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100万打記念企画SSS
※コラさんとナギナギとトリップ系一般市民



『この世界』へ来てからどのくらい経っただろう。
 運よく衣食住を確保できた俺は、とりあえずグランドラインを出る資金をためる為に必死に働きながら、この海軍基地がある島で生活している。
 今日も今日とていつも通り、家までの帰り道を歩いているところだった。
 海兵があちこちを歩いていることも多いからか、島は平穏そのものだ。
 気候も常に穏やかで、俺は毎日を過ごすうちにすっかり油断しきっていた。

「…………え?」

 だからまさか、通りかかった路地から自分の背よりずいぶんと大きいものが倒れ込んでくるなんて、思いもしなかったのだ。

「うぐっ!」

 倒れて来たその重みに潰されて、地面に顔を打ち付ける。
 余りの痛さに顔を押さえつつ慌てて抜け出した俺は、今倒れて来たものが人であると言うことを把握した。
 後ろ向けに倒れるほど豪快に転んだらしい相手が、俺の背中に打ち付けた頭を擦りつつむくりと起き上がる。

「ちょっと、アンタ……あれ」

 文句の一つでも言ってやろうと声を掛けかけて、俺はそれが誰なのかに気が付いた。
 どう見たって一般的な恰好をしているし、口元の化粧もないが、目元に残ったそれはどう見ても。

「……コラソンじゃん」

 思わず呟いてしまった俺の言葉が聞こえたのか、ばっと男がこちらを振り返る。
 手配書で見たことのある『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』に似た顔立ちの男から放たれた鋭い視線に、俺は慌てて身を引いた。
 何だコイツ、こわい。
 命の危機を感じて、すぐさま立ち上がった。

「あ、その、ごめんな変なところに立ってて。アンタも怪我ないか? 無いよな、良かった。それじゃあな!」

 返事も待たずに言葉を投げて、それからすぐに背中を向けて走り出す。
 後ろから何か声が掛かった気もしたが気のせいだと言うことにして、俺はそのまま一目散に自宅へ逃げた。







 ぐつぐつと、手元でカレーが煮えている。

「…………あー、そういや、アイツ海兵だ」

 久しぶりのカレーを丁寧にかきまぜつつ、すきっ腹を抱えながらつらつらと考え事をしていた俺は、そこでようやくもうずっと前に読んだ週刊漫画雑誌を思い出した。
 『この世界』があの漫画の世界だと気付いてから、生きていくことに必死であまり思い出すことも無くなったからおぼろげだが、確かそんな内容のところを読んだ覚えがある。
 来週も楽しみだななんて思っていたところで交通事故に遭ったのだと、この世界へ紛れ込んでしまった不運も一緒に思い出して、小さくため息を吐いた。
 まあ、考えても仕方ない。
 世の中なるようにしかならないし、とりあえず今の俺は腹が減っているのだ。

「さて、食うか」

 言葉を漏らしながら火を止めて、くるりと振り返った俺は、そのままその場で静止した。
 だってまさか、すぐ真後ろにベランダに面した大きな窓のあるワンルームで、さっきまで誰もいなかったはずの室内に、大男が立っているだなんて思わないじゃないか。
 しかも何も聞こえなかったと言うのに、これでもかと言うほど窓ガラスが大破している。
 もしかしたら一回くらい転んだんだろうか、軽く自分の足についたガラスを払った大男が、ずかずかとこちらへ近付いた。
 歩いている途中で不自然に足音が聞こえ始めて、その代わりに他の物音が何一つ聞こえなくなる。

「え? あれ?」

 こいつはそういう能力者だったんだっけか、と先ほどひっくり返したばかりの記憶をさらう俺をよそに、伸びて来た大きな手ががしりと俺の頭を掴まえた。
 ぐいと引っ張られてたたらを踏んだ俺を無視して、少しばかり身を屈めた『コラソン』が低く言葉を吐き出す。

