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「誕生日おめでとう!」

 言葉とともに差し出されたものに、マルコは怪訝そうな視線を向けた。
 ふんわりと甘いにおいを放つ見たことも無い花が束ねられたその向こうで、にこにこと笑っている青年がいる。
 いつぞやマルコが助けて、今はこの白ひげ海賊団で海賊として生きている彼の名前はナマエだ。
 その彼が、どうしてか両手に抱えるような大きな花束を持って、それをマルコへ向けて差し出している。

「…………なんで花束なんだよい」

 とりあえず尋ねながら、まァありがとよい、と続けてマルコはひょいとナマエから花束を受け取った。
 ふんわり甘く香りを放つそれは、やはり誰がどう見ても花束だ。
 白ひげ海賊団は、昨日、春島へとたどり着いたばかりだった。
 ナマエが持っていたこれは、どうやら港町で買ったらしい。
 こんな大きな花束を持って歩く海賊というのも、随分と異様だったことだろう。
 マルコのそんな気持ちを知る由もなく、だって、とナマエが言葉を紡いだ。

「俺、これ初めて見たんだ」

 瞳をきらきらと輝かせて言い放つナマエへ、またそれかよい、とマルコが少しばかり呆れた顔をする。
 ナマエという名前のこの青年には、少々常識知らずなところがあった。
 このグランドラインで普通に生きていれば知っているようなことを、何も知らない。
 いちいち海王類に驚き、エースやジョズの能力に驚き、ついでに白兵戦に驚き、船に驚き彼方まで続く海に驚き、グランドラインの島々で驚き、とにかく忙しく騒がしい。
 けれども、確かにマルコも見たことの無い花ではあるが、ただの花だ。
 何をそんなに興奮することがあるだろうかと考えたマルコの前で、手を伸ばしたナマエが花束から花を一本引き抜いた。
 そうして、ふんわり開くそれをマルコの方へと向けて動かし、もふ、と肉厚な花弁がマルコの唇に触れる。

「…………ナマエ?」

「これ、食べられるんだよ」

 美味しかった、と言い放ったナマエは、どうやら試食も行ってきたらしい。
 困惑しながら口を開いたマルコへ花を押し込んで、へらりとナマエが笑う。
 あまりにも邪気のないその顔に、仕方なく口の中に入り込んできた花に噛みついたマルコは、いつでも吐き出せるように身構えながら口の中身を咀嚼して、じんわり広がった甘味にその眉間に皺を寄せた。

「…………甘ェよい」

 呟くマルコの口の中で、名前も知らない花が崩れて溶けていく。
 どこからどう見ても生花だが、確かにナマエの言う通り、これは食用であるらしい。
 花の無くなった茎をマルコから離して、美味しいだろ、とナマエが笑う。
 にこにこ笑うその顔を見下ろして、軽くため息を零したマルコは、先ほどナマエがしたように、ひょいと花束から花を一本引き抜いた。
 そうしてそれをナマエへ向けて、勢いよくその口に押し込む。

「もがっ」

 少し大きかったらしいそれを口へ入れられて、ナマエが少々間抜けな声を漏らした。
 衝撃を受け流すように体を後ろへのけぞらせたものの、どうにか転ばず堪えたらしいナマエが、がじ、と茎まで噛んでマルコを見やる。

「みゃるふぉ?」

「こんなにたくさん食えるかよい。お前も手伝え」

 ぱっと茎から手を離して言いつつ、マルコは花束を持ち直して樽に腰を下ろし直した。
 膝の上に花束を乗せるようにすると、肉厚な花弁が振動で揺れる。
 甲板へ上がってきてすぐにマルコのそばまで直行したナマエも、同じように並んだ樽の上に腰掛けて、もぐもぐと口の中のものをかみしめた。
 最後にすべて飲みこみ、そうして茎を自分の口から引っ張り出したナマエが、マルコの隣に並んでマルコを見上げる。

「マルコ、びっくりしたか?」

「ん?」

「マルコも、この花が食べられるなんて知らなかっただろ? びっくりした?」

 横からそう尋ねられて、ああ、とマルコが声を漏らす。
 その目が海賊には似合わない大輪の花束を見下ろして、まあねい、とその口が言葉を零した。
 肯定とも相槌ともつかないそれを聞いて、ナマエが嬉しそうに笑う。

「どうせなら、マルコがびっくりするようなのをあげたかったんだ。せっかくの誕生日だもんな!」

 その言葉の前半と後半がどうやって結びついているのかはマルコには分からないが、見やったナマエの顔には邪気の一つも見当たらない。
 それを確認したマルコは、軽く肩を竦めた。
 ナマエは、あまり物を知らない。
 いちいち海王類に驚き、エースやジョズの能力に驚き、ついでに白兵戦に驚き、船に驚き彼方まで続く海に驚き、グランドラインの島々で驚き、とにかく忙しく騒がしい。
 そのたびマルコや他の誰かが、その『知らない』もののことを教えてやっていた。
 その仕返しなのか、礼なのかは分からないが、ナマエは随分と満足そうだ。
 それならいいかと口元に笑みを浮かべて、マルコはがさりと花束を揺らす。

「そいつァ、心遣いありがとよい」

 微笑み言い放ったマルコの横で、不死鳥マルコに花束を贈った年若い海賊はやはり嬉しそうな顔をしていた。



end


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