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コタツムリの報告
※主人公は大将青雉直属部下の海兵さん




 今日は久しぶりに残業してしまった。
 書類仕事を終えて提出して、ううんと伸びをしながら廊下を歩く。
 明日は休みだし、今日はどこかへ飲みに行ってしまおうか。
 海軍に就職してから時々やっている贅沢を頭の中へ浮かべててくてくと足を動かしていた俺は、通りかかった中庭の端にある人影に気付いて足を止めた。

「…………大将、何してるんですか?」

 近付きながら問いかけると、端に座り込んでいた人影がひょいと立ち上がる。
 片手に何かを持っているその人は、どう見ても俺の上司だ。

「あらら……ナマエ、こんな遅くまで何やってんの」

「大将が置いていった書類を片付けてました」

 問われた言葉に言い返しつつ、俺はじとりと目の前の相手を見やる。
 しょうがないでしょうよ、と言いながら、無礼な俺に微笑んだ大将が軽く頭を掻いた。

「ボルサリーノとサカズキに誘われたら断れないって」

「分かってます。そしてボルサリーノ大将が『仕事が終わったらおいで』と言ってたのも聞きました」

 執務室に乗り込んできた大将黄猿と大将赤犬が、どうしてかこの人へ時刻と場所を指定した呼び出しをかけてきたのは本日の夕方頃のことだ。
 校舎裏に呼び出すアレかと思ったがそれにしては堂々としているし、まあ大将青雉なら死なないだろうと判断した俺と俺の同僚達は、二人がいなくなって少し後、仕事を放り出して出かけていった上司を探しに行かなかった。
 そして代わり、書類整理をしていたらこの時間だったのだ。
 本当に、うちの上司はもう少しまじめに仕事をするべきだ。週一回のペースでチリンチリンと自転車乗ってる場合じゃない。そんなに乗りたいならフィットネスバイク買ってやるから室内で我慢しろ。

「……ナマエ、何かちょっと酷いこと考えてない?」

「いえ、何も」

「そう? 目がすごく冷たい気がするんだけど」

「大将の体温よりは温かい筈です」

「悪魔の実の能力者と比べないでよ」

 やれやれと吐かれた大将のため息は、白く凍って消えていった。
 とりあえず、部下に仕事を押し付けて他の大将に呼び出されたはずのこの人が、ここで一体何をしているんだろうか。
 さっきの問いかけの答えを貰っていないことを思い出した俺は、もう一度同じ言葉を投げようとして、大将が片手に持っているものに気が付いた。
 大きな掌に乗せられてもずいぶん大きく見えるそれは、どう見ても土鍋だ。
 そして中身は寄せ鍋のようだが、見事に凍り付いて霜が降りている。嫌なアイスだ。

「…………大将、それは?」

「ん? ああ、これ」

 尋ねた俺に凍りついた具を見せるように土鍋を傾けて、青雉が肩を竦めた。

「ホリゴタツが完成したから鍋だってさ」

「…………は?」

「呼び出し。ボルサリーノの奴、仮眠室にホリゴタツ作らせてんの。ナマエに教わったって言ってたけど?」

 掘りごたつ。
 俺の知識が間違っていなければ、それは確かこたつの種類だ。うちにもある。
 こちらの世界ではこたつなんて見たことも聞いたことも無くて、すごくすごく嘆いた日本人かつコタツムリな俺はとりあえずそれを自作することにした。
 さすがにテーブルに直接機械を取り付けたりは出来ないが、掘りごたつなら中で炭を熾せば何とかなるのだ。
 そう言えばテーブルやら布団やらを買いに行ったときに黄猿に遭遇して、何に使うのかと聞かれたから説明した気がする。
 初めて聞くモノだと言われて、ああやっぱりそうか、と思ったのはつい先日のことだ。
 なるほど。俺がこたつの魅力を語ってしまったばっかりに、どうやら大将黄猿はこたつへ興味を持ってくれたようだ。こたつ民獲得か。
 この分なら、ワンピースの世界でもこたつは広まってくれるかもしれない。

「で、とりあえず三人で入ったわけだ。あれいいねェ、すっげあったかかった。おれはちょっと溶けそうだったけどね」

 俺が自らの手腕に少々の感動を抱いている間に、青雉はそんなことを言う。
 その言葉に、正方形のこたつに足を入れている三人の大将を想像してしまい、俺は少々言葉に詰まった。
 それは、何と言うかその、異様だ。
 しかも場所は黄猿の仮眠室。
 目撃してしまった部下の人辺りはものすごい威圧感を感じたのではないだろうか。
 もしかしたら空いているあと一箇所に入れられてしまったんじゃないか。それはすごくすごく可哀想だ。

