- ナノ -
TOP小説メモレス

ないしょ
※何気に異世界トリップ主人公





「げっ」

「ん?」

 町中を歩いていて唐突に聞こえた小さな声に、マルコはぴたりと足を止めた。
 何となく気になった声の主を探して視線を動かせば、行き交う人々の群れの中で、なぜか動きを止めてしまっている青年を発見する。半開きになった口と聞こえた方向からして、どうやら声の主は彼であるようだ。
 この島の住人とは随分顔見知りになったつもりであったが、マルコの知らない顔だった。
 まっすぐに向けられたその視線がマルコのそれとかち合った途端に逸らされて、取り繕うように商品の木箱を運ぶ作業に向かった彼を見やってから、マルコは軽く首を傾げる。
 マルコはどう見ても海賊だった。
 自慢ではないが、そこそこ顔も名前も売れているだろう。かの『白ひげ海賊団』で、一番隊の隊長を担っているのだから当然だ。
 そんなマルコと遭遇してしまったとして、海賊に悪感情のある相手なら今木箱をせっせと片づけている『ふり』をしている青年と似たような反応をする。
 けれども、ここは『白ひげ』の縄張りである海域で、白ひげの旗を借りた島だった。
 掲げられた旗を見た上で悪さをする海賊はそういないし、そのおかげでか島民達は『白ひげ海賊団』とその傘下を歓迎している。
 今日マルコがここにいるのも、彼の敬愛する船長が久しぶりにこの島の地酒を飲みたいと言ったからだ。
 買付けた酒瓶のうちのいくつかはマルコが先に運ぶつもりでいて、それなら丈夫ないれものを用意するからと言った店主の厚意に甘えて待っているところだった。
 他の島でならともかく、こういった場所であんな態度を取られることなど珍しい。
 やや置いて興味をそそられたマルコは、まだいれものの用意をしている店主に一声を掛けてから、そのまま前方へと近づいた。
 マルコが歩いてくるのを感じたのか、木箱に商品を入れては取り出すという無駄な作業をしていた青年が、顔は伏せたままで慌てて木箱へ商品を片付ける。
 どうやら店じまいをしようとしていると気が付いて、マルコは歩む足を少しばかり速めた。
 近付いてくる足音でそれを察知した青年が、やや置いて木箱を諦めて立ち上がり、ぱっと身を引く。
 けれども彼が逃げ出すより早く、小さな出店へたどり着いたマルコが口を動かした。

「ちいっと、聞きたいんだけどよい」

「はいっ!」

 投げられた言葉に、マルコが思わず目を丸くするほど素っ頓狂な声をあげて青年が動きを止めた。
 もはやほぼ完全に通りへ背中を向けようとしていた体勢から、ぎしぎしとその体をきしませてマルコの方へと振り返る。

「なに、か、ご入り用ですか……」

 恐る恐ると寄越されたその声は、すっかり怯えきったものだった。
 まるで目の前にとてつもなく恐ろしい何かがいるような反応だ。
 失礼な相手へ肩を竦めてから、マルコは大地へ直置きにされて危うく店主に置き去りにされるところだった哀れな木箱の中身を指差した。
 そこにあるのは、どうやら綺麗に畳まれた衣類であるらしい。
 丁寧に縫製されたそれの布地は真新しく、新品であるらしいことが一目でわかる。

「お前が縫ったのかよい?」

「は、はあ、まあ……」

 唐突に尋ねたマルコへ、青年はとりあえず、と言いたげに頷いた。
 へえ、と声を落としてから、マルコの手がひょいと木箱から一番上に置かれていた商品を掴み上げる。
 軽く広げたそれは薄手のシャツで、いくつかの色を使った柄が印象的なものだった。
 縫い目を確認しても、随分としっかりと縫われているのが分かる。
 サッチあたりなら喜んで買いそうだと、サイズを確認しながらマルコの頭がそんなことを考える。
 『白ひげ海賊団』は大概の場合、衣類は買い物で済ませているが、クルーには体格も規格外と言うべき連中も多い。
 マルコの敬愛する『オヤジ』もそのうちの一人で、巨人と呼ぶには少し小さめのその身に合わせた既成の服を探しても、サイズを合わせると趣味で選ぶことすらままならないことがあるほどだった。
 長らく島へ停泊するときには、それぞれ体格に合わせた服を職人に作らせることもある。
 モビーディック号に乗っているクルー達にも繕いのできる者は何人かいるが、きちんと着用できる衣類を作るのは随分と根気のいる作業だとはマルコも知っていた。
 モビーディック号にも専用のミシンがいくつかあるが、作れるクルーが船を降りてしまった後は倉庫の隅で大人しくしている。

