結局、君は僕のもの
※惚れっぽい異世界トリップ男子はロジャー海賊団古参クルー
ナマエという男は、とても恋多き男だ。
陸につくたびどこかの女に惚れ込んで、必死に口説いてはふられて帰ってくる。
それをログが溜まるまでの間繰り返して、海へ戻ってもしばらくは引きずっていることが殆どだった。
もはや病だなとそれを笑うクルー達も、そのうち復活するだろうと放置する始末である。
いっそのこと船から降りなければ女に惚れず無駄な時間を過ごさないのではないか、と言ったのはレイリーだったが、まさか久しぶりの陸を踏ませないなんて酷いことを本気で言っているわけでもなく、相変わらずナマエは女に惚れては恋に破れていた。
今もまた、酒場で仲間達と飲んでいたロジャーの目の前に現れたナマエはどんよりと暗い顔をしている。
「ようナマエ、また振られたのか」
豪快に酒瓶を呷ってから尋ねたロジャーに、ああ、と頷いたナマエが近寄ってくる。
ロジャーの横には一人分の席が空いており、彼はそのままそこへ腰を下ろした。
その手には先ほどカウンターで購入してきたらしい酒瓶が握られていて、そのラベルにあった銘柄に、笑ったロジャーが手を伸ばす。
「お前にこれは強すぎるだろ」
いつだったかロジャーが飲んでいる酒を一本分けてやった時、ナマエは一本を飲み切れずに倒れたのだ。その時より度数の高い酒を飲んで、無事にこの酒場から帰れるとは思えない。
言葉を置きながら酒瓶を掴んだロジャーがそれを引っ張ると、無気力なナマエの手はあっさりとその瓶を手放した。
開いた手に自分が半分ほど飲んだ酒瓶を乗せてやって、ロジャーの手が新たな酒のコルクを抜く。
独特の音を零して開いた瓶から漂うアルコールの匂いを吸い込み、似た匂いのするコルクをテーブルへ乗せたロジャーが瓶に口を付けようとしたところで、はあ、と傍らで何とも辛気臭くため息が漏れた。
ロジャーが見やれば、ロジャーの渡した酒瓶を掴んだまま、ナマエはまだ暗い顔をしている。
酒を奪われたと言うのに怒った様子もなく、騒がしい酒場には似つかわしくないその雰囲気に、しかし周りのクルー達は慣れてしまっているのか誰も何も言わない。
酒場は騒がしく、周囲のクルー達も大きな声で話しながら酒を飲んでいて、肩を竦めたロジャーが、そっとナマエの方へ体を寄せた。
片腕をナマエの肩に回して引き寄せ、相手の話を聞くという意思を持って顔を寄せながら、その口が言葉を零す。
「今度はどこの美人に声を掛けたんだ? ナマエ」
「港通りの肉屋のおかみさんだよ……」
「港通り? ……あー」
言われて少しだけ記憶の中を探ったロジャーが、脳裏にナマエの現在の『想い人』の顔を思い浮かべた。
豊満な体つきで明るい笑顔の、中々の美人であった筈だ。
「しかしありゃ、旦那がいただろう」
そしてその後ろに屈強な体格の男までいたのを思い出して言葉を紡いだロジャーに、だって恋はハリケーンなんだとナマエがどこかのことわざを口にした。
「あの素敵な笑顔に惚れたんだ、言わないではいられないじゃないか」
「よく肉屋の親父に殴られなかったな」
「…………目の前でのろけられてしまった……」
彼女も旦那にぞっこんだった、ともう一度肩を落とし、ナマエが呟く。
その現場を見ていないロジャーには分からないが、それは恐らくナマエの恋心を打ち砕く光景だったに違いない。
そいつは可哀想に、と笑ってやって、ロジャーは先ほど注文してあったつまみを引き寄せた。
自分の前に置いた皿からサラミをつまんで口に運ぶ。
この店のつまみは旨いなと頷いて、ロジャーの手が先ほどナマエから奪った酒瓶を掴み直した。
「前にレイリーが言ってただろう、ナマエは惚れたらすぐに口から出すが、一度飲みこんできちんと整理してから言えってよ」
ロジャーはナマエの告白現場に居合わせたことは無いが、彼の告白はそれはもう唐突なものであるらしい。
一度シャンクスとバギーがナマエと美人に扮して物まねをしたことがあって、他のクルー達から似ていると評価を受けていたので様子は何となく分かるが、目と目が合った瞬間に手を握っていてはさすがに頬を張られるのも分かるというものだ。
いくらロジャーでもそんなことはしない。
ため息を零していたレイリーの助言を口にしたロジャーに、しかしナマエはちらりとも視線を向けずに言葉を零した。
