- ナノ -
TOP小説メモレス

プレゼントはまた今度
※『星に願いを』の子マルコと白ひげ初期クルー



「ナマエ、おきるのよい!」

「うっ」

 どす、と腹の上に飛び乗った重みに、ナマエは思わずうめき声を上げた。
 その手が自分がかぶっているタオルケットからよろりとはみ出て、そのまま今自分へ攻撃を寄越した温かくて小さな塊を掴まえる。

「……マルコ、それはやめろと何度言ったら分かるんだ」

 油断しきった腹を攻撃されては、衝撃の逃がしようがない。
 顔をしかめてナマエが問いかける先で、丸い目をぱちぱちと瞬きさせた子供が笑う。
 柔らかなその頬を軽くつまんで罰を与えてから、ナマエはひとまずその場から起き上がった。
 子供が飛び乗ってきた際に受けた痛みを片手で抑えながら見やれば、ナマエが起き上がった拍子にころりと転がる格好になった子供が、両足を放り出したまま、ナマエの膝に寝転んでナマエを見上げている。

「ナマエ、おきたよい?」

「…………ああ、起きた」

 問われてとりあえずナマエが答えると、おねぼうさんよい、とマルコと言う名前の子供が口を尖らせた。
 寄越された言葉に首を傾けて、ナマエの手が己の腕に巻いたままだった時計を見やる。
 この世界ではナマエしか持っていないだろう物珍しいその時計は、まだ昼前であることを示していた。
 夜明けまで見張りの仕事をしていたナマエが起きるには、まだ少し早い時間だ。

「俺にはまだ眠っている権利があるぞ、マルコ」

 だからこそナマエがそう言うと、そんなのないよい、と非道なことを口にした幼い海賊がぴょこりと起き上がった。
 もう一度倒れてしまわないようナマエの上着を掴んでぶら下がる子供に、仕方なくナマエの手がその背中を支える。

「だってきょうは、マルのたんじょーびよい」

 支えられるがままになりながらそう発言したマルコに、ナマエはぱちりと瞬きをした。
 不思議そうなその顔に、マルコの丸い頬が少しばかり膨らむ。
 しらなかったなんていわせないよいと続いた高い声に、いや、とナマエは口を動かした。

「……知らなかった」

「なんでよい!」

 呟くナマエへマルコが抗議の声を上げているが、しかし知らないものは知らないのだから仕方ない。
 ナマエは確かに『この世界』の人間ではなく、そしてこの船に乗る人間達の一部を知っているが、それほど詳しいファンだったわけでもない。
 マルコの自己申告が無ければ、『誕生日』だなんて情報は手に入らないのだ。
 言わなかったろうと呟いたナマエに、いってないけどしってなきゃだめよい、とマルコが何とも我儘なことを口にする。
 きゅっと眉を寄せてじとりと見上げてくる小さな子供に、ナマエは軽く肩を竦めた。

「とりあえず、お前が誕生日なのはわかった。おめでとうマルコ。何歳になった?」

「よっつ!」

 尋ねたナマエの前で、マルコが指を三本たてて主張した。
 そうかと頷いてやり、マルコの手に触れてもう一本指を立たせてやってから、ナマエの手が改めてマルコの体を掴まえる。
 まだ少し不安定な角度で座っている小さな子供を持ち上げ、自分の傍らに座らせて、それから膝立ちになってかぶっていたタオルケットを片付け始めるナマエを横からマルコが見上げた。
 じっと注がれるその視線には何かの期待が込められているような気がして、少しだけ考え込んだナマエが、丁寧にタオルケットを畳み終えてから視線を向ける。

「……悪いが、プレゼントはまだ用意してないぞ」

 何せ知らなかったのだから、誕生日プレゼントなんて用意できている筈がない。
 明後日島についたら何か買ってやるから、と続けたナマエに、むう、と口を尖らせながらもマルコが首を横に振る。

