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エースくんの恋人
※このネタから、物理的にちっちゃい主人公とエースくんとマルコ隊長




「俺の体に耐火性能を付けるにはどうしたらいいと思う?」

「……何だよい、急に」

 机の上から寄越された言葉に、マルコの口から呆れた声が漏れた。
 それを聞き、俺は真面目に話してるんだ、と主張した男が全身を使ってテーブルを叩き、己の心情をアピールしている。
 やめろよいインク壺が倒れる、とそれをマルコが片手で抑えると、むぎゅ、と小さく声を漏らした小さな体がマルコの掌によってテーブルの上へと押さえつけられる。

「マ、マルコ、くる、くるし……っ」

「おっと、すまねェな」

 小さく寄越された訴えにマルコがひょいと手を離すと、圧迫感から解放されたらしい彼は、テーブルに這うような姿のままでじろりとマルコを睨め上げた。

「もう少し手加減してくれよ、俺か弱いんだからな」

「男の台詞とは思えねェよい」

 訴えられてマルコは肩を竦めるが、しかし男のその言葉は真実だった。
 どう見てもマルコの掌に乗る程度の大きさしかない、小さな彼は、その体躯に見合った程度しか体力も無ければ力もない。
 小さいが故に姿を見られにくいと言う利点はあるが、それほど素早いわけでもなければ、気配を消すことも出来ない、『小さい』ということを除けば『普通』の人間だ。
 グランドラインには小人族と呼ばれる種族もいるが、それらともどうも違う様子の彼がこのモビーディック号にいるのは、エースが彼を見つけたせいだった。
 新聞のついでに配達されてきたのだと言う小さき男は『ナマエ』と名乗り、己の故郷もマルコ達へ告げたが、今のところその島を発見できてはいない。
 どうやってニュース・クーに運ばれてきたのかを聞いてみても『落ちた』としか言わないのではお手上げだ。
 グランドラインは不思議の集まる非常識な航路なので、まあそう言うこともあるだろう、というのがマルコ達の敬愛する『オヤジ』の発言だった。

「それより、エースはいいのかよい、ナマエ」

 軽く机へ頬杖をついたマルコがそう尋ねると、まだ寝てると思う、とナマエが答える。
 それからその顔が少しだけ曇り、小さなその顔を見下ろしたマルコは軽く瞬きをした。

「……なんだ、喧嘩でもしたかい?」

 『おれが拾ったからおれが面倒見る!』と、ナマエがこの船にやってきたあの日に声を上げたのは、たまたまニュース・クーに配達されたナマエを発見したエースだった。
 マルコが知っているだけでも甲斐甲斐しく、エースはナマエの世話をしていたように思える。
 大きさを度外視した見た目で言えばエースより年上に見えるのだが、ナマエはとにかく小さかった。
 着るものすらなかったナマエが今その身に服を着込んでいるのは、エースがナース達に教わるがままに立ち寄った島の店で人形の服を買い込んでいるからだ。
 いつもはその背中の『誇り』を見せびらかして歩くのに、ナマエを連れて歩きたいからと、時々彼を胸ポケットに収める上着を着込んで町へ繰り出すようにもなった。
 どう考えてもエースはナマエを気に入っているし、ナマエもそんなエースを頼ってか殆どそばを離れなかったのに、今こうやって離れているということは、『離れたくなる』ような何かがあったのか。
 そんなことまで頭の中で考えて尋ねたマルコに、何で喧嘩なんてするんだよ、とナマエが軽く首を傾げる。

「相変わらず仲良くしてくれてるよ。次の島でも一緒に降りてくれるってさ」

「へェ、そいつァ良かったねい」

「……だけどさ」

「ん?」

 楽しい筈の話の途中で声を弱くしたナマエに、マルコが頬杖をついたままで声を漏らす。
 どうしたのか、と先を促すマルコの視線を受け止めて、ナマエがこそりと言葉を零した。

「……海楼石つけてくって言うんだ……」

 とても困った顔をして、ナマエがそんなことを言う。
 今の会話から、それが『誰』の発言なのかを考えて、マルコは眉間に皺を寄せた。

「……何でだよい」

 『火拳』の名を持つポートガス・D・エースは、その二つ名にふさわしい悪魔の実の能力者だ。
 目の前の敵を屠り、仲間を背に庇う彼から放たれる赤い炎は、マルコのそれとは違い、分かりやすく攻撃的な熱を宿している。
 マルコや他の何人かの兄弟達と同じく、エースは、その顔からして悪魔の実の能力者であることが知れ渡っていた。
 そんな彼が自らを弱らせる『海楼石』を身に着けるなど、同じく悪魔の実の能力者であるマルコからすれば全く理解の出来ない話だ。
 戸惑うマルコの声を聞き、危ないよなあ、と声を漏らしたナマエがとても困った顔をする。