「……どうして『おれ』を知っている?」

「え? いや、あの、その」

「まさかドフィの……もしそうなら……」

 わけのわからないことを呟きつつその手に力が入ったのを感じ、更には注がれるその眼差しの冷たさに、俺は背中が冷えたのを感じた。
 まさしく今にも殺されそうだ。
 交通事故に遭って死んだのに、この世界でも誰かに殺されるだなんて、本当についていない。
 しかしどう考えても逃げられないのは明らかだった。海賊で海兵な男と一般市民の俺なんて、力量の差は明らかだ。大体、あれだけ走って逃げたのに、どうして俺の自宅が特定されているんだろうか。怖すぎる。
 生きるのを諦めるしかない状況だと分かって、何だか泣きたくなるが、泣いたってどうしようもない。
 だけどそれなら、一つくらい我儘を言ったって許されないだろうか。

「……あの」

 声を掛けると、何だ、と言いたげに『コラソン』がこちらを睨み付けた。
 注がれる眼差しの恐ろしさに身を竦めつつ、しかしここは譲れないと、俺は一つ拳を握る。

「とりあえず、ご飯食べてからでいいですか」

 最期の晩餐がカレーライスだなんて締まらないが、とにかく俺は腹が減ったのだ。







 怪訝そうな顔をした『コラソン』は、どうせ無駄になるなら食べてってくれと言った俺の言葉に眉を寄せつつ頷いて、その手にスプーンを握ってくれた。
 俺が先にカレーを口に運んだのを見てから、その手がスプーンでカレーを掬う。
 そのままぱくりと一口含み、それからびくりと体を震わせた相手に、あの、と思わず声を掛けた。

「……熱くないですか?」

 コーヒーや紅茶だったら噴きだしていたんじゃないだろうか。
 片手で口元を押さえる相手にとりあえず水の入ったグラスを押しやりつつ、自分の分のカレーを食べ進める。
 昨日から仕込んでいただけあって、上出来の味だ。
 本当なら明日は二日目のカレーとしゃれ込むところだったのだが、殺されるとなってはそれも楽しめないので、躊躇わず食べることにする。
 俺の様子をちらりと見やり、『コラソン』はそのままカレーを食べ始めた。

「どーですか」

「…………」

 尋ねてみても返事がないが、まあ食べ進めてくれていると言うことは口に合わないと言うことは無いだろう。
 俺を殺す相手に食事を振舞うと言うのもおかしな話だが、まあその辺は気にしないことにする。食べ物を無駄にするのは駄目だから仕方ない。
 さすがに『コラソン』は体に見合った分だけ食事をとるようで、カレーなべはきれいに空になった。

「とりあえず、手と口拭いてください」

「……ああ」

 とても食べ方が汚かったので濡れタオルを進呈すると、『コラソン』はためらいがちにそれを受け取った。
 そのまま自分の口元や手を拭いて、ちょっとカレーが付いていたらしい服まで拭うのを見やってから、ついでだからとデザートにと買ってあったプリンも振舞うことにする。これも明日の分まで買ってあったので、俺と『コラソン』は一人一つずつだった。
 それが二人で分け合うことになってしまったのは、受け取ったプリンを床に落としたドジな誰かさんのせいだろう。上の所は掬って食べたが、さすがにガラスの破片が飛び散った床に触れたところまでは食べられない。
 食後のお茶を覚まして用意したのは俺の優しさである。
 すっかり腹のくちくなったらしい『コラソン』は、ちらりと時計を確認して、しまったと声を漏らして立ち上がった。

「この時間からだと間に合うかどうか……」

「あの、大丈夫ですか?」

「ああ、気にしないでくれ」

 呟く言葉からして、何か用事があったらしい。
 挨拶もそぞろに玄関から出ていく相手を慌てて見送り、夜闇にまぎれて消えていくその背中に軽く手を振ってからそのまま家の中へと戻った俺が、あれ、と声を漏らしたのは、一人になった部屋で食器を片付けていた頃のことだ。

「…………あの人、目的忘れてないか?」

 思わず呟いて振り返ってみるものの、もちろん部屋にあの大男の影は見当たらない。
 どうやら、カレーライスとプリンは偉大だったらしい。
 翌日、再び現れた大男に手土産を差し出されて『おれの名前はロシナンテだ』と名乗られた時、俺はそれを理解した。



end


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