「やあよい」

「……マルコ」

「それに、たんじょーびプレゼントはもうオヤジにもらったのよい」

「……ニューゲートに?」

 小さな子供の主張に、おや、とナマエが軽く眉を動かした。
 どうやら子供は、ナマエにこそ話してはいなかったものの、敬愛するエドワード・ニューゲートには自分の誕生日を話してあったらしい。
 一番世話を焼いていた自信があるだけに何だか寂しさを感じるが、ナマエや他のクルー達と同じく、かの海賊はマルコにとっても特別な一人であるのだから仕方の無いことだろう。
 何を貰ったんだ、と畳んだタオルケットを丸めた敷布の上に重ねて尋ねたナマエに、マルコがぴっとその人差し指を向ける。
 まっすぐに向けられたその指に、ナマエはちらりと後ろを振り返り、しかしそこには何もないことを確認してからすぐに視線をマルコへ戻して、少しばかり眉を寄せた。

「マルコ、人を指差しちゃいけないと教えただろう」

 言いながら、掴まえた手を降ろさせる。
 その言葉に、口を尖らせたままのマルコが、ひどいよい、と抗議した。

「なにもらったってきいたのナマエよい」

「それと俺を指差すのと、一体何の関係が」

「だから、ナマエよい」

 あるんだ、と続く前にナマエの言葉を遮った幼い声に、ぱち、とナマエの目が瞬きをする。
 それを見上げて、子供の顔が楽しげに微笑みを浮かべた。

「オヤジが、きょうはナマエをいちにち、すきにしていーっていってたよい」

「…………」

「だから、きょうのナマエはマルのよい」

 とてもとても嬉しそうな子供を前に、ナマエが人権を主張するべきかどうか悩んでしまったのは、仕方のないことだろう。







 こんなにも小さなうちから『海賊』となってしまった子供を、ナマエが構うのは当然のことだった。
 何せナマエが育ってきた平穏な『世界』ですらも、子供というのは守り、慈しむべき対象だったのだ。
 他のクルー達からは『甘い』とよく言われるが、ナマエ自身には甘やかしているつもりもない。
 むしろ他のクルー達よりも注意する割合が多い気がするのだが、構ってくるナマエに懐いたマルコは素直な子供だった。
 ついでに言えば、どうやら有言は実行する方であるらしい。

「……俺を好きにする、とは言ったが」

 呟いたナマエが視線を向けた先で、よい? とマルコが首を傾げる。
 その手にはナマエのシャツの前側が握られていて、小さな手がたどたどしくボタンを留めているところだった。
 なぜか現在、ナマエはマルコに着替えを介助されているのである。
 この船で絶対の権力を持つ船長によって『贈り物』とされてしまったナマエが自力で着替えようとしたのを、マルコは全力で邪魔してきた。
 そしてナマエからシャツの合わせを奪い取り、小さな手がせっせとボタンをかけている。
 見下ろせば、いくつか掛け違えているのが確認できた。
 さっさと直したいのだが、ボタンに触ると子供が顔をしかめるので、それ以上触れることも出来ない。

「……楽しいのか?」

 とりあえずされるがままになりながらナマエが訊ねると、たのしいよい、とマルコが返事をした。
 その言葉の通り、その顔はきらきらと輝きを放っているようで、もしも今鳥の姿になったなら嬉しげに炎が揺れていたかもしれない。
 その顔を見下ろして、そうか、と頷いたナマエのシャツのボタンが、やがてきっちりと上まで締められる。

「ん、できたよい!」

 それを満足げに見やり、ふい、と軽く汗を拭って嬉しそうな顔をしたマルコの両手が、ぽんとナマエの胸を叩いた。

「……ああ、ありがとうマルコ」

「どういたましてよい!」

「『どういたしまして』だな」

 小さな間違いを訂正しながら、とりあえずナマエの視線が自分の前を閉じたボタンを見下ろす。
 いくつか飛び飛びではあるものの、マルコはしっかりとボタンを締めていた。
 この分なら次に買う服は少しボタンがついてても問題ないか、と次の島での買い物を考えているナマエの膝の上から、ひょいとマルコが立ち上がる。

「こんどはかおあらいにいって、ごはんよい!」

「……ああ、そうだな」

 寄越された言葉に腕時計を確認したナマエも頷き、マルコに続いて立ち上がった。
 もう少し眠っていたいところだが、マルコがそうさせてはくれないだろうし、飽きるまで付き合ってからの方が気持ちよく眠れるだろう。
 少し腹も減ったなと軽く腹部を押さえたナマエを先導して、マルコが洗面所へ向かって歩き出す。
 楽しげなその背中に従うように足を動かして、ナマエは小さな彼と共に洗面所へと足を踏み入れた。
 いくつかある洗面台のうちの一つを適当に選び、そこに佇んで水を出そうとしたところで、横から伸びてきた手がそれを阻む。

