結局、君は彼らのもの
※パト入手以前
※主人公が無気力不老不死チートの気配
※アンリミテッドワールドRのEDネタも含まれます
※赤の伯爵がとても捏造
※若きレッドフィールド
彼を『亡霊』と最初に呼んだのは一体誰だったのだろう。
レッドはそれを知らないが、言いえて妙だ、とも思った。
ナマエを表すのに、これ以上の言葉は無いに違いない。
「久しぶりだな、パト」
見覚えのあるジョリーロジャーを掲げた船へ近付き、断りもなく甲板へ降り立ったレッドを見やり、その愛称を口にした青年が微笑みを浮かべた。
半分に欠けた月が雲にかくれながら照らす甲板の上は海ほどではないものの暗く、レッドの足が慎重に甲板の上を動く。
そこにいくつも横たえられている棺桶を蹴り飛ばしてしまっても目の前の彼は怒らないだろうが、『仲間』を蹴られていい気分になる者はいないだろうという判断だ。
レッドのその様子に気が付いて、ナマエの手が自分の傍らに置かれていたランプを掴み、それをレッドが歩く方へと掲げて照らした。
「聞いたよ、また賞金が上がったそうじゃないか」
レッドへ向けてそう言いながら、ナマエがその手に持っていた新聞を軽く揺らす。
どうやらこんな暗い中で新聞を読んでいたらしいと把握して、レッドは軽く肩を竦めた。
「海軍の取り決める『金額』に、それほど価値があるとは思えん」
その体質故に仲間を集めることを諦めたレッドは、今は基本的に一人で海を渡っている。
どこにいても誰からも注目を集めるような同世代の海賊達に比べれば地味と呼ばれる分類で、レッドは海賊としての生業を行っていた。
それでも時には海軍にその所業を悪と断じられることもあり、首にかかる賞金はじわじわと重たく大きくなっていっているのだが、レッドにとってはどうでもいいことだ。
わずかに楽しげな顔をして、それもそうだな、と呟いたナマエも恐らくは同じようなことを考える人間だろう。
『亡霊』などという二つ名が付いた相手へ近寄れば、ナマエの手がランプを置き直してその灯を消し、少し広がっていた新聞を畳み直す。
「それで、今日はどうしたんだ?」
何か用事があってきたのか、と尋ねるその声音も届く心の音も、ただ不思議がるような響きを持っているだけだった。
貴様の顔を見に来ただけだ、と端的に言い放ち、レッドの目が目の前のナマエを見下ろす。
寄越された言葉に、ナマエが首を傾げた。
「俺の顔? かわりばえしないだろう?」
そんな風に言い放つ彼は、その瞳の老いを除けば、レッドと同じ程度の年齢の見た目をしていた。
しかし、彼が二つ名を付けられてからもうかなりの年月が経っていることをレッドは知っている。
その強さも頭に蓄えられた情報量も、長い年月が無ければ培うことなど出来ないものだ。
何より、出会った頃よりレッドの見た目は変わったと言うのに、ナマエは何一つ変わらない。
「そうだな」
だからこそ頷いて、レッドは軽く眉を寄せた。
海王類に襲われたレッドを助けてくれたあの時は、ナマエは確かにレッドより年上に見えた。
しかし今は、レッドとそれほど変わらない。恐らくこのままいけば、レッドはナマエを残して老いていくのだろう。
老いを知らぬその身を化物だと呼ぶ人間もいたと、そんな風に笑って聞かされたのはいつのことだったろうか。
「……貴様は、能力者なのか?」
尋ねたレッドに、はははは、とナマエが笑った。
「そんなわけないだろ、あえて不味い物を食べる趣味はないからな」
「味覚があったのか」
「そりゃあるよ」
失礼だな、と呟きつつまだ笑ったままのナマエの手が、自分が持たれる船の縁を軽く叩く。
誘われて並んだレッドがそこに同じく背中を預けると、自分の傍らに佇んだ海賊を見上げてから、ナマエが囁いた。
「俺の『これ』のこと聞くの、初めてじゃないか。どうしたんだ?」
問いかけるナマエの目が、じっとレッドを窺っている。
すぐそばにいると言うのに、わずかに不思議そうな気配がするだけで、相変わらずナマエの心はレッドの元まで届かなかった。
いつだって騒がしいロジャーや、レッドに聞かれていると分かっていてその心と同じ言葉を口にするニューゲートとも違う、心地よい静けさにレッドの口からは息が漏れる。
生まれつき見聞色の覇気をその身に宿していたレッドにとって、人の気配とその心は、否応なしに感じ聞こえてくる煩わしいものだった。
仲間を集うことを諦めたのも、同じ理由だ。
ロジャーが酒の席でレッドを誘ったこともあったが、彼の船のクルー達と長らく関われると思わなかったレッドはそれに頷かなかったし、ニューゲートは難儀な奴だとそれを見て笑っただけだった。
しかし、ナマエの傍でだけは、他の人間の傍では腹が立つほど聞こえてくるその騒々しさがまるでない。
それがナマエ自身が特異な心を持っているからなのか、それとも見た目以上に年齢を重ねているがらしいための老練さからくるものなのかはレッドには判別がつかないが、あえて判別をつけようとも思わなかった。
重要なのは、今、レッドがナマエの傍にいても不快ではないと言う事実だけだ。
静かに、ただ穏やかに会話をすることが出来る相手というのがどれほど貴重なのかは、恐らくレッド自身にしか分からないことだろう。
「いや……誘う相手のことは知っておきたいと思っただけだ」
「誘う?」
