100万打記念企画SSS
※異世界トリップ系主人公が海賊団クルー
「よし、キラーにいいものをやろう」
カンテラの明かりに照らされた甲板の端で、唐突に寄越されたそんな言葉に、キラーは武器を磨いていたその手を止めた。
仮面ごと声の主へ顔を向ければ、先ほど甲板の端で他のクルー達と何やら楽しそうに話していたナマエが、もったいぶった様子で両手で何かを覆い隠しながらキラーの傍に佇んでいる。
『いいもの』だなんて言葉でつづった物体がその手の中にあることは間違いなく、怪訝そうにそちらを見つめるキラーの視線を受け止めて、そんな顔するなよ、と仮面の下のキラーの表情を見透かしたようにナマエが笑った。
そうして、ほら、と言葉を零しながら、座り込んだキラーの横へと屈みこんで、差し出した両手の中身を晒して見せる。
船旅などしたことも無かったのだろう、キラーに言わせれば上流階級としか思えないほどきれいだった掌はもうすでに随分と荒れていて、その掌の上にざらりと乗せられた穏やかな色味の物体に、キラーが仮面の内側で瞬きをした。
「……何だ、それは」
「何だって、星のかけらを知らないのかキラー」
空と海があることを述べるように呆れた声を出したナマエに、ちら、とキラーの視線がその顔へと戻される。
明らかに嘘を吐きながら得意顔をしている相手にため息を零し、ナマエ、とその名前をキラーが呼ぶと、ははは、とナマエが笑い声を零した。
「冗談だって。金平糖、食べたこと無いか?」
「知らん」
そうして今度は真実を述べたらしいナマエへキラーが答えれば、まあひとつ食べてみろよ、とナマエが手の上のかけらを一つつまむ。
ナマエが『星のかけら』と呼んだように、空に浮かぶいくつかと似通った色合いにとげをもったそれを差し出されて、仕方なく受け取ったキラーが同じようにそれをつまんだ。
「危ないもんは入ってないぞ」
「そこは疑っていない」
肩を竦めたナマエへ応えて、キラーの指が仮面を軽く押し上げ、晒された口元にそれを押し付ける。
ころん、と口の中に転がり込んだそれを噛みながら仮面を戻したキラーに、甘くてうまいだろ、とナマエが笑った。
甘すぎる、と言い返せずに『悪くないな』とそれへキラーが言い返せば、ナマエは満足そうに頷く。
「キラーは案外甘党だよな。キッドも食うかな」
「キッドにやるなら酒の方がいい」
「そうだなァ」
呟くナマエへ言ってやってから、キラーは軽く首を傾げた。
「どこから持ってきたんだ、これは」
つい最近島へ立ち寄ったが、その時に買ったものなのだろうか。
口の中の小さな塊を噛みつぶし、飲みこんだキラーの問いに、ああ、とナマエがこともなげに返事をする。
「鞄に入ってた」
「……」
「何だよ、袋空けてなかったし、まだ賞味期限は大丈夫だったぞ」
寄越された言葉に思わず動きを止めたキラーに、ナマエが軽く眉を下げる。
そこが問いたいわけではないと首を横に振って、鞄、とキラーは言葉を口にした。
「お前が大事にしている、あれか」
キラーの傍らに座り込むナマエと言う名の青年は、漂流者だった。
海を流れていたところを見つけて拾い、気まぐれを起こして仲間にしたのはキラーや他のクルー達が従うこの船の船長だ。
海賊になるなんて将来考えたことも無かったな、なんて笑ったナマエはどう考えても一般人で、しかし彼曰く、『帰るべき場所へどうやって帰ったらいいのか分からない』とのことだった。
ナマエが語るその島をキラーもキッドも他のクルー達も知らなかったし、いまだにその故郷の手がかりも見つからない。
だからだろう、ナマエは自分が持っていた持ち物をとても大事にしている。
海水まみれで、更には傷だらけでボロボロだった最初の服ですらきちんと折り畳んでしまっていることをキラーは知ってるし、おかしなものが色々と入っていたあの鞄だってそうだ。
だとすればその中身だったこの『コンペイトウ』とやらもその大事な『宝』の一つであるはずで、それをどうしてあっさりとキラーへ分け与えたのかがキラーには分からない。
キラーの問いに『そうだよ』と返事をしたナマエが、戸惑うキラーに視線を向けて笑いかける。
その顔はどこか、『何か』を諦めたような翳りを帯びていて、慰める術を持たないキラーは、ただ、ここにキッドがいなくてよかったとだけぼんやりと思った。
もしもキッドがいたならば、辛気臭い顔をするなとナマエを蹴り飛ばしたに違いない。
「……ナマエ」
「ん?」
「それも寄越せ」
声を掛けて掌を差し出せば、戸惑った顔をしたナマエが、それからすぐに手の上の『コンペイトウ』をキラーの手へと落とす。
ざらりと落ちたそれを受け取り、もう一度仮面を押し上げてキラーがそのうちの一粒を口に運ぶと、何だ、と傍らに座り込んだ格好のままでナマエが言葉を漏らした。
「気に入ったのか? でもあんまり一気に食べすぎると気持ち悪くなるぞ、それ砂糖だから」
「……なるほど、違いない」
がり、がりと噛みしめたその甘味に仮面の下で眉を寄せつつ、キラーは答える。
それから、更にいくつか口に押し込んだ後で、一粒をつまんでナマエの方へと差し出した。
向けられたそれにぱちりと瞬きをしたナマエの口へ、無理やりつまんだものを押し込む。
「お前も食え、ナマエ」
甘ったるいそれを分け与えれば、不思議そうにしながらもナマエの口がキラーの指を受け入れた。
意趣返しにしか噛みつこうとしてきたその歯を避けて、キラーのもう片方の手が、自分とナマエの間に『コンペイトウ』を差し出す。
「…………」
「…………甘いなァ」
そのまま並んで駄菓子を口にする二人の真上で、キラーの手の上にあるのとよく似た色の星がちかりと光り、夜空を流れ落ちて消えていく。
次の島で、自分が持っていた『宝』のすべてを処分したナマエに、キラーは彼が帰ることを諦めたのだと言うことをようやく理解した。
end
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