「そして鍋。まァこれね」

 言葉と共に、青雉がゆらりと土鍋を揺らす。
 三人でつついたという話のはずのその鍋は、やっぱりしっかり凍りづいていた。
 それを見て、俺は首を傾げる。
 青雉の話だと、この人を含めた三人の大将は黄猿の仮眠室にいるはずだ。
 それがどうして、そんな物体を片手に持ってここにいるのだろうか。

「あの、大将……」

「いや〜、おれも知らなかったんだけどさ。サカズキとボルサリーノの鍋へのこだわりがものすごかったのよ」

「…………は?」

「やれ、しらたきから食べるなぶち殺すだの、肉野菜肉野菜野菜で食えだの、並びがどうの食べごろがどうのってさァ。しかもお互いにちょくちょく食い違ってる上に、一歩も譲らねェの」

「…………」

 それは、もしやいわゆる鍋奉行という奴だろうか。
 想像できるような想像したくないような事実を聞かされて硬直した俺の耳に、少し遠くからどぉんと何かが爆発するような音が届いた。
 訓練場のほうだと気付いて彼方を見やった俺の前で、おおやってるやってる、と呟いた青雉が片手の鍋を揺らす。

「殴り合い始まった時点で逃げてきたけど、ちゃんと場所を移すだけの理性はあったみたいでよかったよかった」

「……………………止めてください」

「やーだよ、おれは別に鍋のこだわりとか無ェし」

 平然とした顔で言われて、俺はがくりと脱力した。
 黄猿の部下さんたちは無事だろうか。新年会を兼ねた交流会をしたのが、つい昨日のことのように思い出される。いい人たちだった。
 見に行こうかとも思ったが、俺がいたって大将同士のぶつかり合いが止められるわけもないので早々に諦めた。黄猿と赤犬のぶつかり合いなんて確実に怪獣大戦争だ。巻き込まれるのはいやだ。
 小さく息を吐いてから、かわいそうな鍋を救出してきたらしい青雉を見やる。

「どうしてこちらにいるのかは分かりました。それじゃあ大将、俺はもうタイムカードも押したんで帰ります」

「あ、そう? じゃあ行こうか」

 言って頭を下げた俺に頷いて、どうしてか青雉が俺の肩を掴んで歩き出した。
 引っ張られるがままに足を動かして、転びそうなのをどうにか体を反転させて防ぐ。
 歩く青雉の歩幅にあわせて足を動かすとちょっと早足になった。高身長は滅びろ。

「あの、大将?」

「ん?」

「どこに行くんですか?」

「ナマエの家。帰るんでしょ?」

「いや帰りますけど」

 何をあっさりと言い放っているんだろうかこの上司は。
 ちらりと見やると、片手に凍りついた土鍋を持ち、そして片手で俺の肩を掴んだ大将が、俺の視線を見返した。

「せっかく鍋もあるし、ナマエの家のホリゴタツに入ることにしたから」

「決定ですか」

「上司命令」

「職権乱用ですか」

「あらら、手厳しい」

 呆れた顔をしただろう俺の横で、どうしてか青雉は楽しそうに笑っている。
 何と言うことだ。どうやら黄猿の掘りごたつは、青雉を魅了してしまったらしい。
 気持ちは分からないでもない。ダラダラしてるのが好きなこの人なんて、確実にコタツムリの素質を持っている。コタツムリの俺が断言してもいい。
 しばらく考えた俺は、小さくため息を吐いて、分かりましたと頷いた。

「温めるのは自分でやってくださいね、大将」

「えー、おれ溶けちゃうじゃないの」

「よくそれでこたつに入ろうと思いますね。ていうか鍋食べようと思いますね」

「そこはほら、別腹?」

「女子ですか」

 馬鹿みたいな会話をしながら、二人で並んでてくてくと歩く。
 もしかしたら青雉の仮眠室にも掘りごたつが出来るかもしれない。
 職場でもこたつに当たれるかもしれないと思うと、何となく楽しみだった。
 


 しかし現実はそんなに甘くなく、ただ単に青雉が俺の家に入り浸りやがるようになっただけだった。
 何だか悔しかったので、仮眠室にはフィットネスバイクを置いてやった。



end


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