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貴方が決めて
※『にわとりたまご』の主人公と青年マルコ



 もうすぐマルコの誕生日だ。
 俺にとってはただの数字の語呂合わせで無かったその日を、『俺』がマルコの誕生日だと『決めた』のは、もう何年も前の話になる。
 小さな頃のマルコは日付の概念を知らず、自分が生まれた日を覚えていなかったからだ。
 俺としては『教えた』だけのことだが、周りはすっかり俺が『決めた』のだと思っている。
 今一つよく分からないが、まあそういうこともあるだろうと思って、放っておくことにした。

「さて……今年は何にするかな」

 呟いて、俺は軽く頭を掻いた。
 俺はもう何年もマルコと一緒にいて、その誕生日を祝ってきた。
 マルコはすっかり俺より強くなって、もう俺が守る必要だって無くなったが、今まで大事にしてきた相手と離れるのも離れがたくて何となくずっと一緒に海賊をやっている。
 強くなったマルコは、欲しいものを自分で手に入れるようになった。
 おかげでここ数年、誕生日プレゼントには悩みっぱなしだ。

「うーん……」

「ナマエ、何してんの?」

 どうしたものかと唸った俺の傍らで、不思議そうな声がする。
 それを聞いて視線を向けると、ハルタが不思議そうに首を傾げながらこちらへ近付いてくるところだった。
 その目がきょろりと周囲を見回して、あれ、とその口が言葉を零す。

「マルコは?」

「……マルコなら、今日は見張り当番だから」

 寄越された言葉に見張り台のある方を指差すと、ああそうなんだ、とハルタが頷く。
 小さな頃からずっと一緒にいたからか、もうじき隊長になるマルコと俺では立場だって随分と違うのに、どうも周囲は俺とマルコを二人で一組と見ているきらいがある。
 最近では任される仕事がお互いにかなり違うし、そんなに一緒にいることもないと思うのだが、周囲の認識というのは変わりづらいものだ。
 近寄ってきたハルタを見やってそんなことを考えていたら、すぐ隣で足を止めたハルタが、で、と口を動かした。

「何してんの、こんなとこで?」

 こんなとこ、というのは、甲板の隅に積まれた木箱の影であるここのことだろう。
 別に隠れているつもりはないが、はたから見ると潜んでいるように思われたかもしれない。
 大したことじゃないんだと首を横に振って、すぐ横に広がる大海原を指差した。

「少し悩んでたから、海を見に来たんだ」

 グランドラインは、相変わらず広大で雄大だった。
 太陽の日差しを波で弾き、彼方まで続く青を映したそちらへ、ハルタの視線がちらりと向けられる。
 その顔は不思議そうなままで、すぐにその目がこちらを見やった。

「悩んでるの? 珍しいね」

 軽くそんな言葉を寄越す相手に、俺だって悩むことはあるぞ、と返事をする。
 悩んでいるのが珍しいだなんて、まるで俺が何一つ悩みの無い脳天気な奴のようだ。
 少し眉を下げたのが分かったのか、別にそういう意味じゃないけど、とハルタが笑った。

「だって、ナマエってあんまり悩まずにすぐ決めるでしょ」

「……そうか?」

「そうだよ」

 寄越された言葉に納得できずに首を傾げた俺の傍で、こくりとハルタが頷く。
 そう言われても、俺だってあれこれ考えて結論を出しているのだから、悩んでいないと言われるのは心外だ。
 今だって、マルコへの誕生日プレゼントをどうしようか悩んでいると言うのに。
 納得できない俺を見やり、ハルタは軽く肩を竦めた。

「なんかこう、最初から答えを知ってそうっていうか? ぱっと決めちゃうし、またマルコが大体すぐそれに頷いちゃうし」

 たまには意見が分かれたりしないの、と言葉を続けられて、そういえばあんまりないな、と言葉を零した。

「でも、決めるのは基本的にマルコの方だ」

 マルコは大体自分の中でどちらを選ぶか決めているから、どちらがいいかと聞かれたら、マルコが決めそうな方に賛成することにしているのだ。
 もちろんちゃんと考えた上でのことだが、それで失敗したことは今まで無いので、これからもそうやって行くんだろう。常に正解の方向へ答えが出せる辺り、さすが未来の一番隊隊長だと思う。

「そう? まあ、最後の決定をするのはマルコの方が多いと思うけど」

 納得しない顔で首を傾げたハルタが、まあ別にいいんだけど、と呟いた。
 そこで遠くからハルタを呼ぶクルーの声がその場に響いて、振り向いたハルタがそちらへ向かって手を振って返事をする。

「忘れてた、当番だったんだ。じゃあね、ナマエ。全然解決しなかったら、おれにも悩み事話していいよ」

 まず最初はマルコにだろうけど、と笑ったハルタがその場から歩き出していって、その背中をしばらく見送る。
 やや置いて、再び一人になった俺は、視線をもう一度海の方へと戻した。
 春島の気候が近いのか、相変わらず良い陽気だ。海の色は真っ青で、しばらくは嵐なんて来そうにもない。
 じっと青い海を眺めて、しかし相変わらず何も思いつかなかった俺は、その場で小さくため息を零した。

「……まあ、次の島についたら考えるか」

 マルコの誕生日の直前にたどり着く島があると聞いているし、買い物をするにはうってつけだろう。店を回れば、これだと言うものが見つかるに違いない。
 そんな結論にたどり着いた俺の上に、少しばかりの影が掛かる。

