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コタツムリ権

 預かった書類を届けて執務室へ戻ると、目を離したというのに珍しく我が上司殿はまだ残っていた。
 もしかしたら逃げられたかもしれないと思っていただけに驚いて、目をぱちりと瞬かせる。
 まあアイマスクをしてソファに横たわっている時点でサボってはいるわけだが、執務室にいるというだけで驚きだ。

「大将、今戻りましたー」

 入口を閉めてから声を掛けつつ、ソファに近寄る。
 ぐうぐう寝息を零している青雉は、身じろぎもしない。
 本気で寝てるのか、とそちらへ近寄って見下ろして、ふむ、と頷く。
 まだ終業時間までは遠いが、この分だと起きるのはもう少し後の時間になるかもしれない。
 まあ、今日は珍しく執務をしてくれたおかげで、締め切りの近かった書類は片付いている。構わないだろう。
 そこまで考えてから思い出し、俺はソファを離れて自分の机へ移動した。
 開いた下の引き出しから目的の物を回収して、それを持って青雉の近くまで戻る。
 やはりまだ眠っている大将の頭の横に、持ってきた薄い箱をそっと置いた。

「大将、誕生日おめでとうございます」

 そうっと囁いてみる。
 当然ながら、眠っている大将青雉からの返事は無い。
 今日は九月二十一日で、つまりはこの、ぐーたらしている男の誕生日だった。
 まあ俺の世界ではそのモデルになった俳優の誕生日でもあるわけだが、この世界ではそんなこと関係ないだろう。
 俺より高給取りな上司に何を買ったらいいのか分からなくて、ネクタイピンなんていうとてつもなく無難なものになってしまった。
 値段の割に小さいそれがちょっと気になって作ったおまけがリボンの端に挟まれているのを見やりつつ、俺は返事を寄越さない相手を見下ろして言葉を続ける。

「大将、今日うち来ますか?」

「行く」

 返事は無いだろうと思ったのに、何故か間を置かずに返事が寄越された。
 あれ、と目を丸くした俺の前でアイマスクを押し上げた青雉が、ちらりとこちらを見上げてくる。

「……つうか、普通はそういう誘いって起きてる時にするもんじゃないの?」

「寝ている時に誘っておいて、返事が無かったら断られたとみなすつもりでした」

「あらら……」

 俺の思惑を口にしたら、呆れたような顔をされて伸びてきた手ががしりと俺の腕を掴まえる。
 逃がさないと言いたげに人の腕を拘束したままで起き上がった大将は、くはりと大きくあくびをして、ずらしたアイマスクをそのまま額で固定した。

「だって、大将ってば呼ばなくても来るじゃないですか」

 言葉を紡ぎつつ、俺は肩を竦める。
 去年、うちの『掘りごたつ』に惚れこんでから、大将青雉は俺の家に入り浸るようになった。
 さすがに夏場はこたつ布団も片づけていたのだが、来る癖がついてしまったらしい後では関係ないらしい。
 まあ食費も貰っているから俺が作った夕飯を分けたりすることくらい構わないが、さすがに誕生日はどこかのお姉さんとデートでもするだろうし、だったら来るか来ないか待ってみるより『断られた』という実績を自分のためにでも作っておこうと思ったのに。

「…………あれ、というより、来るんですか?」

 そこまで考えてからはたと思い至り、尋ねると、そう言ったでしょうや、と青雉が言葉を零す。
 どうやら、デートの約束は無かったらしい。
 そう判断して、そうですか、と頷く。

「それじゃあ、帰りにケーキでも買って帰りましょう。…………あの、他に誰か誘います?」

「あんまり大勢で騒がれるの好きじゃないくせに、気ィ遣わなくていいって。……あー、これプレゼント?」

「はい」

 意外と仲の良い他の大将を誘ったりするだろうかと考えつつ尋ねると、何とも俺の人となりを分かった返事を寄越した青雉が、ソファの端に置かれたままの俺からの贈り物に気付いてその手を伸ばした。
 ひょいと小さな箱を持ち上げて眺めた青雉の手が、ようやく俺の腕を解放する。
 そして自由になったその手でひょいとリボンに挟んであったものをつまみだして、ぺらりとそれを広げた。

「……………………何、これ」

「『コタツムリ券』です」

 寄越された問いかけに、俺はきっぱりと答えた。
 小さい頃に作った『肩たたき券』に似た小さな紙片には、俺の言葉の通り、『コタツムリ券』と文字が書かれている。ちなみに切れ目も入れたので、案外本格的なチケットだ。

「それ一枚につき一日、我が家のコタツに生息することを許可します」

 裏にも書いた文言を口にすると、ふうん、と呟いた青雉の手が元通り『コタツムリ券』を畳む。
 畳みながら枚数を数えたのか、どうでもよさそうなその目がちらりと俺を見やった。

「十五枚じゃ少なくない?」

「むしろ十五枚では多い気もしますが」

 だってそれはすなわち、冬場は十五日も俺の家に入り浸ることを許可する、という意味合いになるからだ。
 不満そうな口ぶりだなと首を傾げた俺の前で、元通りにリボンの間にチケットを挟んだ青雉は、俺からのプレゼントを胸の上に乗せたままでソファにころりともう一度転がった。

「やっぱり足りないと思うから、追加発行要求したいんだけど」

 寝ころんだままでそう主張されて、えー、と俺は声を漏らした。
 俺を見上げた青雉が、その状態で軽く首を傾げる。

「そうじゃなかったら、あれに入ってから出ないままで冬を越すけど」

「俺のこたつなんですけど」

 何とも酷い宣言に、俺はすぐさまそう主張した。
 前にも思ったが、この人は俺の家を別宅と勘違いしていないだろうか。
 ごろごろと転がって首までこたつに入っていた相手を思い出してしまった俺を見上げて、入りたいっつうなら入れてあげないこともないけど、と呟く図々しい大将青雉に、俺は小さくため息を吐いた。
 俺のコタツムリとしての権利は一体どこに行ったんだろうか。
 もともと、あれは俺が自分のために作ったものなのだ。
 足を入れてみかんを食べるのが至福なのだ。
 決して、上司の体を温めたり求められるがままにお茶を淹れたりみかんを剥いてあげたりするためじゃない。
 しかしこの様子だと、今年もこたつを出したらこの人が今まで以上に入り浸りになることは目に見えていた。
 かと言って、こたつを出さないという選択肢がコタツムリである俺にあるはずもない。
 やや置いてから仕方なく、俺はそっと口を動かした。

「…………それじゃあ、まあ、それがなくなって申請があったらフリーパスでも発行しますよ」

 ごっこ遊びの道具を作ることを約束してみると、そりゃ嬉しいね、と寝ころんだままの青雉が笑う。
 そのままだらだらとソファの住人と化した上司へ、そろそろ仕事をしてください、と俺が切り出したのはそれから三十分ほど後のことだった。



end


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