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不死なるひと
※死なない系トリップ海兵と同期のスモーカー(まだモクモクの実食べてない)
※微妙に暴力的表現があります注意




 スモーカーが『彼』のそれを知ったのは、新兵として何度か与えられた任務で、スモーカーのいた部隊が徒党を組んだ海賊に襲われ壊滅状態になった時だ。
 殆ど死にかけた同期の一人を肩に担いだスモーカーが駆け抜けたその場所で、目の前に現れてにたりと笑った海賊の残忍な眼差しは、目の前の海兵を余すことなくミンチに変える喜びに満ちていた。
 スモーカー自身も傷付き、疲労し、武器も無い。
 肩を貸している同期の死に逝く息遣いに気ばかりが急いて、このままここで死ぬのかと愚かなことを考えた時、スモーカーの前に割り込んだのは走って追いついてきたナマエだった。

「ここは俺に任せて、はやく行け!」

 同期の中でも一番貧弱な『彼』が声を荒げて、スモーカーと海賊の間に立ちはだかる。
 それを聞いた海賊が、その顔に馬鹿にしたような笑みを浮かべたのをスモーカーは見た。
 それはそうだろう。
 ナマエが弱いことなど、厚みの無いその体を見ただけでも簡単に分かる。
 しかしナマエの背中には自信のようなものがみなぎって見えて、そして肩を貸している仲間の一人を死なせたくなかったスモーカーは、悪い、と一言だけ置いてその場から逃亡した。
 それが間違いだったと気付いたのは、柔らかな何かが潰れるような物音が後ろで響き、それを聞いて思わず後ろを振り向いた時だ。
 人を見下しせせら笑う海賊の汚らしい手が掴んだ棍棒は、貧弱なナマエを確かに叩き潰し、四肢が折れた彼の頭がつぶれているのが、離れた場所にいたスモーカーにも確認できた。
 ナマエ自身の『仲間を逃がしたい』と言う馬鹿馬鹿しいくらいちっぽけな正義感で彼が死んだのだと、スモーカーはその時認識した。
 歯を食いしばって同僚を殺した海賊を睨み付け、絶対に自分が捕縛すると心に決めてそれでもスモーカーが一端その場を逃げ出したのは、ほとんど担ぐようにしている海兵が今にも死んでしまいそうであったからである。
 そしてその意識が無くなったのは、仲間達が逃げ込んだ軍艦へと辿り着いたのとほとんど同時だった。




「よ! もう大丈夫か? スモーカー」




 だから、軍艦の医務室で目を覚ました時、目の前にあったその顔を見て、スモーカーは一番初めに、胸糞の悪い夢だと低く声を漏らした。
 それを聞いて笑った『彼』が『ここは現実だって』と口にしたが、そんな筈がない。
 スモーカーはその目で、ひしゃげ潰れた『彼』を見たのだ。
 あの状態で生きている確率は随分と低いし、何より今スモーカーを見下ろしている『彼』には怪我をしている様子もない。
 だとすれば今のこの状況は、スモーカーの願望が見せる悪夢だろう。
 眉を寄せたスモーカーに笑ったナマエは、あの海賊達の殆どは駆けつけた中将の部隊が片付けたと口にした。
 それが事実かどうかをスモーカーは知らないが、バタバタと聞こえてくる通路側の足音に、何となく視線を向ける。
 すぐ隣にはベッドがあって、スモーカーが担いできた海兵がそこに寝かされていた。
 ゆっくりと上下するその胸からするに、生きてはいるようだ。
 それすらスモーカーの願望かもしれないが、ほんの少しだけほっと息を吐いたスモーカーの額ににじんだ汗を、傍らに座っていた『彼』が拭う。
 タオルで肌を擦る感触の現実感に、数秒を置いて息を吸い込み、スモーカーはゆっくりともう一度『彼』の方へと顔を向けた。

「……本物か?」

「だから、そう言ってるだろ」

 怪訝そうな問いかけに、ナマエが肩を竦める。
 それを聞いてやや置き、スモーカーはゆっくりと起き上がった。

「わ、馬鹿、まだ寝てろよ」

 腕についている点滴が煩わしいが、慌てた声を無視して手を伸ばし、すぐ傍らにいる彼の体を掴まえる。
 確かにあの時ひしゃげていた『彼』の肩も、腕も、潰れていた頭にも触れたが、そこには確かな感触があるだけだった。
 意味が分からず怪訝そうな顔をして、じっと視線を注ぐスモーカーを見上げてから、うーん、と声を漏らした『彼』が周囲を見回す。

「……まあ、スモーカーにならいいか」

 そうして、部屋の中で目覚めている人間がスモーカーしかいないことを確認した上で呟いて、『彼』の目がスモーカーへと向ける。

「あのな。実は俺、死なないんだ」

 そうして呟いたナマエの言葉は、まるで絵空事の様だった。







「おお、スモーカー、すごいなそれ!」

 日常に戻ったある日、上官に与えられた悪魔の実を口にしたスモーカーは、自然系能力者となった。
 人通りの無い通路の端で、口に咥えている葉巻や唇の端から零れるのと同じ煙に姿を変えるスモーカーの腕を見て、ナマエはとても楽しそうな顔をしている。
 昨日まで遠征に出ていて、今度の海賊は随分と手ごわかったと言う話を聞いているが、相変わらずナマエには負傷の一つも見当たらない。
 にこにこと笑うその顔をじろりと睨み付けて、スモーカーは煙になっていた腕を元の姿へと戻した。