「何やってんだよい、ナマエ」

 そうして真上から落ちて来た声とばさりと炎の燃え盛る音に、俺はその場で上を振り仰いだ。

「マルコ」

 いつの間に当番が終わったのか、見張り台から飛んできたらしいマルコが、俺の後ろにある木箱の上に立っていた。
 その腕が炎から人の物へと変わっていく様子に、どうやら今着地したところらしい、と理解する。
 ちらりと揺れながら消えていく青い炎は、小さなあの頃と変わらず不思議な輝きを持っていた。
 目を細めてそれを見上げれば、やがて炎を全部消したマルコが、軽々と俺の背より高い木箱から飛び降りてくる。

「何か見えるのかい」

 問いながら俺の隣で海を見やったマルコに、別に何でも、と返事をした。
 何かを見ようと思って海を眺めていたわけではないから、俺の答えに間違いはないだろう。
 しかし俺の言葉に眉を寄せて、マルコがじろりとこちらを見やる。
 何も見えないんなら何をしていたんだ、とその目に問いかけられて、俺は軽く頬を掻いた。

「ちょっと考え事を」

「考え事? ……何か悩んでんのかよい、お前が?」

 意外だと言いたげなマルコの言葉に、お前もそんなことを言うのか、と何となく恨めしく思って相手を眺める。
 ハルタといいマルコといい、俺のことを誤解しているのではないだろうか。
 しかし俺の非難の視線を無視して、何考えてたんだよい、とマルコが追及を寄越してきた。
 不審そうにこちらを見ながら寄越された言葉に、なんと答えたものか、と少しだけ目を逸らす。
 別に今更誕生日プレゼントにサプライズも何も無いだろうが、わざわざ面と向かってプレゼントに悩んでいたなんて言ってしまったら、マルコのことだから『いらねェよい』と言いかねない。
 小さな頃は分かりやすかったのに、最近のマルコは自分で欲しいものを手に入れるし、それまでは何を欲しがっているのかすら分かりにくいのだ。
 これが成長というものかと思うと感慨深い、と言ったら兄貴分に何を爺臭いことを言ってるんだと頭を叩かれたのは、つい先月のことだった気がする。
 平手で叩かれた頭がじわりと痛んだ気がして手で擦った俺の横で、ナマエ、とマルコが声を掛けてくる。

「誤魔化すのは許さねェし認めねェから、さっさと答えろよい」

 そんな風に言いながら、マルコの手ががしりと人の肩を掴まえた。
 俺よりずいぶん握力のある掌にぐっと肩を掴まれて、少し痛い。
 仕方なく逸らした目をマルコへ戻すと、マルコはまっすぐにこちらの顔をのぞき込んでいた。
 こちらを観察するようなその目に、仕方なく小さく息を吐く。

「……別に、大したことじゃないんだが」

「大したことじゃねェんなら言えるだろい」

 気にしなくていいと言いたかったのに、俺の言葉を遮るようにマルコがぴしゃりと言葉を寄越す。
 じとりと注がれるその視線に、『いらない』なんて酷いこというなよ? と念を押してから俺は口を動かした。

「マルコ、俺からサプライズされるのと、一緒に買い物に行くのどっちがいい?」

「は?」

 見つめて尋ねれば、ぱち、とマルコの目が瞬きをする。
 戸惑ったようなその顔が、少しだけ考え込むように瞳を揺らして、それからすぐに俺が何を言いたいのか把握してしかめられた。
 眉間に寄せられた皺に手を伸ばして指をあてると、やめろ、と言葉を零しながら顔が引かれる。
 しかしその手はまだ俺の肩を掴んでいるので逃げられず、マルコのもう片方の手が俺の手を掴んで自分の顔から引き剥がした。

「……言った時点で、もうサプライズでもなんでもねェじゃねェかよい」

 そんなことを言うマルコに、聞いたのはお前じゃないか、と肩を竦める。
 俺の言葉にそれもそうだと思ったのか、マルコは少しだけ目を逸らして、むっと少しばかり口を尖らせてしまった。
 そうやっていると、小さかった頃のマルコのままの様にも見える。
 もちろん見た目は随分変わったし、泣き虫でもなくなったし、俺よりもすっかり強くなり、その背中に俺を庇うことが多くなったが、やっぱりマルコはマルコなのだ。
 その顔を見つめて、どうする、と二択を迫ると、マルコがちらりと俺の顔を見てから目を逸らした。

「……ナマエは、どっちがいいんだよい」

 そうして寄越された問いかけに、そう来るか、と小さく笑う。
 もう答えなんて決まってるくせに、俺に選ばせるようなことをマルコが言うのは、いつものことだった。
 そして、少しわかりにくくはなっていても、マルコがどちらを選びたいのかくらいは見ていれば分かる。
 ハルタにも言ったが、結局のところ、決めているのはマルコの方だ。

「それじゃあ、次の島で一緒に買いに行くか、誕生日プレゼント」

 リボンを掛けて貰って当日に渡すのもいいが、やっぱりどうせなら相手が喜ぶものを買う方がいい。
 お前がほしいものを買ってやる、と口にすると、マルコが小さく息を吐いた。
 その手の力が少しだけ弛んで、それからその口ににまりと笑みが浮かぶ。

「豪気だねい。それじゃあ、気合い入れてオネダリしてやるよい」

「……まあ、俺の懐事情も考えてからにしてくれ」

「やだよい」

 怖いことを言う相手に頼んでみたが、マルコは子供の頃のようにそう言って笑うだけだった。
 


end


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