「ほら、この前の時、俺ちょっと火傷しただろ」

「この前……ああ」

 呟くナマエの言葉に、彼の示す『この前』を思い出したマルコは一つ頷いた。
 敬愛する『白ひげ』を馬鹿にした海賊に怒りを示したエースが、その片腕を炎に変えた時、その体の一部は炎と化していた。
 簡単に敵を蹴散らしたエースがその後で慌てていたのは、彼が着込んでいた上着のポケットに、ナマエが潜んでいたからだ。
 幸いなことにナマエがいたのはエースが炎に変えた腕がついているのとは逆側で、ナマエは足先を軽く火傷しただけだった。
 今はすっかり良くなっていて、この間ナースが作ったと言う布靴に覆われている。

「そういや、あんときのエースを宥めるのには苦労したよい」

 エースはとても落ち込んでしまっていて、宥めるのに随分とかかった覚えがマルコにはあった。
 ナマエの足が軽傷だったことは幸いだっただろう。もしも更に大きな火傷をしていたのなら、エースが復活するまでに何晩かかったかも分からない。
 案外と、エースは色々なことを抱え込んで気にする性格であるようだった。
 なるほど、と一つ頷いて、マルコは頬杖をついているのとは逆の手でくるりとペンを回した。

「それで海楼石かよい」

 確かに、海楼石をつけていれば、間違いなくあんなことは起きないに違いない。
 しかしそれ以外の問題としては、弱体化した賞金首を賞金稼ぎや海兵、そして名をあげたい海賊達が放っておいてくれるかということだった。

「……駄目だねい」

 少し考えてみたが、どれもこれも最悪の事態しか思い至らず、マルコはふるりと首を横に振る。
 それを見上げ、そうだよなと頷いたナマエが言葉を続けた。

「それじゃあやっぱり、俺の体にこう、耐火性能をつけるしかないんじゃないか?」

 どうすればいい、と訊ねてくるナマエの顔は真剣そのものだ。
 エースを危険にさらしたくないと言うのならば、エースと共に島を降りなければいいのではないだろうか。
 そんな風に考えついたが、まさか久しぶりの陸に降りるななどと言えるわけもなく、マルコの口が軽くため息を零す。

「……そんな便利なもんがあるかよい」

 そうしてそう言ってやったマルコの前で、なんだよ、と口を尖らせたナマエの顔は大変生意気だったので、マルコは小さな男の頭を指先で軽く小突いてやった。







 夜が更け、隊長格とは言え免除はされない見張りの当番を終えたマルコが自室へ戻る傍ら、ふとその足を止めたのは、通りがかった倉庫の中から小さな物音がしたからだった。

「ん?」

 誰かの話し声のようなそれに首を傾げて、マルコはこっそりと扉へ近寄る。
 半分開いていた扉を音もなく押し開き、そっと中をのぞき込むと、倉庫に置かれた棚の隙間から覗く倉庫の奥にランタンが置かれて、その傍らに青年が座り込んでいるのが見えた。
 普段その頭の上に乗っていることの多いテンガロンハットを傍らに置いているのは、誰がどう見てもエースだ。
 その目が向けられているのは、たてられたエースの膝の上で、そしてそこに小さな何かが座り込んでいる。
 離れた場所でも、それがナマエであると言うことはマルコにも分かった。
 ナマエは体に見合った声しか出せないからだろう、エースは少しナマエへ顔を近づけていて、時折漏れて聞こえるのはエース自身の声だけだ。

「……何してんだよい、こんな時間に」

 その様子を眺めてため息を零しつつ、マルコは小さく呟いた。
 真夜中を過ぎたこの時間、普段ならエースはすっかり眠り込んでいる筈だ。
 それがどうしてか、元『スペード海賊団』で半分ほどが埋まっている大部屋を離れ、こんな倉庫にナマエを連れ込んでいる。
 エースの横には帽子の他に小さな酒瓶も置かれており、ランタンに照らされたそれの中身が少なくなっている様子からして、結構な時間をここで過ごしているようだ。
 エースの見張り当番は今日は組まれていないが、明日は早朝から作業が入っていたはずである。
 この夜更かしの所為で寝過ごした、なんてことになったら周りに示しがつかないのではないか、と考えたマルコが一声かけてやろうかと息を吸い込みかけたところで、エースの膝の上に座っていたナマエがひょいとその場から飛び降りた。

