愛情(物理)
※ネタページの加筆修正
※幼児マルコと白ひげクルーな主人公
※名無しオリキャラ注意
「……なあ、マルコ」
「よい?」
声を掛けた俺へ、子供がその顔を向ける。
少し眠たげな目をきょとんとわずかに丸くしたその顔は、まさしく子供らしい可愛らしさだ。
だが、今はそんな話をしている場合じゃない。
「とりあえず、まずはそこに座りなさい」
特徴的な髪形の子供を、不自由な左手の指先でどうにか手招いてそう言うと、近くにいた子供は俺が示した場所へすとんと座り込んだ。
真横からこちらを見下ろす小さな子供を見上げ、転がったままで問いかける。
「何がどうなってこうなった」
身動ぎするだけでぎしりと音を立てているのは、俺が横たわっている古びたベッドだった。
ニューゲートの体重なんて支えられる気がしない安物だが、俺の寝床にはまあまあちょうどいい。
いつもならうるさい軋みなんて気にせず起き上がるところだが、今の俺がそうできないのは、俺の体がベッドに縛り付けられているからだ。
俺はついさっきまで気持ちよく寝ていただけだと言うのに、何という仕打ちだろう。
「人の寝こみを襲って、しかも縛るだなんて……」
俺はこの子供の育て方を間違ってしまったのだろうか、と眉を寄せたままで小さく声を漏らした。
駅から出た瞬間に紛れ込んでしまった『この世界』で、俺を拾ったのは、この船の船長である『エドワード・ニューゲート』だった。
一般人たちを蹂躙する『悪い海賊』達を『気に入らないから』と叩きのめしたニューゲートは、右も左も分からずゆくあてもない俺を殆ど猫の子へやるように摘み上げて、そのまま自分の船へと連れて帰ってしまった。
どういうことだまさかこの大男に物理的に食料扱いされているのか非常食なのかと意味も分からず怯えた失礼な俺へ、ニューゲートが寄越したのは『手伝え』という簡潔な言葉だった。
その言葉の意味を知ったのは、船の上にいた数人の孤児の世話を任された時だ。
海賊らしく豪快なニューゲートが『父親』なら、俺は多分この子供らの歳の離れた『兄』くらいの立場だろう。
母とは言わない。右も左もわからなかった俺に衣食住を与えてくれたとは言え、ニューゲートの嫁はいやだ。
そして、うやむやのうちに送ることになった海賊生活の中で、ニューゲートが何人かの子供らにつけたという名前と、ニューゲートのフルネームと、そしてその大きな手が放つグラグラの実の能力に、俺はようやくここがあの漫画の世界なのだと理解した。
多分それも、俺が読んでいたあの漫画の時間軸よりずいぶんと前の時代だ。恐らく、主人公はまだ生まれていないに違いない。
そして、俺の横に座っているこの子供は、あの『不死鳥』マルコなのだ。
ついこの間、不味い不味いと言いながら悪魔の実を完食していたから間違いない。
確か悪魔の実はひと齧りでいいとかそう言う話をどこかで読んだ気がするが、サッチもハルタもついでに言えばニューゲートまでマルコが完食することを励ましていたので、涙目になりながらも手の上のものを睨む子供からその悪魔を奪い取ってやることは出来なかった。
もしや、今の俺のこの状況は、その復讐なのだろうか。
しかし、確かあの日はマルコの好きな食事を作ってやったはずだ。
俺の名前を呼んで、足元にまとわりついてくることの多いこの子供に、懐かれていたと言う自信がある。
俺が生まれ育った世界の園児がやるように似顔絵を描いてくれたこともあるし、あれやこれやと貢ごうともしてくれる。
自分が食べたうまいものを俺へ笑顔で差し出してくるし、自分が見つけた宝だろう金貨やらも差し出してくる。
いつも通り断ったが、最近そういったものを『やる』と差し出されたのは一週間ほど前の話だったのだから、自意識過剰でなければ間違いなく俺は懐かれている。
その『懐いていた』筈の子供に、どうしてベッドへ縛り付けられなくてはならないのだろうか。
「……これが反抗期か……」
思わず呟いた俺を見下ろして、マルコがぱちりと瞬きをした。
それからぎゅっと眉間に皺を寄せて、つんと少し厚みのある唇が尖る。
