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お祝いにきました
※特殊能力系主人公とクザン大将



「こんにちは!」

「あららら……久しぶりじゃない」

 執務室に入った途端に寄越された声に、クザンは軽く息を吐きながら扉を閉じた。
 最近何かやってたっけ、などと尋ねながら歩んだ足が、部屋に備え付けのソファへと向かう。
 クザンが寝そべっても問題ないほどには大きいそれに座って見やると、クザンの机の横に立っていた青年が肩を竦めた。
 おざなりな変装を手助けしているサングラスを額に押し上げて、不思議そうなその目がクザンを見やる。

「してないですよ、新聞にも載ってないですよね?」

 そうして寄越された言葉に、まあそうね、とクザンも頷いた。
 ナマエと言う名の泥棒が、時折新聞にその名前を記されるようになって数年が経つ。
 誰にも知られていないが、天竜人の手元からペットや宝すら盗み出す『悪人』と交流を持っている海兵は、クザン一人だった。
 数年前のあの日、どう見ても命からがらと言った体でクザンの執務室へ飛び込んで来たナマエが、どうしてかクザンを『正義の味方』だと認定したからだ。
 いつもは金銭を狙うらしいナマエが、何らかの『宝』を手に入れた時だけはそれをクザンの下へと返しにくる。
 ナマエが行っている盗みのすべてを『悪』と断じることも出来ないクザンには、それを断って突き返すことも出来ない。
 おかげで、クザンはグランドラインのあちこちを放浪して『実績』を作らなくてはならず、サボり癖が酷くなったと同僚に眉を顰められている始末である。
 今日もまた、始末に困った宝を持ち込んだのかと思ったが、見やったナマエは手ぶらであるし、彼の自己申告の通り、その名前が新聞に掲載されていた様子は無かった。

「それじゃあ何か用事があった?」

 わざわざ海軍本部にまで足を踏み入れた『罪人』に、クザンが首を傾げる。
 ソファに腰を下ろしたまま視線を向けた先で、こくりとナマエが頷いた。

「大事な用事があるんですよ」

「へえ、そうなの」

「はい。色々考えたんですけど、考えすぎてもうこれしか浮かばなくて……」

「…………何の話?」

 寄越される言葉の不明瞭さにクザンがもう一度首を傾げると、まあ百聞は一見に如かずと言いますし、と言葉を落としたナマエが帽子を外す。
 ついでに額に乗せられていたサングラスも取り除かれて、不格好で適当すぎる変装を解いたナマエを見たクザンが、それからちらりと執務室にただ一つの通路側にある扉を見やった。
 今の時刻はまだ日中で、扉一枚を隔てた向こう側には海兵が歩く通路がある。
 一番最初の『盗み』でその顔をしっかりと撮られたナマエは、海兵達にも顔の割れている泥棒だ。
 特に、一度会ってみたいねえと言って笑っていない笑顔を浮かべた海軍大将も、今日は同じこの建物の中にいる。
 今は気配を探っても感知できないほど遠くにいるようだが、かの光人間が能力を使えば感知する間もなく移動してくることは分かりきっていたので、仕方なくクザンはソファから立ち上がった。

「ちょいと無防備すぎるでしょうや」

 そうしてそんな風に言いながら、執務机の隣に立っているナマエへ近付く。
 不思議そうなその手から帽子を取り上げて被り直させると、別に大丈夫ですよ、とされるがままになりながらナマエが答えた。

「今から行くところには、人目も無いですし」

「ん? 何?」

「クザンさん、今日は急ぎの仕事とかないですか?」

 クザンに帽子を押し付けられたまま、下から見上げたナマエの唐突な問いに、クザンの視線が自分の執務机へと向けられる。
 いくつかの書類がそこに重ねられてはいるものの、珍しくそこに締め切りの近いものは見当たらなかった。
 それを知っているから、クザンは元々これから本部を離れるつもりだったのだ。
 通りがかった自分の執務室に人の気配を感じなかったら、今頃その足は海の方へと向かっていたに違いない。
 まあ無いよ、とクザンが頷けば、それなら良かった、とナマエがとても嬉しそうな顔をする。
 それと共にその手が自分の頭に触れているクザンの腕を掴まえて、非力なそれがしっかりとクザンの手首を握りしめた。