「ナマエ!?」

 ナマエにしては結構な高さから跳んだことに、エースが慌てた声を上げる。
 マルコから見えない位置に移動してしまったのでナマエの姿は見えないが、慌てた顔をしていたエースがしかし立ち上がろうとはしないので、どうやら怪我はしていないらしい、とマルコは判断した。
 そのうちに、エースがナマエの動きを追いかけて視線を動かし、やがてエースの体をよじ登ろうとするナマエの姿が見えてくる。
 途中でエースが彼を掴まえて、その手がそのまま自分の肩口へとナマエを乗せた。
 エースの肩を跨ぐようにして姿勢を安定させた後で、ナマエがそっとエースの顔へとにじり寄る。
 『耳を貸せ』とでも言われたのか、ナマエの方を見るのをやめたエースがナマエの側へと軽く頭を傾がせて、その耳元へとナマエが更に体を寄せた。
 一丁前に小さな手で自分の口元を囲って、ナマエがなにがしかをエースへ言い放つ。
 マルコにそれは聞こえなかったが、目を見開いたエースの様子に、それがエースを驚かせるような言葉であったらしい、ということはマルコにも分かった。
 ランタンに照らされているエースの体が、じわりと赤くなったように見える。
 どうしたのか、とマルコがわずかに戸惑いながら観察した先で、口元から手を離したナマエの両手がエースの顔に触れて、それから近寄った小さな頭がエースの頬へと押し付けられた。
 リップ音は聞こえなかったが、どう考えても頬へ贈られている口づけに、マルコがぱちりと瞬きをする。
 頬に口づけられているエースの方は、驚いてはいるが嫌がっている様子はない。
 それどころか更に顔を真っ赤にして、そわそわと落ち着かない様子だ。
 スキンシップの激しいクルーの何人かは似たようなことをするが、エースとナマエのやり取りがそういったものではないと言うことは、覗き見ているマルコにも分かった。
 こんな場所で隠れて何をしているのかと思っていたが、どうやらこれは二人の『逢引き』であったらしい。

「……何してんだよい」

 男だとか、体の大きさだとか、その素性だとかもろもろのことは放っておいて、思わずマルコは倉庫を覗き込んだ時と同じ言葉を口にしていた。
 眉間に思わず皺を寄せてしまったのは、仕方の無いことだろう。
 その間に耐えられなくなったらしいエースが更にその体を赤くして、ついでに倉庫の奥からわずかに焦げ臭いにおいが零れ始めた。
 明らかなその事実に舌打ちを零して、マルコがわざと大きく音を立てて扉の残りを開く。

「うわ!」

「!」

「わ、悪ィ! ナマエ!」

 驚いた様子で立ち上がったエースの肩から転げ落ちたのか、不明瞭なナマエの悲鳴が聞こえて、それにエースが詫びている。
 それを聞きながら倉庫の奥へと踏み込んだマルコは、一番奥に隠れ潜んでいたエースとナマエの周囲をじろりと見回した。
 被害状況は、どうやら少し焦げている倉庫の壁だけだったようだ。
 不幸中の幸いだろうが、この倉庫の荷物の半分はアルコールだ。モビーディック号を火事にされるのは頂けない。

「マ、ママママ、マルコ!?」

 両手でナマエを拾い上げたまま、エースが慌てたように声を漏らす。
 相変わらず真っ赤なその顔を見おろし、その手の中にいるどうやら無事だったらしいナマエも睨んでから、マルコの手が二人へ伸びる。
 エースの手からナマエを奪い取り、ぎゃあと悲鳴を上げるナマエを無視して、マルコからナマエを救い出そうと伸びてきたエースの腕をいなしてその首根っこを掴まえた。
 それからそのままぐいと引っ張って、二人を掴んで倉庫から追い出す。

「いちゃつくんなら表でやれよい」

 モビーを燃やされちゃかなわねえ、と声を漏らしながらエースを引っ張り、ぽいと甲板へエースを放る。
 夜闇の最中でもいくつかランタンの置かれた甲板は薄く明るさを保っていて、うわ、と声を漏らしながら転んだエースの腹の上へナマエを落とすと、むぎゃ、とナマエが声を上げた。
 目を白黒させて戸惑っているエースは放っておいて、痛い、ひどい、横暴だと打ち付けたらしい顔をさすりながらナマエが抗議してくるのをマルコの目が見下ろす。

「大体、やるんなら口にでもバシッと決めろよい、男らしくねェ」

 頬にキスだなんて、ただの友好的なスキンシップでなければ幼児がやるようなものだ。

「んな……っ!」

 どうやら、ようやく自分達の行動が『見られていた』とわかったらしいナマエが、先程のエースのように顔を真っ赤にしている。
 同じく顔を真っ赤にしたエースの方も、身動きが取れないようだ。
 甲板に転がるエースとその上のナマエを見おろし、明日には響かねえ程度にしろよい、と言葉を落として、マルコはくるりとナマエとエースへ背中を向ける。
 そのまま甲板を後にした背後で、何かとても大きな音が聞こえたが、マルコは振り返らなかった。







 翌日の昼頃聞いた話によると、モビーディック号の甲板からは火柱が上がったが、どうやらギリギリのところでエースはナマエを自分から引き離すことが出来たのか、火傷などの負傷者は一人も出なかったらしい。
 しいて被害を語るなら、恥じらったエースが今も医務室でシーツの繭になっていて、ナース達がナマエを妙に詰るらしい、という程度だろうか。
 医務室にあるのはただのシーツだが、今のところ炎の被害は受けていないようだ。

「へェ、それなら海楼石が無くても平気そうだねい」

「今はそういう話をしにきたんじゃない!」

 報告を受けて頷いたマルコに、ナマエがジタバタと地団太を踏んでいる。
 雰囲気を台無しにしたことにお怒りの小さな男は、マルコが軽くつつくとテーブルの上でころりとひっくり返ってしまった。


end


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