「ナマエがわるいのよい」
そうしてどこか拗ねたような声が寄越されて、どうして俺が悪いんだ、とベッドに無理やり寝かされたままで俺は尋ねた。
その状態でどうにか身じろごうとしてみるが、最近ロープの結び方を教えたばかりだと言うのに、マルコの結んだ結び目はびくともしない。
むしろ、これだけきつく結ばれている間、少しも目を覚まさなかったというのはどういうことだろうか。
俺はつくづく平和の世界で生まれ育った人間のようだ。
「だって、きょーはまんげつよい」
俺の言葉の返事なのか何なのか、マルコがそんな風に言葉を漏らす。
それを聞き、唯一自由な頭を軽く動かして傾がせると、マルコの目がじとりとこちらを見下ろした。
「とじこめとかなきゃ、ナマエはかえっちゃうよい」
それは駄目だと、小さな口が言葉を零す。
言葉の意味を確かめる為に少し黙り込んで、しかしその言葉の意味が分からず、俺はもう一度首を傾げた。
「……何の話だ?」
帰るも何も、『今の俺』の『居場所』はたった一カ所だ。
マルコだってサッチだってハルタだって、他の皆だって同じだろう。
俺を拾ったエドワード・ニューゲートの乗るモビーこそ、俺達の住処だ。
戸惑う俺を見下ろして、ぺち、とマルコの手が俺の体ごと縄を叩いた。
「こないだ、ナマエがはなしたのよい。ナマエのうまれたとこは、すっごくとおくだって。ずっとずっととおくで、マルをつれてけないって」
「……ああ」
そういえば何か月か前、尋ねられてそんなごまかしを口にしたなと考える。
『異世界からきた』なんて誰にも言えるわけが無かったから、ニューゲートですら俺の出身を知らない。
よくよく考えてみれば怪しいことこの上ないのに、よくもまあ俺を『家族』として受け入れたままでいるものだ。
まあ俺は弱いから、何をしようと簡単にねじ伏せられると思われたのかもしれない。
「それで、マルが『いっしょにいて』ってオネガイしてタカラをわたしても、ぜったいうけとらないよい」
口を尖らせたままでそんなことを言うマルコに、今まで子供が小さな手で差し出してきていた『宝』の意味を知って目を丸くする。
金貨や宝石だってあった筈だが、あれらの中にそう言う意味があったなんて思わなかった。
「……あのなマルコ、そんなの」
「だから」
なくたって俺は、と続けたかった俺の言葉を遮り、マルコが眉間に皺を寄せる。
そんな小さなうちから眉間に皺なんて寄せてもしょうがないんじゃないかと見つめていると、拗ねたような顔をした子供が口を動かした。
「ナマエはきっと、カグヤヒメよい」
「………………うん?」
「オヤジたちもいってたよい。ナマエのおはなしはぜんぜんしらないもんばかりだ、あれはひょっとしてナマエジシンのことなのかもって」
俺のことを噂していたらしい誰かの物真似をして、それからぷくりとマルコの頬が膨らみを作る。
おむかえがきたってだしたげないよい、ときっぱりと言い放つ子供に、ぱちぱちと瞬きをする。
何の話だ。
どうしてそうなった。
確かに俺は、世話を任された子供達に自分が知ってるあらすじも適当なおとぎ話をしてやることがある。
妹に強請られて何度も読んでやった本のいくつかを何となく覚えていたから、寝物語に最適だろうと思って、適当にだ。
妹に読んでやっていたのだから間違いなく女の子向けなんだろう、俺の話す『おとぎ話』はつまらないらしく、サッチ達はすぐにぐっすりと眠ってしまっていたが、そういえばマルコはいつも最後まで聞いてくれていたような気がする。
たまにこっちが眠気に負けて赤ずきんが狼を食べたりもしたが、その時には訂正までしてくるくらいには興味を持って覚えていてくれていたようだ。
それはどちらかと言えば嬉しいことのような気がしていたが、まさかこんな変な思い込みをされているだなんて思いもしなかった。
いや、この場合ニューゲートたちが悪いのか。
きっと酒の肴に、適当なことを言ったに違いない。
「……マルコ」
「ぜーったい、ださないよい!」
どうにか縄をほどかせようと呟いた俺の横で、ぷいっと向こうを向いた子供がそんなことを宣言する。