「よくできてるねい」

「どうも……」

 元通りに畳んで木箱へ置いたマルコが言えば、青年がそっと頭を下げる。
 まだ何やらびくびくしている青年を見やってからマルコが軽く手を広げると、その動きに驚いたように青年が体を震わせた。
 まるで自分が威嚇してしまったような様子に笑ってから、マルコが尋ねる。

「こう、でけェのも作れるかい。もうじき冬島だから厚手のもんが必要なんだけどよい」

「ええっと……その、布と型紙さえあれば」

 マルコより小さい体の相手が、そんな風に言葉を寄越す。
 その型紙というのは作れるのかと尋ねたマルコへ、なぜか青年は顔を青くした。
 それでも、マルコがじっと答えを待ってその顔を見つめれば、やや置いてからこくりと頷く。

「作れ……ます」

「そうか。そういや、お前なんて名前だよい?」

「……ナマエです」

「よし、じゃあナマエ、お前おれと」

「いやです」

 上出来の回答に口を動かしたマルコを遮って、青年はぴしゃりと言葉を寄越した。
 ぱちりと瞬きをしてから、マルコが軽く首を傾げる。

「……まだ何にも言ってねェだろい」

「いやです、行きません」

 きっぱりはっきりと言い放つナマエは、どうやらマルコが何を言わんとしたのかを正確に理解したらしいようだった。
 察しの良い人間が嫌いではないマルコが、にやりと笑ってナマエを見下ろす。

「何だ、いいじゃねェかよい、オヤジの服を作りにこいよい」

「いやです」

「そう言うなよい。ちっと来て、作って、まァしばらく船に乗ってるくらいだろい」

「いやです!」

「なんでだよい」

「だ、だだだだって白ひげ海賊団じゃないですか!」

 何度かのやり取りを置いて、最後にはそう発した相手へ、マルコは目を丸くした。
 それが一体何の理由となるのか。
 問いかけるように青い目で見つめた先で、ナマエが慌てた様子で木箱へ蓋をする。
 先ほどは置き去りにして逃げようとした商品を抱え上げてから、まっすぐにその目がマルコを見つめた。

「……その、服だったら中央街にそっちの船長さん向けのサイズのを作って置いてる店がありますから、そっちで買ってあげてください。俺は絶対に無理なので」

「……なんで無理なんだよい?」

「だって」

 じりじりとマルコから距離を取りながら、問われたナマエが言葉を紡ぐ。

「もうじき、火拳のエースが仲間になるんでしょう」

「……は?」

 ナマエが寄越したその名前は、まるで生き急ぐようにこのグランドラインで名をあげているルーキーのものだった。
 メラメラと燃える炎にその体を変える自然系能力者の海賊だ。
 けれども、まだ遭遇してもいないそんな相手が仲間になる予定など、マルコには当然ながら無い。
 珍しく白ひげが手配書を眺めていたからそのうち対面することにはなるだろうと思うが、マルコ達の『家族』になるかどうかは本人と『オヤジ』の二人が決めることだ。
 なのに、なぜナマエはそんなことを言うのか。
 訳が分からず見つめるマルコの前で、だから無理なんです、とナマエが呟く。
 意味が分からず眉を寄せて、マルコは一歩前へと足を踏み込んだ。
 それを受けて弾かれたように逃げ出そうとした青年を、がしりと腕を掴んで引き止める。
 取り落とされた木箱ががたんと大きく音を立てて、それに通行人の何人かが驚いたような顔をしてマルコ達の方を見やった。
 大丈夫か、どうかしたのかと尋ねてくる声に大丈夫だよいと返事をしてから、マルコが屈んでひょいと木箱を拾い上げる。
 マルコの返事に不思議そうな周囲の視線がそっと逸らされてから、ややおいて、マルコは片手に木箱を持ったままでじろりとナマエを見やった。
 その視線を受け止めてびくりと体を震わせたナマエの腕をしっかりと掴んだままで、マルコが言葉を放った。

「お前が何を言ってんのかがわかんねェが、なんだ、お前ェは火拳の野郎に恨みでもあんのかよい」

 『火拳のエース』が仲間になるから無理だというのは、すなわちそういうことだろう。
 そう思ってのマルコの問いに、けれどもナマエがぱちりと瞬きをする。
 それから慌てて首を横に振られて、そんなわけがないじゃないですか、とナマエは言葉を紡いだ。

「だってエースですよ、エース! すごく強いし、あの信念とか、恰好いいじゃないですか!」

「……まあ、オヤジには負けるだろうけどねい。会ったことねェから信念なんざ知らねェよい」

 拳を握っての力説に、何となく面白くなくなって呟いてから、マルコの顔が怪訝そうなものになる。

「じゃあなんだよい」

「だって、せん………………っ」

 問われて反射的に返事をしようとしたナマエが、どうしてか数秒を置いて口を閉じる。
 それからもう一度首を横に振って、とにかくいやです、とだけ返事が落ちた。
 別に海賊になれと言っているわけでもないのに。
 何か、言えない理由があるのか。
 そう察してやることはできても、それで納得してやるつもりのないマルコが肩を竦める。