「モクモクの実だそうだ」

「スモーカーにぴったりの名前だなァ」

 告げたスモーカーへニコニコと笑って言い放ち、ナマエの手がスモーカーへ伸びる。
 つい先ほどまで煙になっていたスモーカーの腕に触れ、不思議そうに軽く指でたどる男に、スモーカーの口からは溜息が漏れた。
 それからするりとナマエの手からその腕が逃げ、あ、と声を漏らして追おうとした男の頭を、ばしりとその大きな掌が叩く。

「あだっ」

 小気味よい音を立てて打たれた頭に、ナマエが両手で頭を庇った。
 急に何するんだよ、と不満そうな声を寄越す相手を、スモーカーはじろりと睨む。

「また無茶やったと聞いたが?」

 あいつ運いいよな、あんな中に飛び込んで怪我の一つも無い、なんて言葉を他の同期から聞いた時、スモーカーの眉間に刻まれた皺は深いままだ。
 ナマエの自己申告、そしてその後スモーカーが観察していた中での結論として、ナマエは『死なない』男だった。
 どれだけの傷を負っても、その体はすぐにそれを『なかったこと』にする。
 それはともすると体を生物以外のものへ変容させることのできる自然系能力者のようでもあったが、ナマエには海楼石が効かず、海も泳げるので、その可能性は無いだろう。
 ナマエ自身が、おのれのその体を利用していることにはスモーカーもとうに気付いている。
 絶対に死なないという自信があればこそ、ナマエは先陣を切って敵へと飛び込んでいくのだ。
 恐らく今回もそうだったのだろう、スモーカーのにらみを受けて、ナマエは誤魔化すようにへらりと笑った。
 だらしのないその顔が気に入らず、スモーカーの手が拳を握ってもう一度目の前の馬鹿を軽く小突く。

「だから痛いって! 本気で殴るなよ」

「誰が本気で殴ってるってんだ、人聞きの悪ィ」

「え、これ本気じゃないのか? それだとスモーカーの本気で俺の頭潰れちゃうんじゃない?」

 唸るスモーカーへ声を上げて、ナマエが慌ててスモーカーから距離を取る。
 それでも逃げていかないのは、この後『飲みに行く』約束をしているからだろう。
 階級は違ってしまったが、今でも変わらず、ナマエはスモーカーの親しい相手の一人だった。
 久しぶりに会えて嬉しいだなんて気色の悪い理由ではないだろうが、こちらを見やるナマエの顔はやはり少々緩んでいる。
 もう一度殴ってやろうかと思ったが、スモーカーが拳を握ったのを目ざとく見つけたナマエが両手でしっかりと頭を庇ったので、仕方なく拳を解いたスモーカーが口から煙を零した。

「何を笑っていやがるんだ」

 それから何となくそう尋ねると、だって、とナマエが言葉を紡ぐ。

「スモーカーのそれって、自然系だろ?」

「あァ」

「自然系能力者ってすごく強いし、攻撃食らってもききにくいよな」

 覇気持ち相手だとその限りじゃないだろうけど、なんて言いながら、ナマエはやはりとても嬉しそうな顔をしている。
 その顔を眺めて、それからその言葉の意味を考えたスモーカーは、その後で小さく舌打ちを漏らした。

「…………あァ、そうだな。死ににくいってこった」

「だよなァ!」

 今日はお祝いだ、俺が一杯だけ奢っちゃうぞ、なんて嬉しそうな声音で言葉を述べて、頭を庇うのを辞めたナマエが先に歩き出した。
 早く早くと急かされて、スモーカーの足がそれを追いかける。
 まだ多少制御の行き届かない能力のせいで、片腕からゆらりと白い煙が立ち上り、それを視界の端でとらえたスモーカーの眼差しがわずかに鋭さを増した。

『俺、白ひげのマルコとだったら仲良くなれる気がするんだよ』

 いつだったか、海賊達の手配書の整理を申し付けられ、二人で資料室に缶詰めになった時にナマエの言った台詞が、スモーカーの耳に甦る。
 海賊とナカヨクやろうとしてるんじゃねェよとあの日もスモーカーはナマエへ拳を見舞ったが、彼がどうしてそんな馬鹿を言ったのかは分かっていた。
 白ひげ海賊団の一番隊長『マルコ』の通り名は『不死鳥』で、攻撃を受けても炎と共にその体を再生させる、稀有な動物系能力者なのだ。
 恐らく、先程嬉しそうな顔をしたのも同じような理由だろう。
 自分と同じだと、子供の様な理由がその頭の中にあるに決まっている。

「おーい、スモーカー、スモやーん、スモちゃーん」

 苛立ちながら進めた歩みが遅かったのか、先に通路を歩き終えて扉の前まで移動したナマエが、軽くスモーカーを手招きながら声を掛けてくる。
 馬鹿な呼び方してるんじゃねェよ、とそれへ唸り、足を速めて近付いたスモーカーは、とりあえず軽く目の前の海兵の頭を叩いておいた。



end


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