「…………マルコ?」

 何だ一体、とナマエが視線を向けると、ナマエが動きを止めたのを確認したマルコが、いつも自分が使っている踏み台を洗面台の横まで引っ張ってきた。
 それの上に上った子供を見やって、まさか、とナマエが呟く。
 その予想を裏付けるように、にんまりと笑ったマルコが、低い位置でナマエを手招きした。
 招かれるがままに少し身を屈めれば、マルコの手が栓をひねり、出て来た水を小さな掌に貯め始める。

「……顔は自分で洗いたいんだが」

「ダメよい。マルがあらうのよい!」

 ナマエの申し出はすげなく却下されたので、ひとまずナマエは、もう一度時間をかけて着替える覚悟をしなくてはならなかった。







 結局顔を洗った後でもう一度着替えを手伝われて、ナマエがマルコと共に食事をとることが出来たのは他のクルー達の昼食があらかた終わった頃だった。

「ナマエ、おいしーよい?」

「……ああ」

 そして今は、傍らから子供に給餌されている。
 ちらちらと寄越される周囲からの視線がつらく、何度かそれを拒もうとしたのだが、そのたびいやだと猛烈に反発をされてしまったのだ。
 さっさと終わらせてほしいと何度目かの食事を口に押し込まれながら考えたナマエの目が、ふとマルコの前にあるプレートを見やる。
 ナマエとマルコの食事の量は変わらない筈だが、明らかにマルコの皿の減りは少なかった。椅子の上に膝立ちになってナマエへ食事をとらせようとしているのだから、自分がきちんと食べる余裕が無いのだろう。
 温かな食事を前にして、それに手を付けないだなんて作った人間に失礼というものだ。

「……」

 少し考えてフォークを手に取ったナマエの手を、だめよい、と声を上げた子供が抑える。

「マルがたべさせたげるのよい!」

 ぷくりと頬を膨らませてそう言い放つマルコに、分かった分かった、と返事をしながら無理やり手を動かして、ナマエはそのフォークでマルコの皿の上にある料理の一つを突き刺した。

「あ! マルのたこさん!」

 奪われた食材に子供が悲鳴を上げたところで、ぽい、とその口にそのままフォークごと料理を入れる。
 むぐ、と声を漏らして動きを止めたマルコが、ぱちぱちとそのままで瞬きをした。
 それから、ちら、とその目でナマエを見ながら、もぐりと口を動かす。
 フォークの先の料理が無事に受け取られたことを確認してナマエがフォークを引くと、見事に『たこさん』と呼んでいるソーセージを口の中で奪還したマルコが、むぐむぐと更に口を動かした。
 少し掛けてごくりと料理を飲みこんだのを確認してから、よし、と頷いたナマエの手がもう一度マルコの皿の上へと伸びる。
 へたのとられた小さなトマトを突き刺し、それからそれをマルコの方へ向けて、今度は促すようにナマエの口が言葉を零した。

「マルコ」

「よい?」

「あーん」

 口を開けろ、と促すナマエの声が聞こえたのか、食堂のどこかでがたりと小さく音がする。
 しかし気にせずフォークを差し出したナマエの傍で、ややおいてマルコが丸く大きく口を開けた。

「あー」

 健康診断でやるように声を漏らしながら開かれた口の中に、ナマエの手がトマトを放り込む。
 うまくそれを受け止めて、マルコがまたもぐもぐと口の中身を噛みしめた。

「ん、む、うまいよい」

「そうだな」

 食事を口にするマルコの横で、ナマエが頷く。
 そうして何気なくその手にあるフォークを己の皿へと向けて、そのまま皿の上にある料理へとフォークが突き刺さったところで、ほんの数分前と同じようにがしりとその腕が掴まれた。
 動きを止めてナマエが見やれば、すでに口の中が空になったらしいマルコが、だめよい、とナマエを見上げて言葉を放つ。
 そして伸びて来た小さな手がナマエからフォークを奪い取り、料理の突き刺さったそれをナマエへと向けた。

「ナマエ、あーん、よい」

 先ほどナマエがマルコへ言ったように言葉を放ち、にんまりとマルコが笑う。
 とてもとても楽しそうなその顔を見下ろして、仕方なくナマエがため息を零したところで、容赦なく子供のその手がフォークをナマエの口へと突き入れた。

