- ナノ -
TOP小説メモレス

たまごのつづき
※『たまごのなかみ』と同じ設定
※つまりマルコ外見のみ幼児化&トリップ主人公は白ひげクルー



「キャッチボールでもしますか」

 唐突に寄越された提案に、マルコは傍らをじろりと見やった。
 いつもの姿なら少しの威圧感を与えるだろうその視線は、けれどもマルコの見てくれが随分と小さな子供のものになってしまっている所為で、大した威力もなく傍らのナマエに刺さる。

「……急に何言い出してんだよい」

 とりあえずそう訊ねると、だからキャッチボールでもしませんか、とナマエはもう一度言葉を紡いだ。
 甲板の端に積んだ積荷の傍にある日陰に座ったまま、マルコの頭が軽く傾ぐ。

「暇なのかい」

 そうして問いかけながら、そういえば今日はずっとここに座って話してばかりだということを、マルコは思い出した。
 マルコの体が、とある馬鹿みたいな原因で小さくなったのは、つい一昨日のことだ。
 しばらくすれば元に戻ると言う話で、今のところ小さくなったことに対する不都合は殆ど無い。

『この際だ、休め』

 他の隊長格達に口々に言われて仕事を取上げられたマルコは、暇を持て余しているという名目でいつも船倉の最下層辺りにいるナマエを日の下へと引きずり出してきていた。
 マルコの知っているクルー達の中でも一番従順なナマエは、どうして自分なのだろうと不思議そうな顔をしながら、それでもマルコに従って、今もマルコの横に腰を下ろしている。
 船倉に篭りきりなナマエは一番隊の所属なので、マルコはもちろんナマエのことを知っていた。
 ナマエは数ヶ月前、他の新入りクルー達と一緒にモビーディック号へと乗り込んできた青年だ。
 日の光が嫌いなのか、それとも別の理由があるのかは分からないが、よく船倉に篭っている。
 誰かに無理やり任されたのではなく、率先してその仕事を引き受けているらしいナマエは、時間が余れば船倉内の点検まで始めてしまうほどにモビーディック号の船倉が気に入っているらしい。
 それゆえにあまり顔を合わせる機会の無かったナマエの事を、マルコは何となく気にかけていた。
 何せ、ナマエは海賊になりたいからと船へ乗り込んできたわりに押しが弱く、協調性はあるが自己主張も少ないのだ。
 気配りが細やかなほうであるのはありがたいことだが、そんなことでこの海でやっていけるのか。
 隊長として、自分の隊の人間の心配をするのは当然のことだろう。
 だからこそ、自分の今の状態まで利用して、マルコはナマエと話をすることにした。
 今日はその二日目だ。
 今もマルコの隣に座っているナマエは、マルコが思っていたより博識な男だった。
 どうでもいいような雑学や、興味深い知識や、マルコが聞いたことも無い国の話をすらすらと口にする。
 そして、意外とよく笑う男だ。
 今も、少し口元を緩ませて、マルコのほうを見やっている。

「俺は全く構わないんですが、マルコ隊長はそろそろ体を動かしたくなるころかと思いまして。今日はずっと座ってましたし」

「わざわざ疲れるようなまねはしたくねェよい」

「その姿で言われると猛烈な違和感があります」

「中身はおれのままなんだ、しかたねェだろい、あきらめろい」

 ナマエへ向かってマルコが言い放てば、少しばかり首を傾げたナマエは、それでもこくりと頷いた。
 マルコが上司だからか、それともマルコが今の見た目はともかくとして年上だからか、ナマエは基本的にマルコに逆らおうとしない。
 その代わりのように、先ほどごそごそと手を入れていた麻袋から手を引いて、丁寧に口を縛った。
 そのままぽいとそれを傍らへ放ったナマエへ、マルコの不思議そうな目が向けられる。

