知らずのうちに
「お誕生日おめでとうございます、クザン大将」
いつになく穏やかに微笑んだナマエの言葉に、ありがとう、と素直にクザンは言葉を紡いだ。
その視線がちらりとナマエの手にあるものを眺めて、面倒くさそうに頬杖をついたままで長い指をそちらへ向ける。
「それで、もしかしてそれってプレゼント?」
「はい。俺からじゃなくて、センゴク元帥からですが」
どうぞ、と言葉を落としたナマエがクザンの目の前に並べたのは、クザンの目がおかしいのでなければどう見ても、ただの書類だった。
ナマエの言う通り端には作成者である海軍元帥の名前が記されている。今度王下七武海を呼ぶときに使う会議資料の一部らしい。
うんざりした顔でそれをぱらりとめくったクザンの視界の端で何かが動き、ことんと小さく音がする。
それを追いかけてクザンが視線を向けると、書類を渡して手ぶらになったナマエが、クザンの机の一角に積んでいた書類の山をいくつか動かしていた。
そして出来上がったスペースに、丁寧にリボンがかかっていたり、粗く包装されているだけの箱たちが並べられていく。
「こっちがガープ中将からで、こちらがサカズキ大将から、あとボルサリーノ大将からと……あ、通りすがりに他の部隊の方から預かったのがこれと、これと」
「あららら……なんで直接おれに渡さないでナマエに渡してんの」
思わずクザンが呟いてしまったのも、無理のないことだった。
ナマエの発言と今日の日付を考慮するのなら、ナマエが並べているこれらの贈り物は、すべてがクザンのために用意されたものであるはずだ。
別に直接祝ってほしいとは言わないが、せめて顔を見せて手渡すくらいのことはしてもいいのではないか。
そんな風に呟いたクザンの前で、最後の一つをそっと置いたナマエが首を傾げた。
「だってクザン大将、今日は『仕事』をしてくださるんですよね?」
「そりゃ、まあ……そうだけど」
「大将の仕事の邪魔をしたら許さないと、センゴク元帥から直々に」
「………………」
言葉とともに何かの書類を一枚差し出してきたナマエに、その書面に確かにその旨が記されて印まで押されていると確認したクザンは、そっと目の前の相手から目を逸らした。
そうして見やった先には、クザンの机の上だけでは足らずにソファの上にまで積まれた書類の山がある。
どれもこれも、ナマエが丁寧に並べて調節を行った、今回クザンが『貯めて』しまった書類達だった。
いつもならこんな事態にはならない。
少し遠方まで出かけて、そこで襲ってきた海賊達と交戦したりなんだかんだとしたせいでこんなことになったのだ。
海賊達を掴まえたためにある程度は軽減されているらしいのだが、それにしても膨大だった。
そして、クザンが帰ってくるまでの間、この部屋で白い紙の塔を建築し続けていたナマエは、さあ手を動かしてください、とばかりに微笑んでいる。
帰りが遅くなりそうだと気付いてクザンが定期的に連絡を入れていたおかげでその顔は穏やかなものだったが、絶対に九月二十一日には帰ってきてくださいね、と言われてしまったので必死になって帰ってきたというのに、この仕打ちである。
疲れた、と呟いてだらりと書類の上に懐いたクザンは、その頬を机に広げてある書類に押し付けた。
「もう無理。ちょっと休憩するから」
「駄目ですよ大将、まだ一時間もやってませんよ」
「えー」
「頑張ってください」
小さく唸ったクザンへ優しく言い放ったナマエが、コーヒー淹れてきますから、と言葉を置いて執務室備え付けの給湯室へと移動していった。
それを目だけで追いかけてから、頭を動かしたクザンの視界に、先ほどナマエが並べて行ったプレゼント達の群れが入り込む。
あれはガープさんの、あれはサカズキの、あれはボルサリーノの、と先ほどナマエが説明した名前を繰り返しながらプレゼントを確認していったクザンは、思い至る名前全部を上げたところで端へ行き着いたことに気が付いてぱちりと瞬きをした。
「……ん?」
声を漏らして顔を上げたクザンの手がプレゼントに軽く触れて、もう一度端から順に名前と数を確認していく。
そうして行き着いた最後の一つまでを数えてから、やはり足りない、とクザンが把握したところで、ちょうどコーヒーを淹れ終わったらしいナマエが戻ってきた。
「どうかしたんですか、クザン大将」
「あー……ナマエ?」
「はい?」
呼べば返事をしながら、ナマエの手がかちゃりと音を立ててコーヒーを書類と書類の間へ置く。
クザンが零すとは全く思っていないらしいその様子を眺めてから、起き上がったクザンはプレゼント達から引っ込めた手でカップを掴まえた。
「ナマエから貰ってないと思うんだけど、おれ」
ナマエが並べていったプレゼント達は、どれもこれもナマエ以外の名前と一緒だった。
ついでに言えば、最初に貰った書類は『海軍元帥』からのものであるはずだ。
クザンの言葉に、ああ、とナマエが声を漏らす。
「一応、用意はしてるんですけど……俺は嗜好品にしたので、仕事中に出すのはどうかと思って」
他の人のは中身が分からないからそのままお渡ししましたけど、とそんな風に言いつつ笑って、ナマエが椅子に座ってるクザンを見下ろす。
相変わらず変に真面目だよねと、クザンも似たような笑みを浮かべて相手を見上げた。
クザンが海賊から助けて、そうしてクザンの近くにいるようになったこの青年は随分とまっとうに仕事をこなす努力をする。
クザンが放置していった書類も自分が触れる限りは片づけるし、クザンがなかなか帰ってこなくても逃げ出すこともない。
一度話していた日付を過ぎても帰れなかったクザンには怒った様子も見せたが、出先で定期的に連絡するようにしたら機嫌を損ねる回数も減った。
ナマエが頑張ってなけりゃその脳天ブチ抜いてるところだよォ、と笑っていない笑顔でボルサリーノに言われたのも、一度や二度では無かったりするのだ。
「だから、書類が全部片付いたらお渡ししますね」
そんな風に言い放ったナマエへ、えー、とクザンが声を漏らした。
それでも仕方なく、ナマエが淹れてくれたコーヒーを口にして、小さく息を吐く。
「終わるのいつになるか分からないってのに」
「大丈夫です、終わるまでお付き合いしますから」
呟いたクザンへ、ナマエは微笑んでそんなことを言う。
どうしてか楽しそうなその顔を見ていたら、頑張るから今ちょうだい、なんて子供のような言葉を紡ぐのも何だか馬鹿馬鹿しくなって、わかったよ、とクザンは一つ頷いた。
カップの中身を殆ど減らしてから、白いそれをソーサーへ戻して、改めてその手がペンを握る。
「それじゃ、せめて誕生日のうちには貰えるように頑張るとするかね」
言い放ったクザンへ、はい頑張ってください、とナマエがエールを送る。
そうして結局、その日一日、クザンは部下に独占されて過ごすことになったのだった。
end
戻る | 小説ページTOPへ