「いや、だからな」
「ぜーったいよい」
「まあまず話を聞くんだ、マルコ」
「ナマエの『ハナシ』をきーたらまるめこまれちまうって、オヤジがいってたよい。マルはまるまんないよい」
「それはそういう物理的な話じゃなくて」
「ぶつのよい? だめよい!」
言葉を交わすうちに何を想像したのか、キッとマルコがまたこちらを向く。
それからその手がぺちぺちと無抵抗な俺を叩く。
時間の経過を感じながら更に何度か俺が解くよう言ってみても、マルコは頑なに頷かなかった。
その上、子供のマルコが遅い時間にずっと起きていられるわけもなく、最終的には俺のベッドの横に転がってしまう。
痛くないかと声を掛けて使うように言った俺の枕の上に伏せて、少し体を丸めた、いわゆるごめん寝状態だ。
「おいおい、寝る前に解いてくれ……」
「んー……やぁ、よい……」
俺の枕を敷布団の代わりにして、ぼそぼそとそう呟いた子供はもはや夢の中であるらしい。
まさか、本当に俺をこのままにしておくつもりなんだろうか。
さすがに寝返りの一つもうてないのは体がつらい。
もう一度身じろいでみるが、体は全く動かない。
そのままで更に一時間以上を過ごし、さてどうしたものか、と眉を寄せながら眠り込んでしまった子供を見下ろしていると、通路を歩く足音が聞こえた。
近寄ってきたその音が、俺が自室として奪い取ったこの小部屋の前で一度止まり、それからガチャリと扉が開かれる。
「あ、やっぱ寝てらァ」
そんな風に言って笑ったのは、この船のクルーのうちの一人だった。
海賊らしく頭にバンダナを巻いた彼は、そういえば深夜の見張り当番だったはずだ。
その彼が船内にいると言うことは、どうやらもうそろそろ夜明けらしい。
そう把握しながら『助けてくれ』と声を投げると、おうよ、と気安く返事を寄越した彼がこちらへ近付いてくる。
その手がマルコの作った結び目に触れ、ほどけるかどうか確認してから、面倒になったのかすぐに引っ込んだ。
そして腰から抜いたナイフがぶつりと音を立てて縄を切り、俺の体を締め付けていたものが緩む。
「……ありがとう、助かった」
礼を言いながら起き上がって、俺はひとまず縄の巻き付いていた体を軽くほぐすように動かした。
俺を横目にロープを丁寧に巻いて回収したクルーが、災難だったなァ、なんて言って笑っている。
「災難どころの話じゃない」
そちらへ返事をしながら、ベッドから足を降ろした俺は、床に転がる子供をひょいと持ち上げた。
そのまま俺が横たわっていたベッドの上へと降ろしてやると、温もりを求めるようにもぞもぞと身じろいだマルコが、それから俺が寝ていたのと同じ辺りで動きを止める。
あまり上等じゃないマットレスを掴むような仕草をして、それからすりすりと頬を押し付けて眠るマルコの顔は、まさしく子供らしい安らかなものだった。
「まァまァ、そう言ってやるなよ」
ため息を零す俺の方へと落ちてきた声に、俺は傍らを見やった。
ロープを巻き取り終えたクルーが、それをひょいと肩に掛ける。
「カグヤヒメってのを教えたのはおまえだろ? ナマエ」
「……あんなの、ただのおとぎ話じゃないか」
「それでも、もし本当だったらどうしようって相談してきたんだぞ、泣きそうな顔で」
そう言ってマルコを指差したクルーは、にやりと笑ったままで言葉を続けた。
「お前だけは、『ぜーったい』逃がしたくないんだとよ」
恐らくマルコの物真似だろう声音を出した相手に、俺は眉間へ皺を寄せた。
それから、ちら、ともう一度マルコを見やる。
先ほどと変わらず、マルコは大人しく眠り込んでいる。
この分なら、朝、船が騒がしくなるまで起きたりはしないだろう。
「……何でそんなことを」
「そりゃあれだろ、愛だよ、愛」
可愛い奴だな、なんて言って、クルーの口がけらけらと笑い声を零す。
確かに可愛いかもしれないが、絶対に、そう言う問題じゃないと思う。
end
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