- ナノ -
TOP小説メモレス

結局、君は僕をとるしかないんだから
※無知識異世界トリップ主人公に降りかかる事象は大体ドフラミンゴの差し金



 ドンキホーテ・ドフラミンゴは、海賊のわりに『いい人』だ。
 そう思うのは多分、俺がこの世界に来た時にひょいと拾ってくれたのがあの人で、右も左も分からない異世界で薄汚れていた俺にフフフと笑って『まとも』な環境をくれたからだろう。
 どう考えても日本や地球とは思えないこの世界で、ギネスブックに載っているよりも大きい体をした人達を何人も従えたドフラミンゴは、どう考えても役に立たないだろう俺を助けてくれた。
 そのおかげで生活環境も整って、今の俺はこのドレスローザで何とか暮らしていけている。

「よォ、ナマエ。生きてっかァ?」

「あ、いらっしゃいませ」

 カラン、とドアベルを鳴らして現れた相手に声を掛けながら、グラスを磨いていた手を止める。
 見やった先には、もう見慣れた海賊がいた。
 桃色の羽毛をあしらったコートをもふもふと揺らして、近付いてきたその巨躯がカウンター側の椅子に座る。
 他の椅子よりずいぶんと大きいそれは、彼に座ってもらう為に用意した特別製だ。

「三週間ぶりですね」

「ああ、中々時間が取れなくてなァ」

 俺へそう返事をしながら、ドフラミンゴがカウンターに頬杖をつく。
 海賊でありながら『国王』であるらしいこの人は、案外忙しい身の上だ。
 その息抜きにわざわざここまで来てくれたことが嬉しくて、そうですかと頷いて微笑みを浮かべる。
 俺の顔を見やったドンキホーテ・ドフラミンゴは、そのままで、『何か変わったことは無かったか』、と俺へ尋ねた。
 彼へいつもの物を用意しながら、いいえ、とそちらへ返事をする。

「何も、特別なことはありませんでした」

 しいて言うなら、付き合っていた女性に手酷く振られたことくらいだ。
 この国の女性は情熱的で、日本人である俺からすると一歩引きたくなるくらいだが、その態度がどうにも気に入らなかったらしい。
 俺を罵ったりはしないものの、興味を持てなくなったと悲しそうに言われるのはなかなかにつらいものがあった。俺も彼女を好きになっていたからなおさらだ。
 しかし、彼女が俺から離れたいと言うのなら、異世界から来た俺にそれを引き止める権利は無いだろう。
 ドレスローザに来てから、女性に振られるのはこれで四回目だ。間に何とも驚くことに『男性』が入っているので、それもカウントするなら五回目になる。
 五回も誰かに声を掛けられるだなんて、ひょっとすると今の俺はモテ期なのかもしれない。
 人生で三回しかないというそれのうちの一回を異世界で使ってしまうあたり、俺もどうしようもないやつだ。

「そうか、何もか」

「はい」

 つまらなくてすみませんとそちらへ言葉を続けると、フフフと笑ったドフラミンゴが軽く手を揺らす。

「別に何か悪いとは言ってねェ、謝るなよ、ナマエ」

 お前の悪い癖だぜと柔らかく言葉が続けられ、慰めるようなその柔らかい声に、ありがとうございますと返事をした。
 それから、用意したカップをドフラミンゴの前へと置く。

「どうぞ」

「おう。今日もいい豆が入ってるじゃねェか」

 香りを確かめたドフラミンゴが、そんな風に言いながら片手でカップをその手に持った。
 このドレスローザへと連れてこられて、俺がこうやって町の外れで喫茶店を営んで生活が出来るようになったのは、全部がこの目の前の『海賊』のおかげだ。
 落ちていた俺を拾った後、俺の身の上を聞いて何でもないことのように笑ったドフラミンゴは、俺の『趣味』を披露させてそれを褒め、あれよと言う間にこの小さな店をくれた。
 いくらかかったかを教えてはくれなかったが、小さいとは言え住居兼店となる場所をくれた相手には、猛烈に感謝している。
 ひょっとすると国王で海賊のドフラミンゴにとってははした金だったのかもしれないが、いつかその金を返したくて、今はこつこつとベリーを貯めている最中だ。

「ナマエが城で淹れりゃあ、おれもわざわざここまで来なくてすむのによ」

 半分ほど中身の減ったカップにミルクを垂らしながら、そんな冗談まで言って褒めてくれる相手に、そう言って頂けると嬉しいです、と俺は微笑みを返した。
 城にはただの趣味でしかない俺よりもっとうまくコーヒーや紅茶を淹れる使用人なんてたくさんいるだろうし、本当に忙しいならドフラミンゴだって俺を呼びつけるはずだ。
 二、三回はそれをされたし、上等な食器や豆や茶葉であふれたあの厨房にも足を踏み入れたことがある。ベビー5と名乗った彼女は、ドフラミンゴに悪態をつきながらも俺を手伝ってくれた美人でいい人だった。
 ドフラミンゴが俺の店をこうやって訪れるのは、息抜きついでにジャンクフードを食べに来たようなものだろう。
 笑ったままの俺を見やって、笑ったままのドフラミンゴがカップを傾ける。
 その途中で、ふと何かに気付いたように壁際を見やって、巨体の上の頭が軽く傾いた。

