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「俺達結婚します」
※転生トリップ系主人公はCP末端
※ジャブラが可哀想につき注意



 ほんの出来心だったのだ。
 この世界に生まれ直して、どうしてだか生家がサイファーポールの人間を何人も輩出していると言うサラブレッドな家系で、例に漏れずその資格を手にしてしまった俺がサイファーポールの末端の人間になって、はや幾星霜。
 同じ年頃だったからか『あの』ロブ・ルッチとも仲良くなって、所属は違っても親しく会話を交わせるようになった。
 同じように他のCP9とも仲良くなったし、冗談を言い合ったり、一緒に飲んだくれたり、任務に同行されたこともある。
 特に仲良くなったのはジャブラだ。
 よくルッチに喧嘩を仕掛けてはものすごい負け方をするジャブラに、ひょっとして俺の知っている未来にたどり着く前に死ぬんじゃないのか、と思ってしまって手当をしたのが最初だった気がする。
 案外この世界の人間は丈夫で、三日前にルッチにぎたぎたにされたはずのジャブラは今日もぴんぴんしていた。
 そして、そういえば今日は、と今日の日付とこの世界にもあった風習じみた行事を思い出した俺が出した提案に乗ってくれた、いい奴である。

『……まァ、化け猫相手にそれを言うのはすげェ楽しそうだな、乗ったぜ』

 ニヤニヤと笑って意味の分からないことを言いながら、俺の提案に乗ってくれたジャブラは本当に、付き合いのいい男だ。
 そして繰り返すが、ほんの出来心だったのだ。

「……それで、ナマエ」

 低く唸られて、びくりと体を揺らす。
 俺の目の前に佇むCP9最強の男が、ゆるゆるとその姿を人間のそれへと変化させていた。
 先ほどまでぱつぱつになっていた上着も元通りで、その顔や肌からまだらが消えて、ちょっと可愛かった尻尾もいなくなった。爪も牙も無い。
 ただ一つ先ほどと変わらないのは、この部屋での呼吸すら困難にさせようとしているほどの、溢れんばかりのその怒気だけだ。

「『誰』と『誰』が結婚する、だと?」

 唸りながら頭を掴まれ、ぐいと上向かされて、いやあの、と声を漏らした。

『ルッチ! 俺達結婚することになった!』

 部屋を飛び込んで開口一番にそう放ち、ジャブラと手を握り合っていた十分前の俺を殴りたい。
 すでに道すがら数人に同じ宣言をしていて、彼らの対応がまったく面白くなかったから、今度こそ、と少し気合いが入っていたのは覚えている。
 何せカリファは『あら、そうなの。おめでとう』と祝福までしてくれて、カクは『なるほど、そういえばエイプリルフールじゃったのう』と言っただけだった。
 ブルーノに至っては『頑張れよ』とどうしてかジャブラにのみ応援の言葉を投げる始末で、男と男が結婚するとか馬鹿なことを言っているんだからもう少し何か無いのかと、俺はとても不満だったのだ。
 そしてルッチへ宣言した数秒後、俺の横でジャブラが床に沈められた。
 手を掴んでいたから俺も一緒に床へと引き倒されて、驚いて手を離した俺の傍で始まった怪獣戦争の勝者は、いつもの通りルッチだ。
 ジャブラは痙攣しかしていなかったが、大丈夫なんだろうか。

「ナマエ」

 ジャブラの方を見ようとした俺の目の前に、ルッチの人差し指が伸ばされる。
 それはたった一本の指だが、俺に言わせれば銃口を向けられたのと変わらない。俺は鉄塊が得意じゃないから、まず間違いなく片目が無くなる。
 だからこそ慌ててルッチへ視線を戻すと、少し身を屈めたルッチの両目がまっすぐに俺の顔をのぞき込んでいた。
 不機嫌極まりないその顔を見上げて、ごく、と軽く喉を鳴らす。

「あの……う、嘘です、ごめんなさい……」

 どうして謝らなければならないのか全く腑に落ちないが、ここで謝らなかったらジャブラのようになることは間違いない。
 俺はジャブラのように頑丈じゃないから、そうなれば間違いなく死ぬだろう。
 『ワンピース』の世界で長らく生きていく秘訣は、長いものに巻かれることだと思う。主人公達ならともかく、ただの脇役として生まれた俺が大きなものに逆らって生き残れるとは思えない。
 俺の言葉に、嘘だと? とルッチが低く唸る。
 怪訝そうなその顔を見上げて、エイプリルフールだから、と言葉を零した。

