「好きだよ」
※転生系トリップ主は嘘吐き
『自分が漫画の世界にいる』と気付いたのは、生まれてしばらくしてからの事だった。
正直なところ、この体が生まれ直した体でなかったら、恐らく俺は今頃、この世にいなかったと思う。
何せ俺の親は政府の特殊諜報機関所属の人間で、当然のように俺もその特殊訓練を受けることになったのだ。
血まみれになって、傷だらけになって、這いずりながらそれでもどうにか生きて、気付けば俺も特殊な職業に就いていた。
さすがにCP9なんて呼ばれる恐ろしい秘匿の機関に雇用されるような秀でたものは無かったが、それ以外だって『正義』の名のもと色々な汚いことをする。
政府の言う『悪人』を殺したり陥れるたびに記憶の中から遠のいていった『前世』は、今思えばまるで夢のように平和な世界で、もしも俺がこの世界を『知って』いなかったら、ただの妄想だったんだと結論付けていたかもしれない。
しかし俺はこの世界を『知って』いて、だから多分、あの世界で生きていた『記憶』は本物だ。
だけど、誰も俺と同じ『世界』を知らなかった。
「カーク」
「なんじゃ、ナマエか」
見慣れた背中に声を掛けた俺の前で、足を止めたそいつがくるりと振り向いた。
誰がどう見たって特徴的なその鼻でCP9に所属するカクを見やり、足早にそちらへと近付く。
「久しぶりに会ったな、どこへ潜入してたんだ?」
「そう言うのはフクロウに聞けばええじゃろ」
わしは言わんぞ、なんてつれないことを言った相手に、あはは、と笑う。
俺の笑顔を見てから、眉を寄せたカクが被りっぱなしだった帽子を頭から外した。
短く刈られた髪を軽く撫でつけて、それからその口が言葉を零す。
「そっちこそ、またどこぞに潜入しとったんじゃろう、ナマエ」
怪我なんぞしよって、なんて唸りながら伸びてきた手が俺の頬を掴まえて、張り付けてあったガーゼを剥がした。
その下から現れただろう傷跡へ視線を注ぐカクを見あげながら、まあ仕方ないな、と言葉を返す。
「一万人と徒手で戦った俺をまずは褒めるといい」
「相手は三人で、ナマエは武器を持っとったと聞いたがのう」
やれやれ、と軽く首を横に振って、カクは俺へ自分が剥がしたガーゼを手渡した。
「なんでそう、しょうもない嘘を吐くんじゃ」
呆れたようにそう問われて、俺はひとまず受け取ったガーゼを自分の頬へと貼り直した。
それからそのままカクへ向けて微笑みかける。
「俺、『嘘吐き』だから」
『ナマエはうそつきじゃ!』
いつだったか、小さかったカクが俺へ面と向かって言った言葉だ。
あの日の俺は確か『前世』の話をしていて、それを聞いていたカクからの質問に端から答えていたところだった。
日常的に海賊に遭遇することもなければ、この世界で言うところの『海軍』もなく、海王類もいない。偉大なる航路もなく世界政府もいなくて、サイファーポールもない。
今になって考えてみると、恐らく俺の語る夢みたいな世界の話は、毎日の殆どが訓練漬けになっていたカクの神経を逆なでしてしまったんだろう。
そう怒鳴ったカクはしばらくヘソを曲げていて、自分の何が悪いかその時は理解できなくて何も言えないでいた俺との仲が元通りになるのには、一ヶ月かかった。
その間にカクの『友人』の何人かがそれぞれ俺の話を聞きに来て、口々に俺の『記憶』を『嘘』だと言った。
本当のことを話しても『嘘』だと言われるのなら、もういっそ嘘吐きだと思われてしまった方がいい。そうしたら、カクを怒らせても『ごめん』と謝れば済むことだ。
カクと話す時に『嘘』が入り混じるようになったのは、確かあの頃からだった。
頭の中身の年齢を考えると大人気ない気もするけど、この世界に『生まれ直した』俺の体はカクと同い年だ。それに、それだけ傷付いたんだから、少しくらいは大目に見てほしい。
「実は舌が二枚に分かれとらんか?」
「見てみるか?」
尋ねたカクの前で無防備に口を開くと、それに合わせて俺の口の中を覗き込んだらしいカクが、ちっこい舌じゃのう、と呟いた。
「そんなんでよくそれだけ嘘を転がせるもんじゃ」
