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ディア ユー
※何気に異世界トリップ主人公(無知識)は海兵さん
※戦争編以前



「サカズキ大将、お誕生日おめでとうございます」

 執務室へ入って開口一番、そう放ったナマエへサカズキがじとりと視線を向けた。
 それを無視して机へ近寄ったナマエの手が、書類とその上に乗せられたいくつかのプレゼントボックスを纏めて執務机の上へと置く。

「こちらつる中将から、こちら大将青雉から、こちら大将黄猿からです」

 とんとんとん、とプレゼントを並べたナマエへ、ほうか、とサカズキは頷くだけだ。
 さらに元帥からガープ中将から、匿名で、といくつかの箱を置いて、サカズキを慕う直属部隊からだというものまで机へ置いたナマエは、最後に現れた書類の束をどれよりもサカズキの近くへと寄せた。

「そしてこちらが大将青雉からの提出書類です」

「……なんじゃ、早かったのォ」

 寄越された言葉に、そこではじめてサカズキが少しばかり目を丸くした。
 まだ期日が残っているというのに、大将青雉が書類を仕上げて回してくるとは珍しいにもほどがある。
 そう顔に書いてある上司を見やって、急かしてきました、とナマエがきっぱりはっきりと答えた。

「帰りが遅かったんはそのせいか」

「大将が一番喜びそうなものをお贈りしようと思って」

 呟いたサカズキの言葉へ答えたナマエへ、サカズキは頷いてその手でひょいと書類を捕みあげた。
 書類に記された字は確かに大将青雉のものだ。急かされたからか少し走り気味ではあるが、しっかりと書かれているし承認印も押されている。
 よくやった、とサカズキが褒めれば、嬉しそうな顔をしたナマエがびしりと敬礼をした。
 そんなナマエをちらりと見やって、サカズキの手が書類をぺらりとめくる。
 今サカズキの前に佇んでいるナマエは、サカズキが拾ったただの一般人であるはずの青年だった。
 海の屑に殺されかけているところを助けたサカズキに輝くような視線を向けたナマエが、海賊への恐怖のあまり少し気が違ってしまったらしいと知っているのはサカズキだけである。
 だってそうだろう、『自分は異世界の人間だ』などと、まっとうな人間が言うはずもない。
 ナマエがサカズキにだけ語るその『異世界』は、まるで幸せな夢物語のようだった。
 ナマエの妄想であふれたそこには、悪魔の実も無ければ海王類もおらず、海賊がいないしグランドラインですらない。
 ありえる筈がないその話をサカズキが否定しないのは、おかしくなってしまったのだろうナマエが、それ以上おかしくならないようにというらしくもない配慮からだ。
 サカズキへにこにこ笑ってその世界の話を寄越す時以外は、ナマエはいたってまともだった。
 海兵としての体力は心もとないが、事務処理能力は随分と高い。よって、サカズキの補佐をする文官としての地位を得て、今もサカズキの周囲をちょろちょろとうろついている。
 サカズキがどれだけ怒鳴っても謝るだけで逃げようとはしないし、弱弱しすぎる彼をサカズキが殴ることも、ほとんどなかった。サカズキだって、ただ叱って制裁をしただけの相手が入院してしまうのでは、手を出すことにためらいだってする。
 意外とかわいがってんだねェ、なんて言った大将黄猿に笑われたのは、はたしていつのことだったろうか。

「サカズキ大将、お茶をお入れしましょうか」

 少しばかり思考へ沈んでいたサカズキを引き上げたのは、ナマエから寄越されたそんな言葉だった。
 それを受けて視線を上げてサカズキが頷けば、すぐさま再度敬礼したナマエが給湯室へと駆けていく。
 がちゃがちゃと物音をたてて茶の用意を始めたナマエの物音を聞きつつ、サカズキはちらりと机の上にいくつも並んだ贈り物を見やった。
 いくつもある煌びやかなそれらが誰からのものであるか、ナマエがきちんと語っていったため、サカズキはどれが誰からのものかをきちんと覚えていた。
 そしてその中に、ナマエからのものが無かったのも事実である。
 確かに仕事は早く進むに越したことはないが、誕生日の贈り物がもともと提出されるべき書類だというのは、随分と寂しい話だ。
 かといって、わざわざそんな不満を口にするほど、サカズキは若いわけではなかった。
 軽く息を吐いて大将青雉から提出された書類を放り、サカズキの手が先ほどまで処理をしていた書類へと伸びる。
 一枚、二枚とそれを片付けたところで、給湯室から顔を出したナマエがサカズキの方へと近づいてきた。

「お待たせしました」

 言葉とともに机の端に置かれたトレイに、サカズキの手がペンを止める。

「…………何じゃァ?」

 湯呑の隣に置かれた茶菓子に、サカズキが怪訝そうな顔をした。
 ただの和菓子であるようだが、あまり甘いものを好んで食べないサカズキへ、ナマエがそういったものを出してくるのは随分と珍しい。
 サカズキの問いに、ちょっと買ってきました、とナマエは答える。

「あまり甘くなかったので、サカズキ大将もよかったら」

 そう言って笑ったナマエへ、怪訝そうな顔をしながらもサカズキの手がその和菓子へ伸びた。
 置かれていた楊枝で軽くそれを切り分けて、小さくしたそれを刺して口へ運ぶ。
 見つめられている中では何とも食べづらいものだということを感じながら、それでも口の中身を噛んで飲み込んだサカズキへ、どうですか、と言いたげにナマエがじっと視線を注いでくる。

「……まあ、食えんことァありゃせん」

「そうですか!」

 確かに甘さは控えめであったそれの感想をサカズキが口にすれば、よかった、ととても嬉しそうにナマエが笑う。
 つかんだ湯呑から渋みの強い茶を一口二口すすりながらそれを見やって、サカズキも小さく笑った。
 サカズキの一言や二言で簡単に嬉しそうな顔をするナマエを見ているのは、中々に面白いことだった。
 その苛烈な正義のせいでか、サカズキの周囲にはサカズキを恐れる者と心酔する者の割合が随分と多い。
 同僚や上司はその限りで無いにしても、ナマエのように真っ向から慕わしげな笑顔を向けてくる相手などそうはいない。

「まだありますから、次はろうそくでも立てますか?」

「……ろうそくなんぞ、どうしろっちゅうんじゃァ」

 ナマエへ向かってサカズキが尋ねると、俺の世界では誕生日にケーキへろうそくを立ててお祝いするんです、と至極まっとうなことのようにナマエが妄言を口にした。
 また始まったか、とそれを見やったサカズキへ、ナマエはにこにこと笑っている。
 『異世界』の話をナマエがするのは、サカズキへ対してだけだ。
 それがサカズキを信頼し信用しているからなのだと思えば、サカズキにそれを頭から否定できるわけもない。
 屑共に壊されてしまったナマエを、これ以上壊すわけにはいかないからだ。

「歌も歌うんですよー、海外の歌なんですけどね! こっちの世界ではあんまり聞かないですよね」

「歌か。よし、歌ってみィ」

「え?! ……はい、わかりました」

 否定する代わりに紡いだサカズキの言葉に、目を丸くしたナマエが小さく頷く。
 それから、少し恥じらうようにしつつ紡がれた子供だましのような歌を、サカズキは笑って受け取ったのだった。



end


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