「じゃ、行きましょう」

「行くって、どこに?」

「とっておきですよ」

 すごく探したんですからねと、相変わらず不明瞭なことを言いながら足を引いたナマエのもう片方の手が、執務机のすぐそばにある壁へと触れた。
 何度かクザンが目撃したのと同じように、その掌が壁の中へとずるりと滑り込んでいく。
 何でこれで悪魔の実の能力者じゃないんだろうねと、手を掴まれたままで眺めたクザンを見やってから、ついてきてください、と言葉を零したナマエが先に壁へ向かって歩き出した。
 まるでそこには遮蔽物など無いかのように、するりと壁へ消えていったナマエの腕に引っ張られて、仕方なくクザンもゆるりと歩き出す。
 興味半分疑い半分で踏み出した足はナマエの腕と同じように壁の中へと割り込み、あらら、と声を零したクザンの体すらもその中へと入り込んだ。
 初めて入り込んだ壁の中は暗く、何一つ見えはしない。
 しかし、周囲を観察するクザンの手を引くナマエには何の迷いもなく、クザンの感覚でたったの二歩足を動かしたところで、唐突にその目の前が明るくなった。
 思わず眉を寄せて目を眇めたクザンの自由な手が、己の目元をその明るさから庇う。
 ぶわ、と風が前方から吹き寄せて、クザンの髪やシャツの襟を揺らした。
 それを避けるように少しだけ顔をそむけたクザンの視界に、今しがた自分が『出て来た』方向にある平たい岩が入り込む。
まるで壁のようにそびえるそれは無機質な色をしていて、思わずクザンが掌で触れても、硬い感触を返すだけだった。

「どうですか、ここ!」

 不思議な能力だなと事象の確認に努めるクザンの前方で、ナマエがそんな風に声を上げる。
 明るさに慣れ始めた視線をそちらへ向けてから、ここ? と呟いたクザンは改めて周囲を見回した。
 遠くに青い海原が見えるそこは、どうやら少し高い丘の様だった。
 ただ、おかしなことに、大地となるべき部分を白くて柔らかなものが殆ど覆っている。眩しかったのは、その白が視界に入っていたからだろう。

「……空島?」

 島雲に似たそれに思わず呟いたクザンに、違いますよとナマエが返事をした。
 それから、ぐいとクザンの腕を引っ張った彼に合わせて、クザンがその場から歩き出す。
 柔らかなそれらをいくつか踏みつけ、そうして一番大きな白いそれの近くで足を止めたナマエが、どうぞ、とそこを空いた掌で指し示した。
 進められるがままにそこへと座って、クザンの手が改めて踏みつけたそれの感触を確かめる。
 触れば触るほど、空の上にある島々のものと同じとしか思えない。

「……どこなの、ここ」

「俺にも分かりません」

 クザンの問いにナマエが答えて、そのあいまいさに思わずクザンが視線を向けると、ナマエは佇んだままでクザンを見下ろしているところだった。
 先ほどクザンが被せた帽子を着けたままで、その手がようやくクザンの腕を手放す。

「ただ、良い所無いかなーって探してたんです」

「良い所?」

「ほら、ここだと昼寝するのも気持ちよさそうじゃないですか」

「……ああ」

 言われて、確かに、とクザンは手元のそれの柔らかさを堪能した。
 柔らかなそれらは高級なマットレスも及ばないほどで、ふわふわとしたそれの上に寝そべれば最高に気持ちがいいことは間違いない。
 遠慮せずにどうぞ、と笑顔のナマエが進めてくるのを、胡坐をかいた膝に頬杖をついたクザンが見上げる。

「けど、なんでわざわざおれをここに連れて来たの」

 しかも先ほどの口振りからすると、ナマエはこういった場所を捜し歩いていたかのようだ。
 何か目的があるのかと窺ったクザンの視線を受け止めて、あれ、とナマエが不思議そうに首を傾げた。