「ひっどいなあカクは」
唸るカクに笑いかけて、そんな風に言葉を紡ぐ。
そこでふと今日の日付を思い出し、カクも言ってみたらいいのに、と口を動かした。
「今日はエイプリルフールだし」
「ん? なんじゃ、もうそんな日か」
俺の言葉に軽く頭の中のカレンダーをめくったらしいカクへ頷くと、本当じゃった、と呟いたカクの目がぱちりと軽く瞬く。
俺だってたまには本当のことを言うに決まってる、とそれへ言い返し、俺は軽く胸を張った。
「報告書で訂正を貰ったことが無いんだ、俺は。どこかのジャブラと違って」
「思い切り名指しじゃし、この間書類を戻してやったのはわしじゃったろう」
ナマエの口から出るのは嘘ばっかりじゃ、と唸るカクの手が、それから軽く顎を撫でる。
何か嘘を吐こうとしているのか、少し目を彷徨わせた相手を見つめてから、俺は先に口を動かした。
「カク」
呼びかけると、こちらから離れていた視線が改めて俺の方を向く。
それをまっすぐに見つめ、俺の頬を傷つけたあのターゲットを騙したのよりも気合いの入った笑顔を向けて、俺は柔らかく響くよう気を付けて言葉を吐いた。
「好きだよ」
真摯に、囁くように。
ハニートラップを仕掛けるのは女性だけの仕事でも無いし、生まれ直したとはいえどこぞの誰かさん達には劣る俺にとっても、それは大事な手段だった。
愛の言葉なんて、サイファーポールにとってはそれこそただの道具でしかない。
今の俺にとっても同じだ。
だからこそ、俺は更に口を動かした。
「好き好き、すごく好き。だーいすき」
「……どんどん薄っぺらくなっとるんじゃが」
俺の最初の言葉に瞠られたカクの目が、だんだんと据わっていく。
もう少し真面目に言わんか、と言葉を続けて、カクの手が帽子をかぶり直した。
「せめて今日が『エイプリルフール』じゃとネタ晴らしする前に言わんと、何にも面白くないわい」
「酷いなあ、俺は真剣に言ってるのに」
「どこがじゃ。もう少し真面目な顔でやらんか」
俺の言葉を切って捨てて、カクが一歩こちらへと近付いた。
こちらの顔を覗き込むようにされて、俺は軽く目を瞬かせる。
長い鼻がこちらに触れる寸前で近寄るのをやめたカクが、すごく間近で唇を動かした。
「……わしも好きじゃ」
絞り出すように零れた声が、そんな風に言葉を綴る。
それを聞いて少しばかり目を見開いた俺の前からすぐに離れて、お互い分かっててやると変な空気にしかならん、とその場の空気をぶち壊したカクがため息を零した。
「ブルーノは知ってそうじゃしのう……そうじゃ、ルッチなら『エイプリルフール』なんて気にしとらんじゃろ」
悪戯してやろう、とばかりに呟いて、カクの手がひょいとこちらへ差し出された。
「ナマエ、ちょいとわしに付き合え」
「さすがにロブ・ルッチに悪戯仕掛けるのは遠慮したいんだけど」
「大丈夫じゃ、ルッチは弱いもんには興味がないからのう」
わしのほうに来るに決まってる、と何とも失礼なことをカクが言う。
しかしそれは事実なので、それじゃあ何があっても守ってくれよな、と女の子のような言葉を口にして、俺は目の前の手を掴まえた。
俺の掌を軽く握ったカクが、それからするりと俺の手の上から抜け出して、今度は人の手首をつかむ。
そしてそのまま歩き出したのにつられて、俺も足を動かした。
「どんな嘘がいいかのう……」
「下手な嘘だと、鼻で笑われて終了しそうだな」
「それは腹立つわい、ルッチの驚く顔や焦った顔が見たいんじゃ、わしは」
俺の言葉にロブ・ルッチの表情を想像したんだろう、帽子を被ったままで唸るカクに手を引かれながら、俺はその隣を歩く。
顔がゆるみそうなのをどうにか引き締める努力をしているのは、『嘘』でもカクから言葉を引き出せたからに違いない。
まるで乙女だ、男のくせに。
自分のことをそんな風に詰ってみても、嬉しいものは嬉しいんだからしょうがなかった。
end
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