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海賊王生誕祭/レッド
!注意!
※主人公が無気力不老不死チートの気配
※アンリミテッドワールドRのEDネタも含まれます
※若きレッドフィールド
※赤の伯爵がとっても捏造
※他の『海賊王生誕祭』とのつながりはありません




 『亡霊のナマエ』と言えば、海を渡るさまざまな者達の間では『おとぎ話』のようにひっそりと語り継がれている名前だ。
 かつて名を馳せた海賊団の中にいたと言うクルーで、強く、死なず、船長も他のクルー達もすべてを失ってなおあても無く海をさすらっているという、もはやおかしな妄想とすら言われかねない人物であるらしい。
 海賊である癖に略奪を行わず、他の人間とのかかわりを極力持たないその行動のせいで、動向を掴むことも酷く難しい。
 レッドがそのジョリーロジャーを発見してすぐさま船首をそちらへ向けたのも、神出鬼没な相手を逃す手は無かったからだ。

「パト、ここでしばらく大人しくしていろ」

「うん、わかったよ親分!」

 声を掛ければ、あっさりと返事をした『筆』が狸の姿となる。
 彼を扱って描いたクルー達にも距離を保つことを命じてから、レッドの足が船から船へと跳び移った。
 ほとんど音も無く降り立ったレッドに反応して、甲板に立っていた男がその顔をレッドへ向ける。

「何だ、久しぶりの顔だな」

 レッドの顔を認め、それからそう言葉を寄越す相手に、そうだな、とレッドも返事をする。
 そのまますたすたと歩いて男へと近づけば、レッドより背の低い男がその目でレッドを見上げた。
 月明かりに照らされた男の顔は、まだ名を上げ始めたばかりのレッドと変わらない年頃に見える。
 しかしその瞳は随分と老いを帯びていて、男の年齢が見た目の限りでは無いことをレッドへしっかりと示していた。
 ナマエという名前の男は、レッドがグランドラインへ入る前から『亡霊』の名を冠した手配書を発行されていた海賊なのだから、それに間違いはないだろう。

「……変わらんな」

 レッドが言えば、そうかな、とナマエが笑う。
 その心が囁くように言葉を落としたのまでを聞いてから、レッドはじっとナマエを観察した。
 ナマエの『心の気配』は、何とも小さく、いつでも穏やかだ。
 それがその年齢のせいなのか、その性分のせいなのかは分からないが、生まれつき見聞色の覇気を扱えたレッドにとって何とも心地よい音で奏でられている。
 その体質ゆえに群れることより孤高を選んだレッドが、自ら会いに行く数少ない相手の一人だった。
 レッドの手がひょいと動いて、近かったナマエの襟に指を掛ける。
 不思議そうにそれを追うように視線を動かしたナマエは、レッドの指がめくれていた襟を直したのを見て、あ、と小さく声を漏らした。

「ありがとう」

 心の声とほとんど同じ響きを宿した声に言われて、礼を言われるほどのことでもない、とレッドは答えた。
 それからその目が、甲板をちらりと眺める。
 最近新調したのか、船は真新しく、その甲板にはいくつかの棺桶が並んでいた。

「船を新調したのか」

「ああ、前の船が傷んだから」

 尋ねたレッドへ、ナマエは答える。
 船長に決めて貰えたら良かったんだけど、と続いた言葉に、レッドはわずかに眉を寄せた。
 船長、とナマエが呼んだ相手は、レッドが眺めるいくつかの棺桶の一つに眠っているに違いないからだ。
 『亡霊のナマエ』とは、船長を含めた他のクルー達が全ていなくなった後の海賊団を引き継いで、グランドラインの大海原をさすらう海賊の名だった。
 ナマエの言う『船長』も、当然もうこの世にはいない。
 ナマエと偶然出会い、少しの間この船で過ごして、それからは見かける度に会いに来るようになったレッドへナマエが語った言葉が事実だとすれば、もともとナマエは、今掲げているジョリーロジャーの海賊団に拾われた漂流者であったらしい。
 助けてもらったことに恩を感じて船に滞在し、そのうち海賊団と打ち解けて、ずっと尽くしていくと心に決めたのだと言っていた。
 以前どこにいたのだとか、そういったことはナマエは全く語らなかった。
 もしかしたら心の声はその答えを零したのかもしれないが、まるで恐れるかのように消え入りそうな音となっていたそれは波の音にすら紛れてしまい、結局レッドはそれを知らないままだ。
 ただ、レッドを見つけた時、一度何かを懐かしむような顔をしたナマエは、もしかしたらレッドを誰か知っている顔と重ねたのかもしれない。

「それで、新しい船の寝心地を確かめさせていたのか」

 ひとまずレッドがそう言えば、ははは、とナマエが笑った。

「それもいいな。船長、どうですか?」

 楽しげな顔をして、ふざけたように棺桶の一つに声を掛けたものの、当然ながらそこから返事がある筈もない。
 少しだけ黙ってから肩を竦めて、まああんまりこだわりの無い人だったから、とナマエは呟いた。