「それ、なんだよい?」

「これですか? ボールです」

「…………」

 問われてすぐに答えたナマエは、どうやら本気でキャッチボールをするつもりでいたらしい。
 一体どこから調達してきたのだろうかと、マルコはしげしげとナマエが放った麻袋を眺める。
 マルコの視線に気が付いて、自分が放った袋を手繰り寄せたナマエは、それをそのままマルコへと差し出した。

「ごらんになりますか?」

「いや、いらねェよい」

 問われた言葉にそう言い返し、マルコは首を横に振った。
 そうですかと頷いて、ナマエは改めて朝袋を放り出す。
 少し古びたそれを見やり、マルコは尋ねた。

「ボールなんて、どっから見つけてきたんだよい」

「俺の私物です」

 マルコの問いかけに、ナマエが答える。
 ただの硬球ですよと笑った彼の目が、マルコを見やった。

「俺の……あー、故郷での思い出の品です。野球部だったので」

「ヤキューブ」

「野球をする集団です」

「……ヤキュー」

「キャッチボールとかああいうやつを組み合わせたボール遊びです」

 ナマエの語る言葉にマルコが疑問を持てば、ナマエはすらすらとそれへ答えを寄越す。
 ナマエにとっては常識のようなそれを、マルコが知らないでいることに何の不満や驚きを持っていないナマエは、どうやら随分な田舎から出てきたらしいと、マルコは理解した。
 そして、なのにどうしてこのグランドラインで海賊などやっているのだろうか、という疑問を抱き、その視線がナマエを見やる。

「……ナマエは、なんで海賊になったんだよい」

 マルコの問いかけに、ナマエがぱちりと瞬きをした。
 それからその口元が小さく笑みを描いて、その手が自分が先ほど放った袋をもう一度引き寄せる。
 麻袋を自分の膝の上に置いて、ナマエの視線がマルコから逸らされた。

「もう帰れないみたいなんで」

 ぽつりと落ちた声音には、諦めがにじんでいるようだった。
 それを聞いてわずかに目を瞠ったマルコに気付いた様子もなく、自分の前をぼんやりと眺めたナマエが言葉を続ける。

「だったら、やってみたかったことをやってみようかと思って」

「…………それが、海賊だったってのかい」

「そうなります。やりたいことは、その先ですけど」

 小さな声を出したマルコへ顔を向けたナマエは、先ほどと変わらぬ笑顔だった。
 その顔に諦めがにじんでいるのを見て取って、マルコは小さく息を吐く。
 ナマエはどうやら、故郷を捨てざるを得ない過去を持っているらしい。
 それがわかってしまったら、それ以上を尋ねることはマルコにはできなかった。
 誰にだって、触れられたくない過去の一つや二つある。

 似たような出自のクルーだって、この大所帯の海賊団には何人もいる。
 ただ、ナマエがそのうちの一人だったというだけの話だ。
 そうわかっているのに、聞きたいと思ってしまった自分にうんざりとして、マルコの目がふいとナマエから逸らされる。
 その際に視界に触れたナマエの膝の上の麻袋に、マルコは中身に比べて幼い体で肩を竦めた。

「まあ、思い出の品だってことは分かったよい。そんなもんで遊んで、なくしたらどうするつもりだい」

「その時はそれまでですよ。運命というやつです」

「何だ、ナマエは信心深かったかい」

「俺は多分無宗教だと思いますけど、運命っていうのはあると思いますよ」

「信じてるじゃねェかよい」

「そうかもしれませんね。でも、運命があるなら逆らうのもいいと思いませんか」

「さっきと言ってることが逆だよい」

「あははは、そうですか?」

 マルコの言葉に、ナマエが笑う。
 それを聞きながらマルコが見上げた空は、小さくなった分少し遠くはなっていたが、いつもと変わらぬ青空だった。
 ナマエが何をしたくてモビーディック号にいたのか、マルコがそれを知ることになったのは、マルコが元の姿に戻って、それからずっとずっと後の話だ。
 弱いその身でサッチを庇って大怪我をしたくせに、ナマエはどこか満足げだった。



end


戻る | 小説ページTOPへ