしん、と背中を打って、とても痛い。
ごほ、とせき込みながら体を丸めたところで、真上から影が落ちる。
それを受けて目を向けると、俺の上にレイリーがのしかかっていた。
眉間にしわを寄せて、鋭くその目を眇めさせて、まるで憎い相手を前にしたときのような、恐ろしい顔をしている。
「……レイ、リー?」
どうしたのかと問いかける途中で、動いたレイリーの片手が俺の口を上から塞いだ。
強く強く顔を掴まれて、わずかに痛みを感じる。
もう片方の手が俺の両手を掴まえて、体の傍に無理やり押し付けた。
「……お前は、ロジャーの選択を踏みにじるつもりか」
酒の香る低い声が、俺の上でそう囁く。
「あいつの決めたことを、『なかったこと』にするつもりか」
そんなことは許さないと、そう言いたげにレイリーは唸った。
それと共に素早く動いた手が、俺の口から離れて、俺の首からつられている懐中時計に触れる。
ぐいと引っ張られ、首を擦れる痛みを感じたけど、俺が抵抗する前に鎖がちぎれ、レイリーによって俺の『道具』が奪われた。
「あ、」
「……酷いことを言わないでくれ」
ぽい、と自分の後ろへ放り投げて、レイリーが呟く。
もはや手を伸ばしても届かない場所へと放られたそれを目で追ってから、すぐに俺もレイリーへと視線を戻した。
「……でも、レイリーが悲しそうだから」
ここは俺の『夢』の世界だ。
そして目の前のレイリーは、漫画の世界のキャラクターだ。
それは分かりきったことで、きっと俺の胸の高鳴りだって、この夢の世界の中でだけのものだった。
だけどそれでも、今の俺が『レイリー』を『好き』だという事実には変わりない。
好きな相手に悲しい顔をしてほしくない、なんて、なんともわかりやすい動機だろう。
俺の言葉に、レイリーがわずかにその顔に笑みを浮かべた。
けれどもそれは、痛みをこらえるような笑みで、こちらの胸が痛くなる。
シャンクスやバギーたちと共に俺が泣いたあの日、レイリーは俺に涙を見せなかった。
ひょっとしたら一人で泣いたのかもしれないけど、あの日から今日まで、一度だってその嗚咽すら聞いたことが無い。
泣けないのは、とても苦しいんじゃないだろうか。
悲しみは時間が癒すと誰かが言っていた気がするけど、俺には時間を『巻き戻す』ことしか出来ない。
何てことだろう、ご都合主義の『夢の世界』の筈なのに、俺はとんだ役立たずだ。
「悲しいのは、おれだけじゃない。……そうだろう、ナマエ?」
役立たずな俺へそんな風に囁いて、レイリーはそのまま顔をこちらへと近付けてきた。
俺の額へその額を押し当てて、焦点がぶれるほど近くで、荒んで見えるその瞳がそっと閉じられる。
それと同時に俺の両手が逃がされて、レイリーの両手が俺を捉えるように俺の顔の両側へと置かれた。
慰めてくれ、と小さく囁かれて、俺はそっと目の前の相手へ手を伸ばす。
俺より大きなレイリーの体を抱きしめても、レイリーはやっぱり泣いたりしなかった。
end
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