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ひとりじめ
※トリップ系主人公は料理人



 アラバスタなんて名前の砂漠の国、漫画の中でしか見たことが無い。
 今俺がそこにいるのがどうしてなのかも分からないが、とりあえず夢の中でないことだけは確かだ。
 腹も減り暑さも寒さも感じる事実に震えながらも、どうにか生きていこうと頼み込んで仕事を貰って、気付けば王城の下働きだった。
 一応、『元の世界』では店を出していた程度には料理が出来たので、『変わった味付けをする料理人』として召し抱えられたのだ。
 この世界の食べ物は訳の分からないものが多くて四苦八苦しているけれども、まあ何とかやっていけている。
 特に協力的な相手を見やり、どうぞ、と皿の上のものを差し出した。
 置かれた皿の上の料理を見つめ、しばらくそれらを観察した誰かさんが、では、と言葉を落としてからそっと手を動かす。
 フォークで突き刺したそれを口へ運び、それからしばらく噛みしめて、ごくりと飲んだのが見えた。

「……うまい」

「それはよかった」

 緊張感がふっと和らいだのを感じて、ほっと息を零す。
 残りもどうぞ、と食事の先を進めると、頷いた彼がそのままフォークを動かした。
 少なめに作られていた皿の上のものを全て平らげた後で、丁寧な動きでフォークが置かれる。
 俺が淹れておいた茶を優雅に口にしているのは、俺がこの城へと召し抱えられた時、一番最初に声を掛けてくれた彼だった。
 ペルと呼ばれる男が空から降り立ち、鳥人間という異様な姿の彼があの漫画の中の人物と同一人物だと言うことを把握した時、俺はようやく自分が『異世界』にいると言う事実を飲みこむことが出来た。
 その後に出会ったコブラ国王やビビ王女に悲鳴を上げたりしなかったのも、ペルのおかげだと思う。

「これなら、ビビ様も間違いなくお喜びだろう」

 カップを置いてそんな風に言うペルは、普段の訓練場で見せるのとは違った少し柔らかい表情をしている。
 彼がどうしてこうやって俺の料理を口に運んでいるのかと言えば、俺が作る料理の半分程度がこの世界の人間でいうところの『珍しい料理』であることと、俺がこの世界の食材を使い慣れていないことが要因だった。
 自分で作ってみた料理を食べてもそれが正解なのか分からず、困り果てた俺の元へ最初に現れたペルに頼み込んで食べて貰ってから、この試食会は続いている。
 『うまい』も『不味い』もきっぱりと言ってくれる、料理人としてはありがたい存在だ。
 何より、あまり子供相手の料理を作らない俺に、『ビビ様』が食べられそうかどうかを教えてくれるのは助かる。
 子供の舌は鋭敏だから、苦いものや辛いものには気をつけないといけないのをすっかり忘れていた。

「それじゃあ、これは今日の夕食にしますね」

「ああ」

 そんな風に言いながらペルのカップへ茶のおかわりを注いで、ついでに茶請けの砂糖漬けを出す。
 ありがとう、と一言置いてそれらを受け取ったペルは、ひょいとつまんだ砂糖漬けの果物に軽く首を傾げた。

「……そういえば、昨日もこの果物だったな?」

 今が旬の食材だったのか、と軽く不思議そうな声を出した相手に、あははは、と軽く笑う。

「違いますよ。ほら、昨日それを美味しいとおっしゃっていたから」

 この国には鮮度の高い食材が少なくて、果物も遠くから輸入するときは干されていたり砂糖漬けにされていたりする。
 俺には結構味が濃く感じるのだが、食材のせいなのか、ペルがつまんでいるそれも甘さは控えめだった。
 自分が『美味しい』と感じたものをペルが『美味しい』と言ってくれたのが嬉しくて、ついつい今日も出しているのだ。
 同じ味が連日だが、数粒だけだから問題ないだろう、という軽い判断である。

「ペル様だけ、特別ですよ」

 そしてそう囁くと、俺の言葉にぱちりと瞬きをして、ペルは少しばかり困ったような顔をした。

「……私だけを特別扱いされては、困るのだが」

 そんな風に言うペルへまた笑って、用意してあった包みをペルの手元へと置く。

「それじゃ、こちらはビビ様へどうぞ。違う果物ですが」

 材料は違うが、それも砂糖漬けだ。
 きっと喜んでくれるだろうと笑いかければ、分かった、と答えたペルの手がひょいとそれを掴まえる。
 律儀な彼はきっとそれを王女に届けてくれるだろうと考えて、俺はそっと両手を膝の上へと置いた。

「それにしても、いつも申し訳ありません、こんなことに付き合って頂いて」

 そう言葉を落として、ぺこりと一つ頭を下げた。

『それなら、誰かに食べさせてみたらどうだ?』

 あの日、厨房で困り果てていた俺へそう言ったペルに、まさしく俺は救われたとも言える。
 それじゃあペル様お願いします! と間髪入れずに返した俺へペルは面食らったようだったが、しかし頼み込んだ俺を見捨てず、今日もこうしてわざわざ俺の料理を食べに来てくれている。
 こうやって会いに来てくれて、少し他愛の無い話が出来るのはとても嬉しい。
 しかしペルの負担になっている可能性は捨てきれず、そっと顔を俯かせた。

「でも、もしお忙しくなったら、ちゃんと断ってくださいね。もしくは、他の方に代わって頂くとかでも」

「いや」

 まだペル以外に親しい相手はそういないが、ペルが紹介してくれたら何とかなるんじゃないかと思いながらの俺の発言に、ペルがすっぱりと言葉を放つ。
 あまりにもあっさりと却下され、目を丸くしてペルへ視線を向けると、ペルが片手を口元にあてて俺から目を逸らしていた。

「……あの?」

「……いいや、何でもない」

 どうしたのか、と首を傾げる俺へ応えて、ペルの手がそっと自分の口元から離れる。
 それからそこに微笑みを浮かべて、ペルの目が改めてこちらを向いた。

「食べること程度が苦になる筈もないのだから、そんなに気にしなくていい」

「そう、ですか?」

 優しい声に言われて、小さく声を漏らす。
 そう言ってくれるのは素直に嬉しいが、本当に大丈夫なんだろうか。
 よく分からないが、まあいいか、と結論付けて、俺もペルへと笑顔を向ける。

「それじゃあ、明日も新しい食材を試したいので、よろしくお願いします」

「ああ」

 任せてくれ、とペルが笑ってくれたので、明日も頑張れそうだ。



end


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