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※転生幼馴染主人公とペンギン
※ペンギンに対する果てしない捏造



 ペンギンには、幼馴染がいる。
 ナマエという名前の彼は、気付けばペンギンといつも一緒だった、もはや兄弟とでも呼べそうなほどの親密さを持つ相手だった。
 どこへ行くのも一緒で、何をするのも一緒。そうやって育ったナマエが『海賊になる』と言ったペンギンについてきたのは、多分当然のことだったんだろう。

「お、ペンギンペンギン、見ろよこれ!」

 航海の最中、食料品の買い付けで立ち寄った島の一角で、声を上げたナマエがぱたぱたと手招きをしている。
 何だ一体、とため息を零してそちらへ近付いたペンギンは、ナマエが指差しているものを見つけて眉間に皺を寄せた。

「かーわいいなあ!」

 ニヤニヤと笑ってペンギンへ向けてそう言うナマエが指差していたのは、どうやらペットショップらしい店の店頭にある、目玉商品らしき生き物だった。
 柔らかそうな産毛をふるりと震わせて、丸い目がペンギンとナマエを見上げている。
 間違いなく鳥類だが、鳥と呼ぶにはあまりにも貧弱な両翼と、そして歩くのに不便そうな短い足を持ったその生き物が何という名前であるかを、さすがのペンギンも知っている。
 おさわり無料、なんてふざけた看板のつけられたその柵の傍に屈みこんだナマエが、柵の間からその中身にちょっかいをかけた。
 近寄ってきたナマエの手にかぷりと子ペンギンが噛みついているが、痛みを感じないのか、ナマエは楽しそうな顔のままだ。

「よーしよし、いい子だなーペンギン」

 そうしてわざとらしい甘い声で動物をあやすナマエに、がすり、とペンギンの足が蹴りを見舞った。
 腿のあたりに食らったそれに、うお、と声を漏らしたナマエが姿勢を崩す。
 それから見上げてきた相手をじろりと睨み付けると、ペンギンの視線を受け止めたナマエが柵の中から手を引っ込めた。 

「やだー、ペンギンくんったらこわーい」

 しかし、睨み付けられることなど慣れているナマエは、けらけらと笑ってそんなことを言うだけだ。
 馬鹿馬鹿しい、と言葉を落としてペンギンがその場を離れると、すぐさまナマエがその後を追いかけてきた。

「待て待て待て、置いてくなって」

「馬鹿なことを言うからだ」

「ごめんって」

 軽い調子で謝り、するりと腕を掴んでくる相手に、仕方なくペンギンの足がその歩む速度を緩める。
 怒っていても仕方がない。
 ナマエがふざけているのはいつものことなのだ。
 ペンギンがふざけるよりも多い頻度で冗談を言って、ペンギンを笑わせたり怒らせたりする。
 うまが合うらしく、シャチとつるんでいることも多くて、それはとてもペンギンをイライラとさせていた。
 人の行動を制限するだけの権限などペンギンにはないし、幼馴染でしかない相手を『自分のものだ』と主張するつもりもない。
 どうしてナマエがシャチと仲良くしていることが苛立つのかも分からないが、だからこそ今日の買い出しには自分で立候補して、船番をしようかななどとふざけたことを言っていたナマエを引っ張ってきたのだ。

「な、こっちから行こうぜ」

 荒く足を動かすペンギンへ声を掛けて、ナマエの手がぐい、とペンギンの腕を引く。
 それにつられてペンギンが進行方向を変えると、ナマエはそのまま裏路地の方へと足を進めてしまった。
 夜は酔っ払いや客引きで溢れているのだろう裏通りは、今が真昼間という時間帯であるせいか随分と静かで、日向で目を細めている猫以外には誰もいない。

「こっちであってるのか?」

「ん、さっきのショップの店長さんに聞いたからな」

 近道だってさ、なんて言ったナマエが笑って、ペンギンの方をちらりと見やる。
 いつの間にそんな会話を交わしていたんだ、とペンギンが軽く眉を寄せるのに合わせたように、ナマエが途中の角を曲がった。
 建物の影になって薄暗いそこへと引っ張り込まれて、目の前が行き止まりであることに、ペンギンが目を丸くする。