「……おいナマエ、あそこにゃあ何かかけられてなかったか?」

「あそこですか?」

 言われてドフラミンゴと同じ壁際を見やって、ああ、と返事をする。
 確かに、以前ドフラミンゴが来たあの日まで、その壁には絵が一枚掛けられていた。
 日用品の買い出しに言った先で何となく気に入って買った、綺麗な海の絵だ。
 そういえばドフラミンゴも気に入ったようで、あの絵を褒めてくれていた。たった一軒の店の内装に気付いてくれるあたり、ドンキホーテ・ドフラミンゴは案外マメな海賊だと思う。

「ちょっと昨日、破けてしまって」

 だからそちらへ返事をすると、破いた? とドフラミンゴがますます不思議そうな声を出す。
 その目がちらりとこちらを見て、誰がだ、とその口が問いかけた。
 昨日来たお客さんの不注意でしたよ、とひとまず正直に俺は答える。
 昨日、この店にやってきたのは、数人の女性と数組のカップル、それからどこかの海賊だった。
 酒を扱っていない俺の店に入ってきて酒を要求して、ないと答えたら腹立たしげに店内を荒らして帰って行ってしまったのだ。とても怒った様子だったのに、目の前の俺に殴り掛かるのではなくて店内のものに拳を振り降ろしていった辺り、それなりの良識はある海賊だったのかもしれない。
 他に店内には客もいなかったし、店じまいをするところだったからそのまま店を閉めて、後片付けのついでに店内をきれいに掃除した。
 綺麗な絵が破けたのは少し残念だったが、形あるものはいつか壊れるというし、そのうちまたいいものが見つかるだろう。

「……やりすぎだ」

 俺の返事に、ドフラミンゴがどうしてかそんな風に呟いてから、じっとこちらを観察するように視線を向ける。
 どうしたのだろうかとそちらを見返すと、やや置いて軽くため息を零したドフラミンゴが、改めて頬杖をついた。

「ナマエ、本当に、何にも変わったことは無かったってのか?」

「? はい」

 そうして寄越された問いかけに、何故さっきと同じことを聞くんだろうと思いながら返事をする。
 国王ですら『海賊』であるというこの世界で海賊に遭遇するなんて普通のことだろうし、俺が誰かと付き合ったり別れたりするのが一大事だとは思えない。
 どちらかと言えば時々持っているものを『妖精』とやらに盗まれることの方が問題だが、あれはこのドレスローザではよくあることらしいから、やっぱり報告するには至らないだろう。

「特に、何も無いですよ」

 楽しませるようなお話が出来なくてすみません、とそちらへ向けて謝ると、別に謝れたァ言ってねえ、と呟きながらも、どうしてかドフラミンゴは釈然としない顔をした。
 その手がそれでもカップを持ち上げ傾けて、中身がそのまま空になる。
 白い陶器がその後でこちらへ向けられたので、受け取った俺は二杯目をそこへ注ぐことにした。先ほどとは豆を変えて、ふわりと零れる香りを軽く吸い込む。
 丁寧にコーヒーを満たしたカップを手渡すと、受け取ったドフラミンゴがやれやれとため息を零した。

「お前ェは、もう少しおれを頼れ」

 目の前に座る相手をどこの誰だと思ってんだ、と呟かれたので、俺は軽く首を傾げた。
 俺の目の前に座るのは、誰がどう見ても、このドレスローザの『国王』であるドンキホーテ・ドフラミンゴだ。
 海賊だけど、案外いい人だということも俺は知っている。そして多分、とても強いんだろうと言うこともだ。
 何かあれば頼っていいと言われたから、『何か』あれば頼るつもりではあるけど、今のところ別に、そんな事態も起こっていない。

「そう言って頂けるなら、どうしようもなくなった時にはお願いしたいです」

 とりあえずそう言うと、おう、と返事をしたドフラミンゴがカップを唇に押し当てた。
 旨いと褒めてくれる相手に嬉しくなって、ありがとうございますと返事をする。
 結局その日はあと二杯飲んで店を出て行ったドフラミンゴが、次に俺の店を訪れたのはそれから二週間ほど後のことだった。
 その間に往来で海賊に絡まれたり、オモチャ達に妙な視線を向けられたり、女性に言い寄られて短いサイクルで手酷く振られてしまったりもしたのだが、わざわざそんな話をするまでも無いと思ったので何も言わなかった。


end


戻る | 小説ページTOPへ