「その、軽い嘘くらい吐いてもいいかなって……」

 思って、と続けたかった言葉を、もごりと口の中で濁す。
 こちらを睨むルッチの目が更に鋭さを増したからだ。
 正直言ってとても怖い。
 仲良くやってきたと思っていたけど、そういえば俺は今まで、ルッチにここまで怖い顔はされたことが無かった気がする。
 実力差がありすぎてじゃれ合うことも出来ないから、ジャブラやカクを沈めた時みたいな笑顔だって向けられたことはない。
 ひょっとして、俺はルッチにとって『友達』じゃないんだろうか。
 だとするとまさか、ルッチのこの怒りようは、『ジャブラ』という友人に俺がふさわしくないと言う苛立ちからくるものだったりするんだろうか。
 思い至った考えに何だかだんだん悲しくなってきて眉を寄せると、俺のことを睨み続けていたルッチの手が緩んだ。
 する、とその手が離れて、こちらから目を逸らしたルッチがふんと鼻を鳴らす。

「くだらん嘘を吐くからだ」

 馬鹿馬鹿しい、と唸るルッチに、ごめん、ともう一つ謝っておく。
 許してもらえるのかは分からないが、ひとまずこちらを解放してくれるつもりらしいルッチが俺から離れていくのを見送ってから、俺はもう一度ジャブラの方へと顔を向けた。
 やっぱりジャブラは痙攣したままで床に沈んでいる。
 少し白目をむいている気もするし、本気で気絶しているようだ。
 体のどこかが恐ろしいほどねじ曲がっているわけじゃないが、大丈夫だろうか。
 あんな嘘に巻き込んでしまったがための惨事に、俺はそろりとジャブラの方へと近寄った。

「ジャブラ? だいじょう……」

「ナマエ」

 そっと声を掛けようとした俺の上から、低く声が落ちる。
 それを受けて顔を上げると、先程離れていった筈のルッチが、どうしてかまたすぐそばに立っていた。
 相変わらず不機嫌そうな顔で、伸びてきた手が俺の首裏を掴まえる。
 人生初、首を掴んで体を持ち上げられる格好になった俺は、驚きながらも慌てて両足で自分の体を支えることに成功した。
 俺を無理やり立たせたルッチが、そのまま俺の腕をつかんで引っ張る。
 そうして、先程座っていた椅子へと腰を降ろし、長い足を組んでから、自分の横に佇ませた俺をじろりと見上げた。

「…………ル、ルッチ?」

 じい、っと注がれる視線に戸惑いながらも、どうにか傍らにいる彼の名前を呼ぶ。
 それを聞いてか、ゆっくりとこちらから視線を外したルッチが、先程まで触っていたんだろう書類へ手を伸ばしながら口を動かした。

「どうせそんなくだらない嘘に巻き込むんなら、おれにしておけ」

「え」

 きっぱりと放たれた言葉に戸惑いの声を漏らしたものの、ルッチは俺の事なんて気にもしていないのか、それきり何も言わない。
 しかし片手は俺の腕を掴んだままで、逃がすつもりが無いことは簡単に分かった。それでも俺の腕がそこから折れたりしていないのは、ルッチがそれなりの手加減をしてくれているからだ、ということも分かる。
 どういう意味だろうか、と少しばかりルッチの横でルッチの言葉の意味を探ってから、はた、と思い至ったことに、俺は目を瞬かせた。

「ルッチ……」

 それはもしやつまり、自分も『悪戯』に誘って欲しかった、と言うことだろうか。
 確かにそう言えば、俺はルッチを遊びに誘ったことが無い。
 何せルッチはCP9最強をほしいままにする男で、それなりに多忙だからだ。
 その代わりこの部屋に来て他愛も無い話をしたりだとか、給仕から預かってきた飲み物を淹れて出したりだとか言う下っ端極まりない雑用をすることが多かった。
 仲良くなりたいと努力していたし、仲良くなっているつもりではいたけど、遊びに誘ってもらえなくて怒るだなんて年齢に見合わない怒り方をしたルッチに、何となく口元が緩んだのを感じる。
 かわいい、なんて言う感情を目の前の男に抱くのが間違いだと言うのは分かっているけど、かわいいものはかわいい。
 それに、『ロブ・ルッチと結婚することになりました』なんていう『嘘』、インパクトも最大だ。
 ここまで付き合ってくれたジャブラには悪いけど、それも面白そうかもしれない。

「……それじゃあ、そうしようかな。ジャブラの手当てをしたら」

「あいつにそんなものはいらん」

 俺の言葉に言い放つルッチをどうにか説得してジャブラを手当てした俺は、そのままルッチと一緒にジャブラを医務室まで運び入れて、それからあちこちで『嘘』を披露することにした。
 いつの間にか俺がルッチによってジャブラから略奪されたという噂がたっていたので、多分どこかでフクロウが見ていたんだと思う。



end


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