「納得いく説明が出来ねえなら……」

「いや、いやいやいや! 職人は他にも、いっぱいいるじゃないですか!」

 慌てた様子でぶんぶんと首を横に振って拒否するナマエに、やだよい、とマルコが返事をする。

「おれはお前が気に入ったからねい」

「なぜ!」

「その、ビビり具合が」

 問いかけに正直に答えたマルコへ、ナマエはどうしてか理不尽だと言いたげな顔をした。
 けれどもマルコの言う通り、白ひげ海賊団を歓迎しているこの島の中で、マルコに対して嫌な顔をしたのはこの青年だけだ。
 どうしてそんな顔をするのか気になってしまっては、構ってしまうのも仕方がない。

「とりあえず、火拳がうちに入るかどうかも分かったことじゃねェんだから、うだうだ言ってねェで来いよい」

「いやです」

「………………どうしてもいやだってェんなら、おれにも考えがあるよい」

 誘ってもへ拒否ばかり寄越す相手へため息を零してから、マルコがぽつりと呟く。
 え、と声を漏らしたナマエが、恐る恐るとマルコの顔を見上げた。
 びくびくと、まるで目の前に猛獣でもいるかのような顔をしながらマルコを見る相手を見下ろして、マルコがにやりと笑う。

「おれは白ひげ海賊団、一番隊隊長だ。それもちゃんと知ってんだろい?」

「それは、まあ……」

「で、だ。この島は白ひげの縄張りだろい」

「……………………」

 マルコの言葉から、マルコが何を言いたいのかをまたも正確に把握したらしいナマエの顔は、青からもはや白に変わりかけていた。
 そんな相手へ笑いかけたまま、もはや逃げる気もないだろうナマエの腕から手を離したマルコが、ぽん、と彼の背中を叩く。

「まあ、いくら町長やらと顔見知りのおれでも、無理やりさらってく気はねェよい」

 『白ひげ海賊団』の旗を貸しているとはいえ、白ひげがこの島を占領しているわけではない。
 マルコ達は、ただこの島や近隣海域を『守っている』だけだ。
 そして、島民達の多くは、それに対して感謝の念を抱いている。
 だからこそ、この島は白ひげ海賊団を歓迎しているのだ。
 そして、この島の連中には気のいい人間が多いことをマルコは知っている。
 連れて行きたい相手がいるがなかなか相手を説得できない、とマルコがナマエのこととは言わずに呟いたとしたら、恐らく今のマルコ達のやり取りを覚えていた何人かがその『相手』をマルコの前にいる青年であると気付いて、全くの善意からナマエを説得しに来ることだろう。
 そして、先ほど明確に拒絶の理由を紡げなかったナマエが、周囲からの善意に押し流されかねないことはあきらかだった。
 やや置いて、真っ白な顔になってしまったナマエが、それからそっと小さく小さくうめく。

「…………鬼だ……っ!」

「まあ、諦めろい」

 つらそうな声音に笑ってやってから、マルコはぽんぽんともう一度青年の背中を軽く叩いてやった。







 そのまま地酒と一緒にナマエを連れて帰ったマルコに、クルー達は少しばかり驚いた顔をしたが、マルコが簡単な理由を告げるとあっさりと納得してしまった。
 冬島へ向けての進路に白ひげの体調を苦慮していたクルー達からは感謝すらされたほどだ。
 ナマエは自分の言葉の通り、型紙をおこして白ひげのための服を作り、マルコや他のクルー達の服も手掛けた。
 最初は海賊だらけの船の上をびくびくとして過ごしているようだったが、周りの気さくなクルー達に、だんだんと慣れていくのがマルコにも分かった。
 白ひげ海賊団には非戦闘員も数多くいるのだから、そのうちの一人になってしまえばいいと、そう思っていた。
 スペード海賊団と交戦し、ナマエの言った通り白ひげが火拳のエースを息子としたのには少しばかり戸惑ったが、そのことを聞いてもナマエはがんとして口を割らなかった。
 だから、マルコは知らなかったのだ。
 ナマエが生まれて育った場所の名前も。
 ナマエがどうしてあの島にいたのかも。
 ナマエがどうしてああも白ひげ海賊団に近付くことを嫌がったのかも。

 ナマエがサッチからヤミヤミの実を盗んで逃げ出した理由ですらも、何一つ。



end


戻る | 小説ページTOPへ