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 ハートの海賊団は『海賊』だ。
 頭ではわかっていたのに、目の前でそう主張する行為をしているところを見ると、やっぱり色々と複雑だ。

「シャチは戦うの好きだよなァ」

 ぽつりと呟きつつ、手を動かす。
 俺の向かいに屈みこんで、呼びかけた相手がキャスケット帽の下にやれやれと言いたげな呆れた笑みを浮かべた。

「ナマエは臆病だよなァ」

 さっき俺が向けた言葉と同じ調子で返された言葉に、そう言うなよ、と口を尖らせる。
 そうしながらしっかり消毒液を染み込ませた脱脂綿をその顔に押し付けると、刻まれた切り傷にじわりと滲んでいた血が白い綿を汚した。
 つい先ほどまで、この潜水艦は民間船を襲っていた。
 前の島で随分偉ぶって人をこき使っていた奴の船だったので、多分ハートの海賊団の船長が持ち主を気に入らなかったんだろう。
 『海賊なんぞ怖れるに足らんわ!』と豪語してげらげら笑っていた向こうの船長は何人かの用心棒を同じ船に乗せていて、シャチやペンギン達にも怪我をさせたから、俺から見てもまあ分かるくらいには強かった。
 しかし、船を破壊して積み荷は奪い取ったから、どうやらこちらの勝利らしい。

「俺、暴力とか苦手なんだよ」

「倒さなけりゃ死ぬのに、暴力も何もないだろ」

 呟く俺の前で、シャチは軽く肩を竦める。
 それを見やり、だって痛いのは嫌だろ、と呟くと、まあなと答えながら目の前の顔が頷いた。
 その頬には傷があって、右腕も同様だ。一番酷い傷があった左足の膝から下は『おれが治療してやる』と言ったローが奪い取っていってしまったので、多分治ったら帰ってくるだろう。
 どうしてそんなにシャチが怪我をしているかなんて、潜水艦から、高くてほとんど見えなかった民間船の様子をうかがうことしか出来なかった俺には分からない。
 海を漂流しているところを拾われて、気付けばこの海賊団の一員となったものの、ただの日本人だった俺はまだまだ弱くて、船を守ってろと言い渡されたからだ。
 『お前が見てたから張り切ったんだろう』とペンギンは言ったけど、だったら俺からは見えなかったんだからもう少し慎重に戦ってほしかった。

「次はもうちょっと気を付けて戦ってくれよな」

 言いつつ、まだ軽かった顔の傷から脱脂綿を放して、きちんと消毒したそこに傷薬を塗りつける。
 ぐりぐりと塗り込んでやると、シャチが眉をしかめて顔を逸らした。

「いでっ」

「あ、ごめん」

 悲鳴を上げられたのでとりあえず謝りつつ、ガーゼを当てる。
 もうちょっと丁寧にやれよと言いながら、シャチの左手がガーゼを軽く押さえた。

「ナマエは、まだガーゼ当てんのも下手だよなァ」

 そう言うが、やったことが無かったのだから仕方ない。

「最初の頃よりはマシになっただろ、これでも」

 だからそう反論すると、そりゃそうだけどよ、とシャチが口を尖らせた。
 サングラスを外して露わになっているその目がこちらを見つめて来て、それを見つめ返して首を傾げる。

「シャチ?」

「……誠意見せておれに謝れ」

 じっと見つめつつ寄越された言葉に、何だそれ、と眉を寄せた。

「金なんてないぞ」

 俺の財布の中身はこの世界では全部役に立たなかったのだから、俺がシャチに払えるベリーなんてほんの少しもない。
 俺の言葉に、シャチがふるりと首を横に振る。どうやら金でなくてもいいらしい。

「いいから誠意を見せろ」

 どこかのヤクザの脅迫電話みたいなことを言いながら、シャチの左手が俺の腕を掴まえた。
 いつもなら右手なのにそうしないのは、俺が先ほど巻けるだけ巻いた包帯のせいで右手が動かなくなっているからだ。
 俺の巻き方が駄目だったら巻き直してくれと言ったのに触らなかったので、多分巻き方はそれで合っているんだと思う。
 この世界は不思議に満ちているから、きっと巻けば巻くだけ早く治るに違いない。
 そこまで考えてから、なるほど、と一つ頷く。

「ナマエ?」

 不審な俺を窺うシャチの顔へ視線を戻して、それからそっとその頬に手をやった。
 きちんと傷を覆ったガーゼへ掌で触れて、押して痛みを与えたりしないように気を付ける。
 俺の動きに何を思ったのか、眉を寄せたシャチの目が細められ、それからそっと閉ざされた。
 何かを待つその顔を覗き込んで、誠意を見せることにする。

「いたいのいたいのーとんでけー」

 小さな頃に母親や保育士の先生によくやられた呪文を唱えて、それから何かを放るようにその顔に触れていた掌を放して振ると、ぱち、とシャチが目を開いた。
 少し戸惑うその顔を見つめて、首を傾げる。

「どう?」

 ちょっとマシになっただろうかと思っての俺の問いかけに、シャチが顔を俯かせて、がくりと肩を落とす。
 その手が俺の腕を掴んでいる力を少しばかり緩めて、やや置いてため息とともにシャチの口が言葉を紡いだ。

「…………飛んでったわ、なんか、色々」

「そうか」

 呟くシャチに、どうやらこの世界はやっぱり不思議に満ちているらしい、と俺は理解した。
 後でペンギンにもやっておくことにしよう。



end


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