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「嘘ですからね?!」
※海軍に入隊してるトリップ主


 今日が『エイプリルフール』と呼ばれる日なのは知っていた。
 『この世界』にもそんな風習があるのかと少しばかりは戸惑ったが、まあそれほど衝撃は受けなかった。
 それに、俺の命を救ってくれたかの人は堅物だから、きっとそう言う冗談だって好きじゃないだろう、と思ったし、多分他の同僚たちだって同じだろう。いつもと何も変わらない顔で仕事をしていて、あの人だってそれは同じだった。

「サカズキ、そういやナマエがお前のことめちゃくちゃ大っ嫌いだって言ってたけど聞いた?」

 だというのに、ひょっこりやってきた海軍大将青雉の口から飛び出した恐ろしい発言に、んな、と変な声が口から漏れたのは仕方の無いことだったと思う。
 大体、そんなこと一言だって口にしたことがない。
 こんな時ばかり真面目に働いているらしい誰かさんから書類を受け取った俺達の上官が、ちらりとこちらへ視線を向けたのが分かる。
 いつもと表情を変えないようにしているが、しかしあれは何かを躊躇う時の顔だと分かったから、俺は慌てて二人の海軍大将の間に割り込んだ。

「嘘です! 嘘ですよサカズキ大将! あんなこと一言だって言ったことありませんから!」

「うん、そうね。今日エイプリルフールだし」

 目の前に佇む果てしなく大きな男をサカズキ大将から引き剥がすべく押しやりながらそう言うと、それを受けて軽く足を一歩後ろに引いた海軍大将青雉が、こともなげにそんなことを言う。
 その顔はニヤニヤと笑っていて、何が楽しいんですかそんな嘘! と怒鳴りつつ俺はサカズキ大将を背中に庇った。

「嫌いじゃないですから! むしろ好きですからね! 大好きですから! お慕い申し上げてますから!」

 生まれ育ったあの世界から、どこかで見たことあるような『この世界』へと紛れ込んだのが、三年ほど前。
 海賊達に拾われ、飼われ、弄られて殺されそうになった俺を助けてくれたサカズキ大将を、俺が嫌う筈がない。
 その手が誰を殺したって、例えばそれでどれだけ誰かに憎まれ恨まれたとしたって、例えばその苛烈な正義に巻き込まれて殺されたとしたって、最後の最後まで味方でいるとあの時心に誓ったのだ。

「嫌いになる要素なんて一片もありませんから! サカズキ大将が何をしたって、絶対ですから!」

「ちょいと、そろそろ勘弁してやったら?」

「何がですか! 元はと言えばクザン大将が悪いんですよ!」

 酷い嘘を吐いた相手を睨み付けて声を上げる俺の前で、ああ、うん、と不明瞭に声を漏らして頷いた海軍大将青雉が、その大きな手で軽く自分の首裏を揉んだ。
 それと同時にぱきりと足元から音が漏れて、慌てて床を見る。
 目の前の海兵の能力が発動しているのか、床の上はじわりと氷づき始めているところだった。

「サ……サカズキ大将の執務室ですよここは! 何考えてるんですか! クザン大将はともかくサカズキ大将が始末書を書かされることになったらどうしてくれるんですか!」

 ひんやり冷え始めた室内に慌てて抗議すると、まあねえ、なんて言葉を零した大将青雉がひょいと手を伸ばしてきて、俺の肩を掴まえた。

「あれだほら、サカズキが始末書書かされんのは可哀想でしょ」

 そうしてそんな風に言いながらぐいと人の肩を押しやる相手に、無理やり体を反転させられる。
 足元の氷をいくつか踏み砕き、ぱきぱきと音を立てるそれを聞きながら視線を後ろにいたサカズキ大将へ向けることになった俺は、あちこちが氷づきつつある部屋の一角で、全く凍っていない執務机に向いたままのサカズキ大将を見つけて、ぱちりと目を瞬かせた。
 こちらと目が合ったからか、サカズキ大将の眉間のしわが深くなる。
 それと同時にじわりと漂った熱気が、床を氷づかせている冷気を押しやっていくのが、目に見えて分かった。

「良かったね、サカズキ。『お慕い申し上げてる』らしいよ」

 明らかに笑いを含んだ声で言葉を放たれて、その言葉が示したものが自分の発言であると気付き、じわ、と顔が赤くなったのを感じた。
 慌てていたとは言え、何だか妙に好きだと言い募った気がする。
 面と向かって言ったことも無いような言葉を並べてしまった事実が恥ずかしくて、しかしそれを否定することもできず、あの、と思わず声を上ずらせた俺の前で、サカズキ大将がゆるりと一つ、ため息を零す。

「…………クザン、おどれ、後で覚えちょれ」

「もとはと言えばボルサリーノの発案だから。怒るんならあいつにしてくれねェかな」

 何かの責任逃れをしようとしている海軍大将青雉の言葉に、じゅう、と机の向こうで何かが焦げる音がした。



end


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