「船首だけは同じのにしてもらったけど、もう六代目だし……ああでも、最近の船はいろいろと便利になってて驚いたよ」

 世間話のようにそんな風に言い放つナマエに、そうだな、とレッドも頷く。
 先ほどただ一匹の同行者に任せてきた船は、レッドが海軍から奪い取った船の一つだった。
 真新しいそれは以前の船に比べて使い勝手がよく、大きく傷をつけることも無く入手できたのは幸運だったと言えるだろう。
 軍旗を己の海賊旗に挿げ替えて、マストの上から海軍を睥睨したレッドを見上げる海軍将校は、何とも苦々しい顔をしていた。
 それを思い出して口元をゆがめたレッドに、悪い顔をしてるぞ、とナマエが注意をする。

「何か悪いことでもしてきたのか、『赤の伯爵』殿は」

 わずかに笑ったままの相手をちらりと見やってから、レッドも口の端をつり上げた。

「貴様とて、悪事の一つや二つはしているだろう、『亡霊』のナマエ」

 一般人を襲ったりしないナマエがその首に賞金をかけられているのは、悪さをしている海賊を金品目的で襲ったり、立場を笠に着て馬鹿をしている海兵を叩きのめしたりしていたからだ。
 レッドが知っているそれらは、ナマエのことを調べてから知った随分と過去のことであるようだが、船を新調するための金品を用意するために、恐らくナマエはまた似たようなことを行っただろう。
 だからこそのレッドの言葉に、ナマエは笑って返事をしない。
 ただ、囁くような心の声が肯定を寄越したので、ふん、と鼻を鳴らし、レッドは軽く肩を竦めた。
 その様子を見ていたナマエが、ああそういえば、と軽く手を叩く。
 そのまま視線がレッドを外れて、歩んだ彼の向かった先は甲板の端だった。
 海原をあても無く進む船の上でも揺らがない足取りが、甲板の端に置いた樽の前までその体を運んで、伸ばした手がひょいとそれを持ち上げる。
 軽々と片手で持ち上げたそれを持って戻ってきた相手に、レッドは怪訝そうな顔をした。

「どうかしたのか」

「ああ、いや、ほら」

 尋ねたレッドへ返事をしながら、ナマエの手が持ってきた樽をレッドの傍へと降ろす。
 どん、と鈍く音を立てたその中でちゃぷりと水音が鳴ったので、どうやらそれは酒樽であるらしい。
 怪訝そうなレッドを、ナマエが見上げた。

「もうじき、ロジャーの誕生日なんだろう?」

 祝いに行くんなら持って行ってくれないかと思って、と続けた男の顔には、先ほどまでと同じ笑みが浮かんでいる。
 言われた言葉に今日の日付を思い浮かべたレッドは、その後で前に楽しげな顔をして主張されたどこぞの海賊の誕生日が数日後に迫っていることを把握して、少しばかり目を眇めた。

「……なぜ、それを知っている?」

「この間、ロジャーがわざわざ言いに来てたんだ」

 そう続けたナマエに、レッドはますます顔をしかめる。
 ロジャーと呼ばれる海賊は、レッドを愛称で呼ぶ海賊の一人だ。
 それなりに親交もあるし、居場所なら調べればすぐに分かるだろう。ロジャー海賊団は派手なことをしでかすことの多い連中なのだ。
 その首領たるロジャーが、わざわざナマエへ自分の誕生日を言いに来たのは、自分達の祝いに巻き込もうと思ったからに他ならないだろう。

「貴様は、祝いには行かぬのか」

「まあ、祝いに来てくれてもいいんだぜと言われたけど、俺はロジャーの居場所も知らないから」

 レッドの問いに、ナマエはあっさりとそう答えた。
 調べれば分かることだろうに、そう言い放つナマエの言葉には、明らかに一歩線を引こうとしている様子が見える。
 『亡霊のナマエ』は、己の海賊団をひたすらに愛し、彼らの遺骸を乗せた船から離れることは殆ど無い。
 あまり有名では無い彼にも、目の前で見せられたその強さに心酔して、その船に乗りたいと言う海賊はいただろう。
 けれども、レッドの知っている限り、ナマエの傍には生きた人間は見当たらず、そして棺桶の数も増えてはいなかった。
 それはすなわち、ナマエが仲間を増やそうとはしないという意思の表れだ。
 失うことを知っているナマエは、失うものを増やすことを何より恐れている。
 今思えば、レッドが数日間ナマエの乗る船に滞在できたことも、海原で海王類に襲われ船が全壊したと言う理由が無ければ叶わないことだったに違いない。
 あの数日間が無ければ、今のように近い距離で、ナマエが笑ってレッドへ言葉を寄越すことも無いのだろう。
 レッドの知る限り、こうしてナマエの近くで会話を交わせるのは、今のところはレッドのみだ。

「…………分かった。これは我が預かろう」

 そこまで考えてから頷いたレッドに、それなら良かった、とナマエが笑う。

「よろしく頼むよ、パト」

 レッドの愛称を口にした穏やかなその笑みは相変わらず二つ名に似つかわしくない平凡なそれで、それを見て浮かんだレッドの顔のそれもまた、同じように穏やかなものだった。



end


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