「んぐ」

 どうにかフォークを噛んで恐ろしい所まで押し込まれるのを防ぎながら、少しだけ周囲を窺ったナマエの視界に、にやにやと笑ったり呆れた顔をしているクルー達の顔がいくつか映り込む。

「……」

 これはさっさとここから退散した方がよさそうだと判断し、ナマエの手がマルコから自分のフォークを奪い取る。
 しかし、自分で食べようにも子供にそれを阻止されてしまうので、ナマエの手が料理を運ぶのは、もっぱら小さな海賊の口元までだった。







 結局、その日一日、ナマエはマルコと一緒に過ごした。
 もう少し詳しく言うのならば、世話を焼かれて過ごしたと言っていいだろう。
 兄貴分の世話を焼くことの何がそんなに楽しいのかナマエには分からないが、常になく楽しそうな顔のままあれこれとやらかしていた小さな海賊は、張り切りすぎて疲れたのか今はナマエの膝の上でぐっすりと眠り込んでいる。
 時刻は夕食の少し手前、この分だと夜中には目を覚ましてしまうのだろうななど考えつつ、ふにふにと柔らかなその頬を軽くつついてから、ナマエの視線がちらりと前に座る大男を見やった。

「まったく、人を贈り物にするなんて何を考えているんだ」

「グララララ! そう言うな、ナマエ」

 楽しそうな声を出して笑った『贈り主』に、マルコが少しばかり身をよじり、大きな声を出さないでくれと膝に子供を乗せたままのナマエが言う。
 非難のようなそれを聞いても楽しそうな顔をしたまま、モビーディック号の船長殿はいつものように酒を食らっているところだった。

「話は聞いたぜ、相変わらず甘やかしてたそうじゃねェか」

「そうか?」

 酒を飲みつつ言い放ったニューゲートの言葉に、少しだけ一日を振り返り、ナマエは軽く首を傾げた。
 ナマエはただマルコに世話をされ、それに付き合っていただけだ。
 マルコを構ってやれよと仕事を免除されたのでその分他のクルー達に甘えた格好にはなったと思うが、ニューゲートが言うような『甘やかし』をマルコに行った覚えもない。
 よく分からないまま、それにしても、とナマエの口が言葉を零した。

「大体、どうして俺なんだ」

 『一日好きに出来るから』と、マルコはずっとナマエの世話を焼いていた。
 それだけ世話を焼きたいのなら、いっそナマエの前に座る大男を独占したいと言えばよかったのだ。
 彼を『親父』と呼ぶマルコがどれだけ彼を慕っているかをナマエは知っているし、ニューゲートが何か用を言いつけた時のマルコがそれはもう嬉しそうな顔をしていることも知っている。
 不思議そうな顔をしたままのナマエを見やって、そんなもん決まってんだろうが、と酒を片手にニューゲートが口を動かした。

「お前がマルコの世話を焼きやがるからだろう、ナマエ」

「俺が?」

「『礼がしたい』んだとよ」

 真剣なツラで言ってやがったぞと寄越された言葉に、ナマエがぱちりと瞬きをする。
 それから視線を落とした先では、未だにマルコがぐっすりと夢の中に入り込んでいた。
 くうくうと零れる寝息を聞き取ってから、それは、とナマエの口が言葉を紡ぐ。

「……誕生日プレゼントに強請るものじゃないな」

「まァなァ」

 呟くナマエに、正面の大柄の海賊も同意した。
 だがその権利が欲しいと言ってきかなかったからな、と続いたその言葉に、ナマエの目がもう一度正面を見やる。
 どうしてその選択をする際に俺の意見が組み込まれていないんだ、と問いかけても、人の都合を無視した自由気ままな船長殿は笑うばかりだ。
 その様子を眺め、それから改めて膝の上の子供を見下ろしたナマエの口からは、深く長くため息が漏れた。

「…………とりあえず、次の島では何か買ってやらないと」

「また調子に乗って買いすぎるんじゃねェぞ、ナマエ。お前は際限無ェからなァ」

 楽しそうにしながらも忠告を寄越す大酒のみに、それは最初の一回で反省した、と言い返したナマエの膝の上の子供が目を覚したのは、夕食時の頃だった。




end


戻る | 小説ページTOPへ