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100万打記念企画
※転生悪人主人公とクロコダイル



 珍しい夢を見るもんだと、寝起きのぼんやりとした頭で考える。
 しかし、ゆっくりと近付いてきた鉤爪のひんやりとした背で頬を軽く撫でられて、そのあまりにも現実的な感触に、じわりと頭が覚醒した。

「…………あ?」

「何だ、間抜け面だなナマエ」

 声を漏らした俺の真上を陣取って、掛け布の上から人の体を跨いでにやりと笑う目の前の男は、誰がどう見ても俺のビジネスパートナーの『サー・クロコダイル』だ。
 その背中に見えるのは見慣れた船の一室であることを示す天井で、意味が分からないままとりあえず口を動かす。

「いや、まあ……目が覚めたら目の前に王下七武海がいるとなると、さすがに驚くな」

 呟く俺の上で、ほォ、なんて声を漏らしたクロコダイルが、取り出した葉巻を口にくわえた。
 火をつけた後のマッチを軽く振って消火し、それをそのままぽいと放った男に、後で回収しないと、なんてことを頭の端で考えながら、まだベッドの上に倒された格好のままで首を傾げる。

「どうやって入ったんだ?」

「おれが能力者だって情報は入ってねェのか?」

 問いかけた俺に問いを返しつつ、クロコダイルの片腕がざらりと砂に変化した。
 目に入りそうなそれに思わず目を眇めれば、クハハハと笑いを零しながら砂で元通りの腕を構築して、クロコダイルの口の端から葉巻の煙が零れて落ちる。
 ビジネスの場でよく嗅ぐそれにすっかり眠気が覚めたのを感じながら、なるほど、と一つ頷いた。
 どうしてかは分からないが、クロコダイルは何らかの思惑を持ってここまで侵入してきたらしい。
 血の匂いはしないし、騒がしい音を聞いた覚えも無いので、部下達は誰も死んでいないか、ひょっとしたら気付いていない可能性もある。
 寝首を掻きに来たなら俺が起きる前にそうしただろうし、それにわざわざクロコダイルが出向くわけもない。
 理由が全く思い当たらないが、まぁそれを問う前に、と俺は口を動かした。

「……起き上がりたいから、せめてもう少し下にずれてくれないか?」

 腹の上に跨るようにされていては、体を起こすことは叶わない。
 いくら『この世界』に生まれ直したとは言え、俺とクロコダイルの力量差は明らかだ。何より、自然系の悪魔の実の能力者を力技でどうにかできるとも思えない。
 俺の言葉に、仕方ねェなと呟きつつクロコダイルが俺の上から移動した。
 ベッドの端に腰を下ろしている相手を見やりながら、俺も起き上がる。
 見回した室内は、島々を移動する間いつも滞在する船室そのままで、何一つ荒らされた様子もない。とりあえず、クロコダイルは物盗りに来たわけでもなさそうだ。

「…………それで、今日はどうしたんだ?」

 考えても分からないなら訊くしかないだろうと、部屋を眺めていた視線をクロコダイルへと戻して、そんな風に言葉を紡ぐ。
 俺の言葉を受け止めて、指先でつまんだ葉巻を唇から離したクロコダイルが、はっ、と嘲笑と煙を零した。

「寝起きのテメェのツラを拝みにきた」

「………………ひょっとして、酔ってるか?」

 あまりにも突拍子の無い台詞に、思わずそんな問いが漏れる。
 俺の言葉を受け止めて、軽くクロコダイルの眉が動いた。
 顔を傾け、見下したような視線を此方へ寄越して、クロコダイルがその口を動かす。

「何だ、おれから酒の匂いがするか?」

「……しないな」

 放たれた言葉に返した通り、クロコダイルから漂うのはいつもつけている香水と、それから今咥えている葉巻のそれだけだ。
 だとすれば、目の前の海賊は先ほどの言葉を素面で口にしたと言うことになるのだが、本人はそれでいいのだろうか。
 よく分からないが、まあとりあえず来訪者をもてなそうと、ベッドサイドのテーブルにあるベルへ手を伸ばす。
 いちいち電伝虫に触るのがいやで導入しているそれを掴まえようとした俺の手は、すぐ傍から伸びて来た鉤爪の内側にからめとられた。
 鋭い切っ先をちかりと光らせるそれに動きを止めて、不思議に思いながらそれの主へ視線を戻す。

