100万打記念企画SSS
※トリップ系クルーとロジャーを眺めるレイリーさん
ナマエと言う名の男をロジャーが船に連れて帰ったのは、ナマエがロジャーの手の上に落ちて来たからだとレイリーは思っている。
出会った時のことを言えばロジャーこそがナマエの傍に落ちたのだそうだが、実際ナマエはロジャーに夢中なのだから仕方ない。
「ナマエ」
「あれ、レイリー」
声を掛ければ返事を寄越し、どうしたんだと言葉を零しながらへらりと笑ったナマエの傍にレイリーが並ぶと、不思議そうにしながらもナマエの視線が船の外側へと戻された。
オーロ・ジャクソン号が闇に潜むように島外れの崖の傍に停泊しているのは、この船の掲げるジョリーロジャーが随分と有名になったからだった。
もちろん、離れた場所にいようともいくらか目撃はされているもので、強襲を受けぬようにと船番をする人数も増やしている。
レイリーもそのうちの一人で、傍らに立っているナマエも一応はそのうちの一人だ。
「何か見えるか?」
「いや、何も」
問いかけたレイリーにナマエが答えて、今日は帰ってこねェかな、と小さく呟く。
それが『誰』の事であるかなんて簡単に分かったので、レイリーの口からはわずかなため息が漏れた。
当人は隠しているつもりかもしれないが、レイリーから言わせれば見て分からない方がどうかしているとしか思えないくらい、ナマエはこの船の船長に入れ込んでいる。気付いていないのは、その目を向けられているロジャーくらいなものではないだろうか。
いつだってその目はロジャーを見ているし、物事を決める時の基準がロジャーしかない。ロジャーがそう言うなら、ロジャーがああ言ってたから、ロジャーが喜びそうだから、ロジャーにやりたいから、ロジャーもそうするなら。何度その台詞を聞いたか知れないし、一日『ロジャー』と言わずに生活してみろと言ってやりたいのをこらえたのだって何度になるか分からない。
いっそその思慕を口にしてみれば女が好きなロジャーに一蹴されて砕け散るのだろうが、ナマエは決定的な言葉をロジャーに言ったことが無いらしい。恐らく、最初から諦めているのだろう。
何とも海賊らしくないと、レイリーは胸の内だけで何度目になるとも分からない詰りを零した。
苛立ち紛れに煙草を取り出したレイリーの横で、あ、とナマエが声を漏らす。
その声音ににじんだ嬉しさにレイリーがマッチを擦りながら視線を向けると、夜闇に満ちた島の向こう側から、小さなカンテラがちらちらと揺れて近寄ってくるのが見えた。
まだそれを持っているのが誰かも分からないような距離だが、しかし隣のナマエが反応したことでそれが誰かを判断して、レイリーの手が己の咥えた煙草に火をつける。
「随分と早い帰りだな」
「土産買ってくるって言ってたし、それだけ持って来たんじゃないか?」
きっとまたすぐ船を降りていくよと、帰ってきたことを喜んでいる癖にそんなことを呟くナマエに、レイリーの吐き出した煙草の煙が掛かる。
「うぶっ」
「さっさと梯子を降ろせ、ナマエ」
「わ、わかったよ」
面倒くさい相手にレイリーが副船長らしく命じれば、頷いたナマエがすぐにその場から移動して、近寄ってきたカンテラの主の為に縄梯子を用意した。
カラン、と船体を叩きながら伸びていくそれの音を耳にしたレイリーの目にも、やがて近付いてきたその『誰か』の顔が見える。
向こうもレイリーの姿を視認したのか、その手がぶんぶんと大きく振られ、ついでに振り回されたカンテラを慌てて同行していたクルーの一人が取り上げた。
それを気にした様子もなく、船体へ近寄った男がにかりと笑顔を浮かべて船を見上げる。
「ナマエ、いいもん買って来たぞ」
「いいもの?」
「おう。受け取れよー」
「え、ちょ、うわっ!」
言葉と共に大きな袋を放られて、慌てた声をしたナマエがそれの下敷きになる。
勢いよく甲板に背中を打ち付けたナマエに、大丈夫かと笑いながら縄梯子をよじ登ったロジャーが、その手で軽々と巨大な袋を持ち上げた。
「ナマエ、せっかく買ってきた土産を受け止めれねェでどうするんだ」
「いや、急に投げる方が……というより、何だそれ、重たかったな」
ついでのように助け起こされて、困ったように笑ったナマエがそんな風に言葉を放つ。
少しだけナマエへ顔を近付けたロジャーがなにがしかをその耳元でささやくと、えっ! と大きく声を放ったナマエが困惑したような眼差しを袋へ向けた。
「何でそんな……」
「何でって、何だよ、おれとお前が初めて一緒に食ったのとおんなじ奴だぞ?」
懐かしかったからお前にも食わせたくて買ってきたんだと、そんな風に言葉を放ったロジャーに対して、ナマエがその目を忙しなくさ迷わせる。
暗がりだがその顔が赤らんだのが分かって、レイリーの口からは煙草の煙と共にもう一度ため息が漏れた。
ナマエの様子に首を傾げてから、それからゆるりと視線を外したロジャーの目が、そのままレイリーの方へと向けられる。
「よォ相棒、いい土産が手に入ったぜ!」
相変わらずお気楽な太陽のように笑って言葉を放ったロジャーに、変なものだったら承知しないがなとレイリーも笑う。
それを聞いてさらに楽しげな顔をした罪深い船長の手土産は、まあそれなりに美味な妙な名前の鰐だった。
end
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