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染み込む青


「クザン大将、お誕生日おめでとうございまーす」

 笑顔で言いながらプレゼントらしい包みを差し出されて、ありがと、とクザンはそれを受け取った。
 クザンが座っている執務椅子の横に持ち出してきたカートの上には、今ナマエから貰ったのと、同じように手渡されたプレゼント達がひしめいている。

「大盛況ですね」

 それを眺めて言い放ったナマエへ、人気者はつらいんだよね、とクザンが笑った。
 そうですかーととてつもなく棒読みで言葉を零してから、ナマエの目がしげしげとひしめいているプレゼント達を眺める。

「あ、これ高いやつですよ大将」

「ん? ああ、それボルサリーノがくれた奴」

「その横のは噂の老舗の!」

「それサカズキ」

「…………せんべい?」

「それガープさん」

「ああ……」

 人宛てのプレゼントを無遠慮に眺めながら言葉を寄越すナマエへクザンが答えると、触りもせずに顔を上げたナマエが、よし、と頷いた。
 どうしたの、とそれを見て首を傾げたクザンへ、ナマエの笑顔が向けられる。

「お店がかぶってるのありませんでした。良かった!」

「ああ、なるほど」

 どうやら、ナマエは自分が他の誰かの贈り物とかぶっていないかを心配していたようである。
 別に気にしないのに、とクザンは肩を竦めるが、俺が気にするんですと主張したナマエの手が先ほど机の端に置いたトレイへ伸びて、そこに乗っていたコーヒーがテーブルの上へと移動する。
 ふんわりと漂ったのはいつも給湯室で淹れられるものとは違っていて、クザンが軽く首を傾げた。

「いつものと違うんだ」

「俺が淹れてきました。伝統のコーヒーは何と素晴らしいことに枯渇していました」

 ぐっと拳を握ったナマエの言葉に、あらら、と笑ったクザンの手がカップを握る。
 そうして一口中身を飲んで、うん美味い、と呟いた。
 寄越された言葉に、ナマエがきらきらとその目を輝かせる。

「本当ですか?」

「うん、うまいうまい。濃さも熱さもちょうどいい感じ」

 あまり感情がこもっていないクザンの褒め言葉に、けれどもナマエはとても嬉しそうだった。
 その様子に笑ってから、カップの半分を消費したところでソーサーへ戻したクザンが、先ほど受け取ってから手に持ったままだったナマエからの贈り物をカートの上へと移動させる。
 その状態で、あれ、と声を漏らしてその目がちらりとナマエを見やった。

「そういや、よくおれの誕生日知ってたね」

 ナマエは確か、部隊演習で今朝まで本部から離れていた筈だ。
 出かける時に気を付けてねとは言ったものの、この年にもなって誕生日で騒ぐつもりもないクザンには、実はもうじき誕生日なんだよねなんて言った覚えもない。
 誰かに聞いたのかと尋ねると、結構前に大将が自分で言ってましたよ、とナマエは答えた。
 その手がごそりと自分のポケットを探って、古びた手帳を取り出す。
 それは、何度かクザンがナマエに見せられたことのある、『ナマエの世界の』手帳だった。
 ナマエは、彼自身の言葉によれば、この世界の人間では無いらしい。
 クザンにはそんな前例など聞いたことがないので、それが本当か嘘かも分からない。
 ナマエはクザン以外の誰かにその話をしないので、実害が無いために放っておいているその話の『証拠品』たるものの一つをめくって、ナマエは九月と書かれたページを開いてからクザンへ向けた。

「ほら、その時書いときました」

 言い放ったナマエの指が示した個所には、ナマエがよく使う珍しい文字が記されていた。
 放たれた言葉とその光景にぱちりと瞬きをしてから、クザンは軽く首を傾げる。
 ナマエが手にしている古びたそれは、ナマエにとっては大事なものであるはずだ。
 何度も何度も繰り返しめくったのだろうそれは古びていてボロボロで、けれども大切にいつだって持ち運んでいることを、クザンは知っている。
 基本的にナマエはその手帳を眺めたりクザンに見せるだけで、何かをそれへメモしている様子など見たことが無かった。
 事実、日に焼けて少し黄ばんだその紙面には、二十一日の箇所以外に何かを書き込んだ形跡すら無い。

「…………それ、いいの?」

 思わず呟いたクザンに、何がですか? とナマエが尋ねる。
 とても不思議そうなその顔に、どうやら彼には他意など無いらしいと気が付いて、クザンは何でもないよと言葉を打ち消した。
 誰も侵略できない場所に唯一足を踏み込んだような、そんな何だかむず痒いような優越感がわずかに湧いて、それを飲み込むべくもう一度コーヒーカップを手に取る。

「………………すごい記憶力だと思ったのに、メモ取ってただけだったわけね」

「な! ひどいですね大将、ちゃんと覚えていたっていうのに!」

 ごまかすように言葉を紡いだクザンへ、ナマエが非難の声を上げる。
 その手がクザンの誕生日を記した手帳を大切にポケットへしまい込んで、更にきゃんきゃんと抗議を紡ぐナマエの言葉を半分ばかり聞き流しながら、クザンは小さく笑ってもう一口コーヒーを飲んだ。


end


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