「好きになったらその時に言葉にしておかないと、何かがあって言えなくなってからじゃ遅いじゃないか」
まるで一度そんな目に遭ったことがあるとでも言うように紡がれたのは、レイリーに言い返していたのと同じ台詞だった。
ナマエは、ロジャーが海で拾った男だった。
木の板にしがみ付いて漂流するその様子にロジャーが手を出し、ため息を零したレイリーにも手伝わせて世話をした彼は、素性の分からぬ漂流者だ。
ロジャーとレイリーを見上げ、その名前を聞いてどうしてか目を見開いた後で気絶したナマエは、あまり強くはないがロジャーもレイリーも知らないことをよく知っている男だった。
大体が『マンガチシキ』というらしいが、それがどういうものなのかすらロジャーには分からない。
彼自身に興味を持ったロジャーが彼の手を掴んで自分の仲間へと引き入れて、今ではナマエも立派なロジャー海賊団のクルーの一人だ。
「前もそんなこと言って振られてたじゃねェか」
笑ってやったロジャーが肩から手を放すと、うう、と呻いたナマエが両手で持っていた酒瓶を握りしめた。
「あん時は、なんだ、『海賊はいやです』だったか?」
以前の島にいたのは三日間で、その間にナマエは一人の女に恋をしていた。
珍しくうまく行ったらしく、三日の間初々しくも『恋人』であったらしい彼女は、しかしナマエの素性を聞いた途端に掌を返したのだと言う。
振られて帰ってきたナマエの嘆きからそれを聞いたクルー達は、恋に生きるナマエなら船を降りかねないと噂していたが、そんなことはあり得ないことくらいロジャーには分かっていた。
そしてロジャーのその確信の通り、ナマエはオーロ・ジャクソン号に乗ったままあの島を離れて、今もロジャーの傍らに座っている。
「あの失敗はもう繰り返してないぞ。今日はちゃんと、『海賊ですが貴方が好きです』と言ったんだ」
両手で酒瓶を持ったままのナマエが言い、その目がようやくロジャーを見やる。
だけど駄目だったんだと呟く相手に、だから旦那がいるんじゃ仕方ねェだろう、とロジャーは笑った。
海賊なのだから奪っていけばいいだけの話なのかもしれないが、ロジャーの傍らで長い間『海賊』をやっている癖に、ナマエは海賊らしくない『海賊』だ。戦いを好むわけでもなければ酒に強いわけでも無く、海が特別好きだと言うわけでもなく、財宝にもそれほど興味を持たず、冒険より安全を選ぶ。
それでも彼が船に乗っているのは、ロジャーが彼を誘ったからだと言う自信が、ロジャーにはある。
レイリーが呆れた顔をしながらも頷いていたから、恐らくそれは間違いではないだろう。
「大体ナマエ、もし女がお前のことを『海賊でも好きだ』と言ったとして、お前はその後どうするんだ」
尋ねながら酒瓶を呷ると、ロジャーの口の中に度数の強い酒が流れ込んだ。
喉を焼くそれを飲み下せば、食道を刺激しながら降りていった酒が胃を熱くする。
吐き出した息に酒の匂いを強く混ぜて、わずかに口の端から零れた酒を腕で拭ったロジャーの横で、そうだなあ、と呟いたナマエがその手元の瓶を口元へと寄せた。
「船に乗ってついてきてくれって頼むか、俺が戻るまで待っててくれって頼むか、どっちかだろうなあ」
当然のことのように言いながら、ナマエがくぴりと酒を飲んだ。
何とも小さな一口だが、それで顔をしかめるナマエが酒瓶の中身を空にするには、恐らくロジャーが手元の瓶を一本あけるより時間が掛かるだろう。
その様子を眺め、分かりきった答えを寄越したナマエの傍らで、ロジャーの口元に笑みが浮かぶ。
ナマエは恋多き男だ。
しかし、どれだけ相手へ惚れ込み、振られるたび奈落に突き落とされたような顔をするほど好いていても、彼はロジャーの手元へ戻るのである。
それも当然だった。
なぜなら彼を拾ったのはロジャーであり、すなわちナマエという男はすでにロジャーの物なのだ。
「まァ、そん時ァおれにも紹介しろよ」
「ああ、もちろん」
機嫌よく酒を飲むロジャーの傍らで、酒が入ったからか先ほどより顔色の良くなったナマエが頷く。
それからも彼は恋の戦に黒星を並べたが、それも仕方の無いことだった。
end
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