「……茶でも用意させようと思ったんだが、何か問題があったか?」

 リクエストがあるなら訊くが、と続けた先で、クロコダイルは笑いもせずにこちらを睨んでいる。
 その手が更に俺の腕を鉤爪へ絡めようとして、触れたその先端が軽く俺のむき出しだった腕をひっかいた。
 丁寧に手入れされているのだろう、あっさりと俺の体に傷がついて、ひっかき傷から血が零れる。じくりと湧いた痛みに、どうやらそれなりの傷になったらしいとはすぐに気が付いた。

「あ」

 鉤爪を伝っていきそうなそれに気付いて軽く腕を上げると、俺の肘側に流れて来た血が掛け布の上にぽたぽたと滴っていく。
 俺に怪我を負わせたクロコダイルの鉤爪が離れていき、それを見送りつつもう片方の手で傷を軽く抑えると、ナマエ、とすぐそばの男に名前を呼ばれた。
 顔をそちらへ向ければ、先程と同じ仏頂面のまま、クロコダイルが言葉を紡ぐ。

「テメェに選択肢をくれてやる」

 そこで一度葉巻を口にくわえて、吐き出した煙が部屋の中へとじわりと満ちた。

「今すぐこの船のもんを砂にされて何もかも無くして連れていかれるか、一時間猶予を貰うかだ」

 どちらがいいかと問いかけているが、どう考えても結論が同じであるそれに、これはまた、と小さく呟く。

「なんで俺が誘拐されるんだ?」

 出来る限り最良のビジネスパートナーとしてやってきたつもりだったが、何かがクロコダイルの気に障ったのだろうか。
 しかし、ただ気に入らないだけなら、目の前の海賊はそれを排除するだけだろう。それだけの力をクロコダイルは有しているし、時たま匂わされる『組織』を使えば、自分とのつながりだって気付かせないまま俺を消してしまえる筈だ。
 わざわざ『攫う』というその選択肢に首を傾げた俺の前で、自分の胸に聞くんだなとクロコダイルが言葉を紡ぐ。
 どうやら原因は俺にあるらしいと把握して、俺は素直に自分の胸に手を当てた。
 そうしながらどうにかつい最近のことを振り返ってみるものの、やはり、クロコダイルが不愉快になることなんてした覚えはない。というよりも、クロコダイルに会うこと自体が数か月ぶりだった。
 最後に会った時は食事を共にしたが、その時のクロコダイルはそれなりに機嫌が良かったと思う。
 それ以後にクロコダイルとは接触していないし、しいて言うなら『クロコダイルの知り合い』と初めてのビジネスを交わしたくらいだ。
 クロコダイルの知人だからと、何となくつけた軽い『オマケ』にフッフッフと楽しげに笑っていた王下七武海の男を思い浮かべ、それからもう一度首を傾げた俺の前で、クロコダイルの手が葉巻を軽く握りつぶした。
 まだ煙の零れるそれを放り捨て、足を組み替えるついでにそのまま踏みつぶす。

「決められねェってんなら、今すぐおれの好きなようにするがな」

「ああ、それじゃあ一時間猶予を貰う方で」

 待つつもりも無いらしい相手に、そう言葉を向ける。
 出来れば二時間と言いたいところだが、クロコダイルがそう言った交渉をしないことはもはや知っていた。
 クロコダイルが二択を迫ったら、三択目を口にした時点で機嫌を損ねてしまうのだ。
 『はい』か『いいえ』の二択で生死を選べと言われないだけ、一応の譲歩はされている。

「電伝虫は使ってもいいのか?」

 あまり得意じゃないが仕方ないと考えて言葉を紡ぐと、横でおれが聞いてることを忘れなきゃあな、とクロコダイルが呟いた。
 通報するなら殺すと言っているその目を見やり、別に構わない、と肩を竦める。

「さすがにすぐ放り出せないからな、仕事の引継ぎをしなけりゃ」

 俺に何かがあっても大丈夫なように言い含めてはいるが、部下達が混乱するのは避けたい。
 そう考え、ベルがあるのとは逆側のチェストにいる電伝虫がいまだ眠っているのを確認してから、そういえば、と言葉を紡いだ。

「いつ頃までスケジュールの都合をつければいいんだ? 『身代金』も必要か」

 金の融通をしろと言うならこんなことをしなくたってするつもりだが、クロコダイルが求めているのはもっと別の物だろうか。
 考えながら確認した俺を見やり、クロコダイルがゆるゆるとその眉間に皺を蓄える。
 ぎろりと睨み付けるその眼光の鋭さに思わず身を引いた俺の前で、クロコダイルが新しい葉巻を取り出した。
 その後吐き捨てられた言葉によると、どうやら期間は無期限であったらしい。
 さすがにそれは少し困るのだが、俺に拒否権は無さそうだった。


end


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