だからこそそう言ったレッドへ、ナマエが首を傾げた。
何に、と問いかけるその顔を見下ろして、レッドが言葉を紡ぐ。
「ナマエ、我と共に来い。貴様の『仲間』と共に」
言葉の後ろでちらりと甲板の上に並ぶ棺達を一瞥してから、レッドは囁く。
ナマエの仲間達は、今は全員が棺の中の物言わぬ住人となっている。
この船に数日滞在したあの時にこっそりと棺の中を確認したレッドは、そこに殆ど骨となった遺骸があることを確認していた。
『亡霊のナマエ』は、己の海賊団をひたすらに愛し、彼らの遺骸を乗せた船から離れることは殆ど無い。
それを知っているからこそ、レッドは先日、今まで乗っていたのより大きな船を強奪してきたのだ。
レッドの言葉に、ナマエはその目を瞬かせた。
何かを考えるように少しだけその視線がさ迷って、それからレッドからその目が逸らされる。
「……悪いけど、断るよ」
呟くその声音に、レッドは眉を寄せた。
「何故だ」
一人だけを誘ったのではなく、棺の中の『仲間達』も共にと求めたはずだと言うのに、どこに不満があるというのだろうか。
尋ねたレッドに笑って、ナマエの足がその場から踏み出す。
レッドを置いて甲板の中央まで移動してから、傍らの棺桶の一つを見下ろしたナマエは、レッドへ背中を向けたままで言葉を紡いだ。
「だって、お前も死ぬんだろう?」
落ちた声は、レッドへ届く心の音とよく似た静かさを持っていた。
何もかも諦めたような、小さなその声に、レッドの口からは溜息が漏れる。
「ああ、死ぬ」
『人』だけに限らず、生きるものは全て死ぬのだ。
それは怪我であったり病であったり、それらを避けたとしても老いで死ぬのだと分かりきっている。
そんなものを断りの理由にするのか、と睨み付けた先で、ナマエがくるりとレッドの方へと振り向いた。
「置いて行かれるのは寂しいんだよ、パト」
言い放つナマエの顔は、薄暗い甲板の上ではよく確認できない。
ナマエがいくつなのかを、レッドは知らない。
尋ねた時に本人が首を傾げていたから、もしかすると本人ですら忘れてしまっているのではないだろうか。
老いを知らぬ彼が、一体どれだけの別れを経験してきたのかも、聞いたことはない。
「失うことを怖れて、与えられることを拒むのか」
口を動かしたレッドの前で、ナマエは少しばかり困ったような気配を零しただけだった。
寂しいと口にするなら次の相手を見つけてその寂しさを紛らわせてしまえばいいと言うのに、彼にその選択肢は無いらしい。
ナマエのすぐ傍や、レッドの近くにも並ぶ棺桶の中身がナマエにとってどれほど大事なのかは、今まで『仲間』と呼ぶべき相手がいたことのないレッドには理解しえないことだった。
唯一分かるのは、彼らこそがナマエの『一番大切な何か』であり、ナマエが同じほど大切にできるものを手に入れることを拒んでいるという事実だけだ。
死んだ者達を忘れろとは言わないが、それだけを抱え込んだまま海をあてもなく流離うその様子は、なるほど『亡霊』と呼ばれるのも仕方の無いことだろう。
わずかだが不愉快さを感じて、レッドはその目を軽く眇めた。
もしもナマエが見聞色の覇気に長けていれば首を傾げたかもしれないが、ランプの消えた甲板の上はそれなりに暗く、ナマエの目にはレッドの表情の変化は確認できなかったようだ。
馬鹿馬鹿しい、と舌打ちを零して、レッドがその場から歩き出す。
ほんのわずかに注意して棺桶を蹴らないようにしながら移動し、ナマエの傍らを通り過ぎると、パト、とナマエがレッドの愛称を口にした。
赤の伯爵と呼ばれるようになってから、レッドをその名で呼ぶのは、ナマエ以外には同じ世代である海賊達数人だけだ。
先ほど自分が降り立った場所でようやく足を止めて、レッドがナマエを振り返る。
暗がりの向こうから自分を見つめるナマエの視線を感じて、レッドは暗いそこでも分かるように大仰に礼をした。
「今日のところは引き下がってやる。用は済んだ、また会いに来るとしよう」
一度断られたからと言って、諦める筈がない。
レッドは海賊であり、海賊は自分の狙う獲物を逃したりはしないのだ。
いつか必ず『亡霊』のナマエを手中に収めると誓ったからこそ、今はひとまず引くと決めて、レッドは顔を上げる。
次は手土産を持ってくる、と続けて、レッドの足が甲板から船の縁へとかかった。
海に背中を向けて不安定な場所へ佇んだレッドに、ああ、うん、とナマエが何とも言えない声を出す。
いつもならもう少し長くともに過ごすのだから、もう帰るのか、と少しは残念に思ってくれているのかもしれない。
そんな風なことを少しだけ考え、何を馬鹿なことを、と自嘲したレッドの足が船を蹴り、自らが連れて来た船へと移動する。
ナマエの船より幾分大きなそれの甲板から見下ろすと、レッドを見上げた人影が、レッドに気付いて手を振った。
「次は、酒でも用意しておくよ」
張り上げた声がそんな風に言葉を綴って寄越し、レッドの目が軽く瞬く。
それからその顔にわずかに笑みが浮かび、やや置いてその口から声が漏れた。
「楽しみにしておくとしよう」
あまり力も入れなかったその声は、けれどもしっかりとナマエの耳にも届いたらしく、ナマエが暗がりでもう一度大きく手を振った。
end
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