「間違ってました?」

「何が」

「だってクザンさん、今日誕生日じゃなかったですか?」

 とても不思議そうに寄越された問いかけに、え、と思わずクザンの口から声が漏れる。
 それから今日の日付を思い返し、そういやそうだね、と一つ頷いた。
 誕生日を気にして祝っていたのなんて十代も半ばの頃くらいまでで、それからはふと思い返しては『過ぎたな』と思う程度だったが、確かに、今日はクザンの誕生日だ。
 どうしてそんなことをナマエが知っているのかは分からないが、海軍大将のプロフィールぐらい、特殊な情報網が無くても手に入れることは可能だろう。
 そう結論付けたクザンの横で、色々考えたんですよ、とナマエが呟く。

「そりゃあ俺は生きる為に盗みはしますけど、『正義の味方』に盗んだお金でプレゼントを買うのはなんか違う気がして」

「まあ、そうね」

「かと言って、俺は手配書のせいで働くことも難しくて」

「働けるんだったら盗みはしねェって言ってったっけ」

 しみじみ呟くナマエが以前言っていたことを思い出し、クザンも軽くため息を零す。
 ナマエが盗みを働くのは、生きていくためには金が必要であるからだ。
 盗んだ『宝』をクザンの手元まで持ってくるのは、それを換金するルートすら思いつかないほどに善人として生きて来たかららしい。
 ついでに言うなら、ナマエが『宝』を盗む時の目的は別にあるのだと言うことを、クザンは知っている。
 だからこそ、未だにその手はすぐ傍らの『罪人』を氷漬けにすることも出来ないのだ。

「仕事のお手伝いでもできればよかったんですけど、誰か他の海兵に見つかったらまず間違いなく騒ぎになりそうですし」

「絶対になるからやめて」

「はい、だから、せめてこういう場所にお連れしようと思いまして」

 こういう、と言いながら周囲を掌で示したナマエが、存分に昼寝しちゃってください、と穏やかに微笑んだ。
 うららかな日差しが注ぐその場所で、柔らかな島雲に似た何かの上に座り込んだクザンが、ふうん、と小さく声を漏らす。

「つまり、気持ちよく昼寝できそうなここに連れてくるのが、おれへの誕生日プレゼントってこと?」

 呟いたクザンに、そうなりますね、とナマエが頷いた。
 誕生日おめでとうございます、と続いたそれへありがとうと返事をしながら、クザンの視線が改めて周囲へと向けられる。
 どういった仕組みの物かは分からないが、確かに寝心地は抜群の場所であるようだった。
 この島がどこなのかすらクザンには分からないが、あちこちを『散歩』しているクザンが見たこともないのだから、ひょっとするとグランドライン以外の場所なのかもしれない。
 危険性のなさそうなそこにごろりと横になって、柔らかなそれに背中を預ける。
 その状態で見やると、立ったままのナマエがクザンの方を見下ろしていた。

「……何立ってんの」

「え?」

「ほら、座りなさいや」

 体を横向きにしてそう言いながら、クザンの片手がぽんぽんと傍らの白い塊を叩く。
 不思議そうな顔になったナマエがそれでも素直に従ってそこへと座り込み、その視線をクザンへと向けた。

「はい、寝る」

 それを見やり、伸ばした手で掴んだ体をぐいと引き倒せば、うわ、と声を漏らしたナマエの体がクザンと同じくその場に倒れる。
 白い島雲に似た何かのせいで痛みは無かっただろうが、どんくさいその倒れ方に、クザンはナマエが戦えない人間であることを再認識した。
 戦い方も知らない、恐らくはただの一般人だったのだろうナマエがお尋ね者なのは、彼が自分の正義を曲げずにいるからだ。
 幾度も行ったその『盗み』のせいで法外な金額となったその首を狙う賞金稼ぎはごまんといるだろうが、それと同じく、彼に助けられて喜び彼に感謝した人間も数多くいるに違いない。
 だからこそ彼を捕らえないクザンの横で、クザンさん? とされるがままになりながら不思議そうな声を出したナマエを放っておいて、クザンは額に押し上げていたアイマスクをひょいと降ろした。

「一緒じゃないと帰れないんだし、おれの昼寝に付き合いなさいね」

 そしてそんな風に言いながら、ぽんぽん、とナマエの体を軽く叩いてひっこめた手を枕にして、おやすみ、と紡いでからアイマスクの下で目を閉じる。

「…………え、俺も寝るべきですか?」

 戸惑ったようなナマエの声が聞こえたが、眠るつもりのクザンは返事をしなかった。



end


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