「ナマエ?」

 右にも左にも前方にも建物がそびえるだけで、店すら無い。
 薬を買いに行くのにここへ曲がる必要があったのか、と戸惑ったペンギンの方へとナマエが向き直り、荷物を小脇に抱え直したその両手が、片手を荷物で塞いだペンギンの自由な片腕を掴み直した。
 戸惑うペンギンをじっと見つめて、一歩、ナマエがペンギンの方へと足を踏み出してくる。

「あのさァ、ペンギン」

「な……んだ?」

 近くで囁くような声を出されて、ペンギンもひそめるように小さく声を漏らした。
 ペンギンの顔を見つめたままで、ナマエがどことなく真剣な顔をする。

「今日俺を誘ったのって、何で?」

「……は」

「ほら、最初はシャチが行くって言ってただろ」

 お前だって船の上の方がいいって言ってたのに、と続いたナマエの言葉に、ペンギンの頭の中を潜水艦でのやりとりがめぐる。
 確かにナマエの言う通り、あの時のペンギンは、船番をしているつもりだった。
 ナマエも同じようなことを言っていて、買い出しはしたくないが陸に降りたいと言う何人かのクルーがじゃんけんを始めるいつもの流れだ。

『買い出し苦手だけど、おれも降りようかなー、ナマエ、お前も行こうぜ』

 途中でそんな声が聞こえなかったら、買い出しなんて面倒なことを引き受けることなんて無かったに違いない。

「……別に、やっぱり降りようかと思っただけだ」

 そっとそう返事をして、他に理由があるのか、とペンギンは目の前の男へと尋ねる。
 それ訊いてるの俺なんだけど、とナマエが笑い、それから仕方なさそうにため息を零した。

「まあ、でもあれだ。ペンギンのそういうとこ、俺慣れてるしな」

「そういうとこ?」

「思わせぶりで、鈍感で、ひどいとこ」

 何やら酷い評価を寄越されて、ペンギンの目が眇められる。
 じろりと睨み付けてくる海賊にひるむことなく、ナマエはもう一歩ペンギンとの距離を詰めた。

「なあペンギン、練習しよう、久しぶりに」

 そうして囁かれた甘ったるい声音の『誘い』に、ペンギンはぱちりと瞬きをする。
 それからそのまま『何を考えているのか』と怪訝そうな顔になったのは、ここが屋外で、そしてナマエの言う『練習』が何であるかを知っているからだった。

『練習、しよう』

 ナマエがそう誘いかけてきたあの日から、ペンギンとナマエのそういう関係は続いている。
 小さな頃は分からなかったが、成長した今は、それが少しいびつな関係なのだとペンギンだって知っていた。ペンギンもナマエも男なのだ。
 それでも、ペンギンがそれを『いやだ』と思ったことは無かった。
 それがどういう意味を伴うのか、ペンギン自身分からないままだ。

「……そういうつもりで裏通りまで来たのか」

「はは、大丈夫だって、外で脱がせたり脱いだりしないから。ちょっとだけ」

 じとりと見つめた先でナマエが言って、最近してなかったろ、とナマエが言う。
 確かにナマエの言う通り、その『誘い』の頻度は減っていた。
 厳密には『最近』ではなく、ポーラータング号に乗って島を離れてからだ。
 さすがに四六時中色々な人間と共にいる中で、自分達の秘め事を公開する気はペンギンにもない。
 だとすれば、こうして二人きり、人通りの無い裏路地の隅にいると言うのは絶好のチャンスなのか。
 そこまで考えがいたって軽く目を瞬かせ、仕方なさそうにペンギンは溜息を零した。

「……少しだけだからな」

「さすがペンギン。男前だなァ」

 嬉しそうに楽しそうにそんな風に言って、ナマエがそっとペンギンへと顔を寄せてくる。

「可愛いよ」

 そうして放たれた囁き声は、あのペットショップにいた動物に放っていたのと似た響きを持っている。
 しかし、あれより数倍甘かったので、ペンギンは触れてきた唇に噛みつくのを堪えてやったのだった。



end


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